16

 耳を疑った。


 ウィルの言葉に迷いはない。

 質問している感じもしない。


 つまり、もう既に確信しているということだ。語尾を上げず、最後まで濁さずに言い切った一言。その破壊力は凄まじい。


 だが、ここで冷静さを失うほど俺は落ちぶれていなかった。どこでそんな確信を得たのか確かめる必要がある。俺が裏切り者だということを知っている者はいない。自覚している俺自身だけだ。


 ならちょっとした行動に穴があったのか?


 いや、それはない。

 仮にそうだとすれば、裏切り者の存在を予言された神託所での一件だ。あの時の俺は周囲の反応を見た上で、いつも通り慎重に発言をした。


 あの時に動揺も見せなかったし、それなりに驚いている演技もしていた。


「どうしてそう思うんですか?」


 ここは冷静過ぎても、動揺を出し過ぎてもだめだ。

 

 冷静さを全面的に押し出せば、むしろ怪しまれる。

 ここでの一瞬の動揺は問題ない。誰だって自分が根拠も指摘されないままに疑われれば驚き、動揺する。


 だからほどよく驚いた顔をし、自分は違う、という偽りの冷静さを装う。


「どうしてだろうね」


 小さな口でパクっと食べるウィル。

 その姿に癒やされるどころではない。


「裏切り者はいない、そう言ったのはウィルですよ」


「うーん、確かにそうだね」


「じゃあ、本心では裏切り者の存在を疑っているということですか? そして、それは俺だと?」


 俺の焦りのない言葉に、ウィルはふっと笑った。

 なぜか嫌な感じはしない。


 ゆっくりと好物を頬張る小さなリーダーを見ていると、さっきまで感じていた危機感も緊張感も薄れていく。この感覚は上手く説明できない。


「神託の言うことは絶対だからね。あれはみんなを安心させ、場を乱さないために必要な言動だった。キミはそれもよく理解しているはずだよ」


 ウィルに嘘はつけない。


 俺は静かに頷いた。


「正直に言うと、僕はあの神託のお告げがあるずっと前から、裏切り者の存在には気づいていた。そして密かに対抗していたつもりだよ」


「対抗?」


 俺は今まで目立って裏切り行為をしたことはない。

 というか、まだ・・何もしていない。ただ強くなるために、土台作りをしている段階だ。


 それを邪魔されたことは一度もない。


「今まではなんの抵抗もなかった――」


「どうしてそれがわかるんだい?」


 おっ。

 俺としたことが、つい感情に負けて失言してしまった。


 自分のミスに失望している俺の青い顔。これを見られてしまっては、もうなんの言い訳も通用しない。まあ、理由はともあれ、ウィルにバレてしまった以上どうすることもできないわけだが。


「少しからかっただけだよ。僕はキミを少しも疑ってなんかいない」


「……へ?」


「言葉の通りだよ。さっきのキミの失言で確信した。キミは裏切り者じゃない。僕はキミのことを100パーセント信頼できる、ってね」


 このシンエルフは何を言っているんだ?


 恐ろしい矛盾が起こっている。

 最初は俺のことを裏切り者だと言いながら、その後で信頼に値すると確信している。


 もう俺が裏切り者であることはわかったはずなのに、だ。


「何が言いたいのかさっぱりわかりません」


 不可解だ。

 不愉快だ。


 ウィルの表情に偽りはない。じゃあ、どうして笑ってるんだ? 俺は裏切り者だっていうのに。


「裏切り者の正体を、僕は知っているんだ。そして、それがオーウェンでないことも知っている。申し訳ないね、こんな困らせるようなことをして」


 気持ち悪くなった。

 どうして俺を信じる? 絶対に俺が裏切り者だというのに、ウィルがそれをわからないはずもないのに、俺が・・裏切り者じゃない!?


「もういいです。俺が裏切り者です。俺はこの勇者パーティーを強くなるために利用しているだけで、魔王を倒すとか、そういうことにも興味はありません」


 はっきりと言った。


 だが――。

 ウィルが優しく微笑む。


「それだよ、それ。キミはこの勇者パーティ・・・・・・・・を裏切ろうと思っているのかい? 違うはずだよ。キミは野心に満ちた人間ヒューマンだ。その点で言えば僕と似ている」


「……つまり?」


「キミの本当の目的はよくわからないけど、【聖剣エクスカリバー】を直接裏切るようなつもりではない、ということだよ。でも僕の知る裏切り者は、まさに裏で密かに行動し、着実に裏切りの準備を進めているようだけどね」


 ウィルの言葉を聞いて、確かに、と思ってしまった。


 別に俺は【聖剣エクスカリバー】に恨みがあるわけでもないのだ。

 裏切り者と聞いて反射的に自分のことを思った。この世界を支配する、という目的があるからといって、この勇者パーティーを裏切るという結論には至らない。


 あの神託のお告げに惑わされていただけだ。

 

 俺には深い事情付きの強い目的がある。

 それは確かだ。


 だが、そう、その目的は直接裏切りに繋がるようなことでもない。


 こっちが拍子抜けしたような形だった。


「じゃあ、裏切り者は誰だって言うんですか? それと、まだ俺を信頼する決定的な根拠が聞けてません」


 ここで畳み掛ける。

 後ろめたいことなんてなくなった。


 自分でも驚くほどあっさりした話し合いで、俺は自分が神託に――そして本当の裏切り者に騙されていることを知ったわけだ。


「わかった。キミには丁寧に話した方がよさそうだね。このことは僕とロルフしか知らないから、間違っても口外しないようにね」

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