第17話 目薬去ってイエスマンですわ!

 今なら上手くできる気がする! とダイゴが張り切りすぎたせいか。

 俺が直前の会話を引きずりすぎて集中できなかったせいか。

 きっとどちらもだったのだろう。


 結局、その後もずっとグダグダだった。


「一筋縄ではいかないね……」

「当然ですわ。千里の道も一歩からですわよ」


 そして解散後、当然のようにまたディナと帰り道を共にしている。

 ダイゴは既に自転車で逆方向へ走り去ってしまった。

 明日こそ! と意気込んでいたけど、さて、どうなるか……。


「それで? わたくしがいない間に随分ダイゴローの様子が変わりましたけど、何を話したんですの?」


「いや……だだの、世間話だよ……?」

「ふぅん?」


 何やら含みのある相槌を鑑みるに、何かしら察してはいるだろう。

 それでもなんだか言いづらい。


 というか、自ら【お嬢】であろうとするディナについてネタバラシみたいなことを言うのは、完全に余計なお世話だったんじゃ……?


「顔が青いですわよ」

「人と会話を行う場合、失言からの反省会までが完成された一つの流れだからね」

「なら、貴方ももう少し練習すべきですわね」


 ぐうの音もでない。

 練習……付き合ってって明に言ったら、今よりも態度がキツくなるかな。

 最近特に冷たいもんなぁ……。


「ところで、いつから台本作ってたの?」

「台本?」

「ダイゴへの説明、随分堂に入ってたから」


「あぁ……台本なんかありませんわ。全部その場のノリですわよ」

「え」


 あれ全部……アドリブ!?


「〝返し〟とか、〝落とし〟とかも……!?」

「それっぽく名付けたほうが具体的に何をするか意識しやすいでしょう?」

「そうだけど……」


 それであれだけ立ち回れるのがすごいけど、流石に行き当たりばったりすぎるんじゃ……。


 ……いや、そうだった。ディナは割とこういう人だった。


「じゃあ不安だったでしょ。今回も」

「……不安じゃないときなんて、ありませんわ」


「よく考えたら事前に内容教えてもらってもなさそうだったもんね。事前準備も出来てなかったんじゃない?」


「そういうこともザラですわよ。……それに今回は、そもそもダイゴローへのイケメンいじりを定着させてしまったのもわたくしでしたもの」


 ああ、そういえばそうだった。

 なら、尚更だろう。


「自分のしたことは間違いだったかも、って思いながら、今してることも正しいかわからないまま、じゃあ、大変だったでしょ」


 呆れたように、じとりと睨んでくる。


「せっかく澄まし顔をしているのですから、わざわざそこをつつくのは野暮じゃありませんこと?」

「でも知らなきゃ、次から一緒に抱えられないから」

「え――」


 呆けた顔のディナの背中を、そっと、軽く押す。


「おつかれ。次も、一緒に頑張らせてね」


 二、三歩歩いて、ディナが立ち止まっていることに気づく。

 き、キザすぎた?


 恐る恐る振り返った先にあった顔を、なんて表現すればいいだろうか。


 瞳に強い熱を持った輝きを宿す、その表情を。


 瞳の輝きをそのままに、ゆっくり柔らかな微笑みに変わっていく、その表情を。


「これ以上惚れ直させて、どうするつもりですの?」


 これ以上返答に困らせてどうするつもりですの……?

 あっ、そうだ! さっき習ったやつが……!


「仕方ないね。顔はともかく、中身はダイゴにも負けないくらいイケメンだからさ、俺」


「ふふっ! わたくしには、どちらも貴方が一番ですわよ」


「……調子に乗ったら、突っ込んでくれるんじゃ……?」

「場合によりけりですわ」


 結局照れさせられた。

 やっぱり、付け焼き刃では熟練者には敵わないみたいだ。

 もっと鍛えなきゃ……。


「あーあ、わたくしのほうばかり貴方から貰ってしまいますわね。何のために巻き込んだのか分からなくなりますわ」


「そんなことないよ。まだ、実感はないけど。少し見えた気がする」


 きっと。ディナが教えてくれようとしていたもの。

 俺の中にない、俺の価値。


「言ったでしょう?」


 だから。俺もちゃんと、貰っているよ。


「ありったけ、届けて差し上げますって!」


 この無敵の笑顔に。

 少し距離が近くなった、むず痒くて、でもなんだか居心地の良い帰り道に。

 貰っているよ。たくさん。


「そういえばお弁当、中身母さんのだったんだけど」

「私が着いたときにはもう詰めるだけの段階だったんですもの。私の手作りが良かったんですの?」


「うーん……申し訳なくて食べづらいからなぁ……」

「……先は長いですわね」



 *



 行ってきます、と玄関を開けた先に待ち構えていたディナに腰を抜かしかけ、クスクス笑われながら登校した朝。教室にて。


「お、おはようっ!」

「おん? ダイゴじゃーん、はよー。はぁー今日も目の保養ありがてぇー」


 昨日の今日で、席が近い女子にいきなり実践を仕掛けるダイゴを見て、驚愕したり、感心したり。


「えっ栄養満点でしょ! 俺将来、目薬になろうと思ってんだよね!」


 絶句させられたり。


「……ふっ」


 ……ふ?


「ふっくくくくっ……! め、めっ、ぐ、すりっ……! んっくっ! ちょ、むりっ……! くふふふふふふ!」


 ウケた!!

 勢いよくこちらを向いたダイゴの喜色に満ちた顔にそう書いてあった。


 返しに困ったけど、成功には違いないと、親指を立ててみせる。


 先を行かれてしまった……の、かな?


 未だツボにはいったままの女子をニコニコ眺めるダイゴという光景に苦笑を浮かべたまま、俺の常時発動の聞き耳スキルがまた別の会話を拾う。


「お嬢」

「あら、シキ。どうかしましたの?」

「ああ」

「期末のことかしら?」

「…………」

「では、悩み相談の方ですの?」

「ああ」

「わかりましたわ。放課後でよろしいかしら?」

「ああ、問題ない」


 今日もダイゴの会話練習かな、と思っていたけど、どうやら別の予定が発生した気配がする。


 それもまた、難題の香りがする予定が。

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