第22話『浮上する悪意』

人生とは分からないものだ。


デモニックヒーローズに入社する前の俺は、ごくごく平凡な人生を歩んでおり、人よりも目立った経験は無かった。


良い意味でも、悪い意味でも、特徴のない子供であり、周囲を見ながらなるべく平均である様に過ごしていた。


友人が居ないのがおかしいのだと気づけば友人を作り。


恋人が居ないのがおかしいのだと気づけば恋人を作った。


ただ、それだけだ。


カメレオンの様に背景に溶け込む事だけを考えて生きてきた。


だから。


正直現状においてはどの様に対処すれば良いのか分からないというのが正直なところだ。


二年以上も続けているのに、情けない話ではあるが。




俺は、いつもの事ながら授業の席で隣を奪い合う人々を見ながら目を細めた。


「私はタツヤの主人よ。従者はすぐ傍に居るべきでしょ?」


「別に他の方でも良いのではないですか? 良ければ紹介しますよ」


「余計なお世話だわ。タツヤは私の事をなんでも知ってるの。幼いころから一緒にいたからね。それで? お二人はどうなのかしら。そもそも、何故そんなにタツヤへ依存するのかが疑問だわ」


「私は勉強が出来ませんし! 平民なので! タツヤさん以外に頼れる人が居ません!」


「嘘おっしゃい! 貴女! 入学してすぐに殿下と仲良さそうに話していたじゃない!」


「あの方は……そういう枠ではないので」


「はぁ? ではどういう枠だというのかしら」


「ライバルです!!」


「「……」」


堂々と、次期国王をライバルだと言い放つアンちゃんに、二人の令嬢は胡散臭いものを見るような目で見つめた。


まぁ、気持ちは分かるよ。


正直意味分からないもんな。


俺だってあの一年が無かったら同じ気持ちだったと思うよ。


あー。いやー。しかしあの、アンちゃん、ライアン殿下と過ごした一年を思うと、今ここにライアン殿下が居ないだけで少し安心できる気持ちもある。


まぁ、偶然今居ないだけだから、居る時は本当に大騒動という感じだが。


それはいいや。この学園に入ってからの二年を思えば、こういう大騒ぎの時間すら日常というものだ。


「ではタツヤさんに聞こうじゃありませんか! 隣に誰が座るか! それならお二人も納得出来るでしょう!? 勉強出来ない私と、ただ隣に座りたいだけのお二人で誰が優先して座るべきか」


「誇らしげに自分の不出来を訴えるのは止めなさいな。少しはタツヤに頼らないで何とかしようという気概は無いの?」


「ありません!!」


「堂々と言い切りましたわね。この子」


「当然です。人には向き不向きがあるのです。ならば、タツヤさんが私の出来ないことをサポートしてくれる。私がタツヤさんの出来ない部分をサポートする。これがベストパートナーという事です」


