19
人は誰しもが裏の顔を持っている。
真面目で誠実という言葉が当てはまるこの
世界は綺麗なものばかりじゃないし、かといって汚れたものばかりでもない。
あくまでも世界は中立の立場にいる。
それを決めるのは俺達だ。
自分がどう思い、どう感じるか。
世界という支配できない大きな領域に手を伸ばし、答えを求める。返ってくる返事はいつもこうだ。
〈
***
ヴィーナスが食堂に戻ってくるまで、それほど時間は掛からなかった。
「大変なの! クロエが……クロエがどこにもいないわっ!」
食堂に響くヴィーナスの可憐な声。
メイド達の様子を見ても明らかだった。
バタバタと焦るように動き回っており、必死にクロエを捜している。
クロエ専属のメイドであるハーフエルフのシーアが、顔を真っ青にしてウィルのところまで走ってきた。
『クロエ様は……つい1時間前までいらっしゃいましたが……突然、何者かに連れ去られて……』
俺と双子も立ち上がり、ウィルの座っているテーブルに移動する。
張り詰めた空気。
冷静沈着なウィルでさえも、額に一滴の汗が光っていた。
「どうしてすぐに報告しなかったんだい?」
ウィルが聞く。
責めているような感じはない。落ち着いて、優しい声で問うた。
「わ、
「なるほど。頭がぼーっと、ね」
「本当なんです! どうか、信じてください……ウィル様……」
神にすがるような目でウィルを見つめるシーア。
彼女からしてみれば、この失態は自身のクビがかかったものになるのかもしれない。
俺の見解では、ウィルがそんなことをするとは思えないが。
「勿論信じるよ」
はっきりと告げたリーダーの声に、思わず惚れる。
俺がシーアと同じ立場だったら、ここでウィルに落ちていたところだ。小さな拳を強く握り締め、その瞳は責任感に燃えている。
「全ては管理できなかった僕の責任だ。ハル、シーアを部屋に運んで、休ませてあげて欲しい。多分熱がある。そしてアル、キミはロルフと一緒に行動するように」
ウィルからの指示が飛んだ。
ハルは文句を言うことも忘れ、シーアに寄り添って部屋に動き出す。
アルだって緊張感は持っているらしい。
ここまで素直に指示に従うアルを初めて見た。
「ロルフ、
凛々しい表情のウィルに、意見する者はいない。
その後ウィルはメイド達にも的確な指示を出し、クロエのことは全て自分に責任があるとして謝罪した。みんな首を横に振っていたが、今はいろいろ言っている時間なんてない。何者かに誘拐されたのか、それとも自分で姿を消したのかは定かじゃないが、同じパーティーの仲間を放っておくわけにはいかない。
「オーウェン、キミは僕と一緒にクロエの捜索に行く。武装しておいてくれ」
「はい」
なんで?
とは聞かない。
ウィルと俺にとって、この状況は前もって予測できていたものだ。
タイミングや方法などは不明だが、クロエに何かが起こることは見えていた。
じゃあ、なぜわかっていたのに、事前にクロエを保護しようとはしなかったのか。
クロエには申し訳ないが、
俺も、そしてウィルも、善人なんかじゃない。善エルフでもない。
偽善者もいいところかもしれない。
だが、俺達は別に
ヴィーナスはもう食堂にはいなかった。
まだクロエを捜しているのか、部屋に戻っているのか、庭にでもいるのか。
彼女のことは居残り組に任せるしかない。
武器庫に走り、愛用の
俺の手に、俺の体にぴったりと馴染む最強の武器。
そして名はなき俺の相棒だ。
「思っていた以上に早かったね」
薄暗い武器庫には俺とウィルの他に誰もいない。
ふたりだけの空間だ。
別に変な意味はない。
「こんなにすぐに動くとは思いませんでした」
「それで、どうやったんだい?」
ウィルが面白そうにこっちを見てきた。
「少し精神的な揺さぶりをかけただけです。部屋にこもるぐらいには大きなダメージだったんじゃないんですかね」
俺はクロエを部屋に留めさせる必要があった。
俺達から遮断した状況さえ作ってしまえば、
昨夜のアクションは嫉妬させるという意味だけでなく、同時に誘拐されやすい状況を生み出すきっかけにもなっていた、ということだ。
「それにしても、
つい昨日。
俺の幼馴染の店でのこと。
クロエが手を切って出血した時だった。
彼女の流した血は、黄金色。
通常人間だろうがエルフだろうが、獣人だろうが血の色は赤だ。
幼馴染の
その
血そのものに価値が生まれる。
ということは……。
もしクロエの黄金の血のことが
「
そう、もうひとつ、俺達には切り札があった。
なかなかお高くて半泣きで買ったブレスレットも、今この瞬間に役立ったというわけだ。
ケチらずに使っておいてよかった。
俺とリーダーは、最後の確認をし、
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