第26話『新しく始まる日常』
罪状1
異世界での仕事を終えてから、本来は休息しなければいけない期間に、自分と同じ種族では無い生き物で異世界へ行き、命を落とす経験をした。
罪状2
帰還後すぐ産業医の所へ行かねばならないというのに、行かず、長期の異世界出張をした挙句、その場所は世界中が闇に染まった場所であり、俺自身も闇に魂を喰われかけた。
それらの事実を知った産業医の怒りは凄かった。
それはもう。凄かった。
正直言葉では言い表すのが難しいが、あえて言うのであれば……穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた戦士くらい怒っていた。
俺が回答を間違えていたら、惑星ごと滅ぼされていただろう。
だが、どうしようもなかったのだという事情を伝え、俺の危機を知って駆けつけてくれたラナ様やウィスタリア様たちによって、何とか許されたのだった。
まぁ、一年は絶対に会社のある空間から出るなという絶対命令が下ったが。
そこは仕方ない。大人しく従おうと思う。
「という訳でエリスお嬢様たちを養うと言った直後からニートとなりました。この度はどの様にお詫びをすれば良いか」
「いえいえ! 私が無理に連れて行ってしまったせいですから」
「それは違いますよ。ラナ様。これは俺が決めて、俺が行動した結果です。誰も悪く無いです」
「タツヤさん……」
「だから、ラナ様が気にする必要は無いですよ」
「っ! で、ですが、こうなった以上、あの子たちのお世話だけではなく、タツヤさんのお世話もさせて下さい!」
「え? でも」
「お願いします! 僅かでも恩返しが出来なくては、私は私が許せないのです」
「……ラナ様のお気持ちは分かりました。では、少しだけ俺の生活を手伝って貰えますか?」
「……! タツヤさん」
僅かに流れていた涙を指で払って、ふんわりと笑うラナ様は非常に美しい姿をしていた。
思わず胸がときめいてしまう程に。
イカン。イカン。向こうは好意で言ってくれているのに、こんな邪な感情を抱いては!
「……」
「ラナ様?」
「あの、ですね。前にも言いましたが、私は聖女ではなく女神ですので、実はタツヤさんの心の声が聞こえているんです」
「あ」
やらかしたー!!
やらかし、やらかし、やらかし、やらかし!!
終わった……。
美人を見てすぐ興奮してるクズです。どうもよろしくお願いいたします。
殺して……コロシテ。
「い、いえ! その……親しい相手に好意を抱くのは、それほどおかしな事では無いと私は思います。嘘は吐いていましたが、私とタツヤさんは共に一つの世界を救ったのですから……そういう気持ちが生まれても、おかしくは無いと思うのですが、如何でしょうか?」
「え?」
え?
何。その言い方。
なして、そんなに顔を真っ赤にしてらっしゃるの?
これはもしかして、もしかする奴か?
人生という名のライディングデュエルを走り始めたのか?