「へぇ。じゃあ聞くけど。タツヤより貴女が優れているところって何かしら?」


「……まぁ? 色々ありますけど」


「具体的に言いなさいな」


「料理とか」


「タツヤは料理人レベルじゃないけど、普通に料理作れるわよ。少し味が違う程度ならタツヤの代わりにサポートとは言えないでしょ?」


「くっ、なんでタツヤさんはそんなに器用なんですか」


まぁ、一人暮らしが長いからな。


会社に入る前だって、十五年くらい一人暮らししてた訳だし。


「じゃ、じゃあお裁縫とか」


「ちなみに我が国の令嬢がドレスを傷つけてしまった際に、偶然通りかかったタツヤ様が直したそうですわ」


「タツヤさん! もう!」


なんでかアンちゃんに背中を叩かれて怒られる俺。


いや、だって一人暮らし長いし。


体操着の名前付けとか何度もやってると慣れて早くなるしな。


普通だよ。普通。


「何が支え合うよ。もう終わり?」


「くっ、他にも得意なことはありますが、タツヤさんも何でも出来そうです」


「ほら。見なさい」


「タツヤさん相手じゃなくて、エリスさんやミティアさん相手なら勝てる事もあるのに」


「よくもまぁ言ったわね! 私よりも貴女の方が優れている事があるって? 言ってごらんなさいよ!」


「可愛さは間違いなく勝ってますし。将来性とか。こうタツヤさんへの愛情とか。色々勝ってますね」


「この小娘……!」


「正面からここまで言い切られたのは初めてですよ!」


そして、いつもの様に闘争が始まったのを見ながら、俺はゆるやかに席を移動した。


争いに介入しても、しなくても最終的には直接的な争いになるのだから、介入するだけ無駄だ。


という訳で、俺は教室の前の方の席に座りながら授業を受けようとしたのだが……。


「おう。タツヤ。今日も大変だな」


「そう思うのなら助けてくれ」


「嫌だよ。巻き込まれたくねぇ」


「……そうかい」


「それにな。俺にはお前へ伝言を伝えるっていう大事な仕事があるんだ」


「伝言?」


「そう。ラナ様が教会で待ってるってよ」


「そうか」


俺は授業へ出るのを止めて、学校の裏にある教会へ急ぎ、ラナ様に面会するのだった。




ラナ様の待っている教会へたどり着いた俺は、やや大きい扉を開いて、礼拝堂の中で何やら祈りを捧げているラナ様を見つけた。


とりあえず祈りが終わるまで待つかと近くにある木造の椅子に座りながら、静かに待つ。


そしてさほど時間も掛からずに祈りを終えたラナ様は、俺が居ることに気づいて、自分の所へ来る様にと手で合図をするのだった。


「お待たせしました」


「いえ。問題ないですよ。それで、今日はどの様なご用事で?」


「……タツヤさん。全ての準備が整いました」


「では?」


「はい。闇を封印する儀式を開始しましょう」


「分かりました。それで? 具体的には何をすればいいんですか? 聖女ってことはアンちゃんを呼んだ方が良いんですよね?」


「そうですね」


じゃあ早速行くかと走り出そうとした俺であったが、手をラナ様に掴まれてしまう。


「何か?」


「いえ、一応お伝えしておいた方が良い話がありまして」


「なんでしょうか」


「聖女の力についてです」


「はぁ」


ラナ様はいつもの笑顔を浮かべながら、何故かいつもよりもやや大きな声で話し始めた。


なんや。緊張してるのか?


「聖女の力というのは。自らの心から生まれる愛によってその力を増します。アンさんは一人で生きていた時よりもタツヤさんと出会い、そしてライアンさん、エリスさんやミティアさんという友人が出来た事でその力は十分に成長したと言えるでしょう」


「そうですか」


ライアン殿下、エリスお嬢様、ミティア様は何だかんだと言いながらも良いお友達という事だろう。


本当に嫌いなら話もしたくないだろうし。


互いにあーだこーだと言い合うというのは本当に仲の良い相手にしか出来ない事だろうから。


「ちょうどよく、それぞれが孤独という闇を抱えていたのが良かったのかもしれませんね」


「そうですね」


「ですが、だからこそ。一つの懸念点があります」


「懸念点ですか?」


「そう。聖女の力は愛の大きさによって変わる。であれば、タツヤさんの中にある闇を聖女アンさんは消し去る事が出来るでしょうか?」


「いや、出来るでしょう。そうしなければ世界が滅ぶんですから」


「……そうですね」


ラナ様は俺から手を放し、一歩二歩と教会の奥へと歩いていく。


そして意味ありげに笑いながら、首を傾げた。


「例えそれで、貴方の命が失われるのだとしても?」


ラナ様の言葉に、何かが落ちるような音がして、俺はすぐに振り返った。


教会の入り口に立っていたのは、先ほど話をしていた四人。


そして、全員が顔を青ざめさせて、立ち尽くしている。


その光景を見た瞬間、俺はやられた! と思いながらラナ様に振り返った。


「……この瞬間を待っていたって訳ですか? 曇らせの聖女サン」


「えぇ」


この世で最も恐ろしいものは何かと問われたら、俺は今こう答えるだろう。




ずっと味方の様な顔をしていた、怪物だと。

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