「わ、私は経験が無いので、その、恥ずかしいですが」
「ラナ様」
「ひゃっ! ……ひゃい」
「良いんですか? 俺は手を出したら最後、プロポーズまでノンストップの男ですよ?」
「私は、はひ……私は大丈夫でしゅ」
俺はテーブルを挟んだ向こう側のソファーに座っているラナ様に手を伸ばそうとして、横からすっ飛んできたミサイルに撃墜された。
そして、ミサイルは俺の肩にガシガシと歯形を付けながら不満を訴えている。
「エリスお嬢様。ここは空気を読む流れですよ」
「ガウガウ!」
「なんて事だ。言葉を失ってしまっている」
思わず笑いながら、小さなエリスお嬢様を抱き上げて再び座る姿勢に戻った俺は、第二第三のミサイルを受け止めて、溜息を吐く。
「駄目ですよ! 浮気なんて! 私という妻が居るのに! 昨日だってあんなに熱い夜を過ごしたのに!」
「まぁ、アンちゃんが勝手に俺の布団に入り込んできたからね」
「まぁ! 破廉恥ですわ!」
「いや、別に手は出してないからね? 常識的に考えて出すわけないけど」
「そんなに私は魅力がありませんか?」
「魅力とかそういう話じゃないんだよ。君ら全員幼児でしょうが。当たり前だけど、一桁の子供に手を出す訳が無いだろ」
「うるさいわよ! タツヤ! 早くお茶を用意しなさい!」
「承知いたしました。お嬢様。では、お茶を用意するので、離れていただいても?」
「嫌!!」
「でも危ないですし」
「いーや!!」
「私も離れませんよ! 運命の二人はずっと一緒に居るべきです!」
「そういう事らしいので、諦めてくださいな」
「せやか」
俺は全員を背中に乗せたまま器用に歩き、台所へと向かった。
しかし、この状態で火を使うのは危ない為、魔力で沸かす魔法のポッドを使う。
本当は火で沸かす方が美味しいんだけど、子供がいるしな。
火傷でもしたら大変だ。
「タツヤさん! 私がやります!」
「あー。大丈夫ですよ。座っててください。台所は狭いですし。ラナ様の様な美しい方と並ぶと緊張してしまいますからね。それに……」
「ウー! ガウガウ!」
「こうして狼ちゃんも怒ってるので」
「……はい。申し訳ございません」
「あんまり気にしないで下さい。猛獣の相手は難しいですからね」
「誰が猛獣よ! ガウガウ!」
「今まさに肩に噛みついてる子の事かなぁ」
「じゃあ舐めれば良いの?」
「それは絵面が犯罪的なので許して下さい」
不思議そうにしているエリスお嬢様に笑いかけて、軽く背中を叩く。
こうしていると真実子供の様だが、一応精神は最後の年齢と同じだ。
つまりは十五歳だな。
しかし、精神は体に引っ張られるのか、日に日に子供の様になっている三人であった。
まぁ産業医曰く、闇の中で過ごしていた時のトラウマを解消する為の防衛本能らしいが、詳しい所は分からん。
分からんが、日々健康になっているという事であれば、言う事は何も無いのだ。
「さー。そろそろ出来ますよ。砂糖はいくつ欲しいですか?」
「要らないわ! 私、もう子供じゃないもの!」
「はいはい。エリスお嬢様は二個と」
「私はタツヤさんの愛があればそれで充分ですぅ」
「はいはい。アンちゃんも二個ね」
「私は一個お願いしますわ」
「了解。一個と」
「ちょっと! なんでミティアのいう事だけ聞くの!? 説明しなさいよ!」
「いだっ、いだだ。耳を引っ張らないで下さいな」
「うるさい!」
器用にも片手で俺に捕まりながら、暴れまわるエリスお嬢様に嘆息しながら、俺はカップをお盆に乗せ、再びソファーへと戻った。
そして、一名を除き、ようやく俺から離れて大人しくお茶を飲み始める。
その一名というのは、まぁアンちゃんの事なのだが。
「アン。飲食をする時はタツヤから離れなさい。マナーが悪いわよ」
「えー? でも私、別にお貴族様じゃないですし。平民ですしー」
「今は皆そうですわよ。その上で、貴族とか平民とかは関係なく、一人の女性としてどうか。という話をしているのです」
「でも私、まだ子供なので」
「へ、へぇ? じゃあ、アンはもうタツヤを諦めるんだ?」
「何を言っているんですか? エリスさん。元の体ならいざ知らず、子供の体ではタツヤさんはどうあっても振り向かない事は分かっています。だから、大人になるまでは迫っても無駄な訳です。しかし逆に言えば、子供というのはこうやって甘えている事が許されるという利点があります。という訳で、私は良い年齢になるまでは全力で子供として甘えますよ。ねぇ、パパ」
「パパは止めてくれ」
「そんな事言っても、体は素直みたいですよ?」
「どこでそんな言葉を覚えてきたんだ」
「産業医さんから漫画を貸してもらいました! 漫画。中々興味深いです!」
「……そうか」
俺は何とも言えない気持ちを抱えながら、足の上で揺れているアンちゃんが落ちない様にと支える。
そして、それが気に入らなかったのか、お茶を飲み終わった二人に人間アスレチック台にされてしまうのだった。
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