一〇人委員会は

 一〇人委員会はオーリア議会に付属する現国王の諮問機関である。神隷騎士団を率いていたマントバーンが旧神聖王国オーリアの神官王を誅殺し、王位を簒奪したのちに設置された。委員会の構成員は国内の有力貴族か、もしくはオーリア議会に参与していない識者となっている。オーリア王国のレストブリッジを拝領しているベーン家の当主も、そのうちのひとりだった。

 ラクスフェルド市街から北にある城山へ登る道は、長い坂だ。煉瓦で畳んだ坂道の果てにはラクスフェルド城がある。いまそこを、二頭立ての箱馬車が進んでいた。雲ひとつない秋晴れの午前中。薄く青ざめた空から、やわらかな陽射しがそそいでいる。


「ジェレミー様、前にゴールデントゥイッグ殿が。歩いておいでです」


 馬車の箱内にいるレストブリッジ伯爵へ、馭者が告げた。


「停めろ。乗せて差しあげろ」


 馭者台と通じる小窓からベーンが命じると、馬車は従者を連れて煉瓦道を歩いていた初老の女性のそばで停止した。


「おはようございます。先は長いですぞ、お乗りなさい」

「あらそう。では、お言葉に甘えます」


 ベーンに声をかけられた青いローブ姿の女性は平板に応じた。その身なりからして、彼女は魔術師である。

 長い距離を歩いて移動とは、酔狂な。ベーンはゴールデントゥイッグと彼女のお供が馬車へ乗り込むあいだにそう思ったが、もちろん口には出さない。ふたりの魔術師が馬車へ乗り込んでくると、なんともいえぬ薫き物のような香りが車内に広がった。

 ゴールデントゥイッグは、男盛りの四〇代であるベーンよりもずっと年上なはずだが年齢は不詳。彼女は王宮魔術師だ。魔術院の代表であり、後ろ盾はマントバーン王その人。たとえ貴族ではなく出自が卑しくとも、親しくしておいて損のない相手だといえた。

 ラクスフェルド城へ着くと、以前から建設中だったそこは城壁がほとんど完成し、前庭に草木が植えられていた。いまの季節はクジャクソウの黄色と赤が目にもあざやかである。その場所から近い城館前の馬車回しには何輛もの馬車が並んでいる。いずれも一〇人委員会の構成員を送り届けたものであり、彼らはベーンと同じく今日の招集を受けて参じたのだった。

 ベーンとゴールデントゥイッグは玄関を抜けて城館へ入った。すると、すぐに王室の従僕がベーンに近寄ってきて、ほかの委員会の者らはすでに到着していると小声で告げた。


「どうやら遅れてしまったようですな」

「いいえ、そんなはずありません。ほかの方々が早すぎるのよ」


 とゴールデントゥイッグ。

 たしかに一〇人委員会の合議がはじまる時間にはまだ少し猶予があった。とはいえ委員会は各界の著名人揃いだ。遅参すれば、礼儀を欠いたとしてほかの面々の機嫌を損ねるだろうに、ゴールデントゥイッグはまるで気にする様子もない。ベーンは苦笑いするしかなかった。

 ふたりは共に従者と別れて、さっそく会議室へと向かった。ふつうならば次の間で軽く酒や間食をたのしんで寛ぐのだが、いまはやめておいた。会議室の前までゆくと、武装した近衛兵がそこの扉を開いた。


「レストブリッジ伯爵、ジェレミー・ベーン様。ならびに魔術院、ネリー・ゴールデントゥイッグ様、ご到着」


 広い会議室に触れ役の声が響いた。すでに円卓に着いている数人の視線が、いっせいに出入口へと向けられた。


「やあ皆様、お待たせしてしまったようで」


 ベーンは室内へ歩きながら、にこやかに会釈した。会議室にマントバーン王の姿が見えなかったことに彼はほっとする。

 円卓のいちばん手前にはオーリア正教会のモロー枢機卿がいた。紫紺の法衣を着た彼はベーンよりいくらか若い。一〇人委員会の構成員ではなく部外者だ。本日の、ある意味では主役。

 ベーンはモローと面識はなかったが、いろいろな噂は聞いていた。オーリア正教会の元金庫番で、四年前に当地で起こった叛乱の立役者。神官王を裏切り、神隷騎士団の団長だったマントバーンの手引きをしたのがモローであるというのは、公然の事実として知られていた。いまの枢機卿という地位も、それがあってのことなのは想像に難くない。

 出入口から遠い円卓の奥のほうでは監察局のミルズ、オーリア軍のハートレイ将軍、商工会連合のグァンユが並んで座っている。その反対側の席には国王騎士団のグリムがいた。ゴールデントゥイッグがグリムのほうへすたすたと歩いたので、ベーンもそのあとを追った。深い理由はない。席を埋めるのにバランスを考えただけだ。派閥というわけではなかった。

 この時点で一〇人委員会の六割が姿を見せていた。つまり六人。残りの四人は、いずれも南オーリアの貴族である。それらは南部の貴族をまとめているラスター辺境伯を除けば、取るに足らない家柄といえた。おそらく彼らは欠席だろうとベーンは推測する。北オーリアの王領ラクスフェルドは南部から遠い。急な招集ゆえ距離的な問題もあったし、それになにより、いまオーリアの北部と南部では軋轢が生じている。


「国王陛下、ご臨席」


 触れ役のひときわ大きな声が聞こえた。マントバーン王が会議室へ姿を現したのだ。

 円卓の全員は起立して主君を迎える。栗色の髪を短く刈り込み、口を結んだ王の表情はいかめしい。大柄で筋肉質な身体。両肩にクロテンの毛皮を軽く引っかけている。公式の場でないため、王冠の代わりに細いサークレットを額に巻いていた。

 平服のマントバーンは片手を軽く上下させて皆に座るよう促した。四年前の血腥い叛乱の首謀者が、いまではこの国の王である。実際に神官王を手にかけたのは、マントバーンの部下である下級騎士だったようだが、真相は詳らかとされていない。その騎士は叛乱のあと、遍歴のためすぐに国を去ったのだ。いや、それも本当かどうか。

 円卓のいちばん奥にマントバーンが着席し、合議が開始された。進行役はいつも通り委員の長であるミルズだった。


「全員、そろったようですな」


 頭髪が白く、顔には深い皺を刻まれたミルズが、円卓を見回しながら言う。


「残りの方々は?」


 ベーンが訊いた。


「欠席です。しかし票決に際しての意向は届いています」

「どうせ全員、賛成票だろう」


 とハートレイ将軍。


「それはのちほど。討議に支障が出るゆえ。わたしも賛否は知りません。――ではまず、モロー枢機卿より申し立てを」


 ミルズがモローへ発言を求めた。するとオーリア正教会の枢機卿はかしこまって咳払いをしてから、


「本日はお忙しいなか、陛下および委員会にご足労をいただき恐縮の至り。話はほかでもありません。かねてより申請しておりました、わがオーリア正教会においてユエニ神聖騎士修道会の発足をお許し願いたい。これであります」

「正教会に、ふたたび騎士団を設けるということね」


 オーリアでの商業に関するいっさいを仕切っているグァンユが、さして興味もなさそうに言う。

 往古より神聖王国オーリアを牛耳っていた正教会は、神隷騎士団が叛乱を起こしてから武装を禁じられていた。それが、いままた武力を得ようとしているのだった。かつての正教会ならば、外部になんら願い出ずとも任意で通せた案件である。が、いまの国政と分離され衰退した正教会には、そのような自由が許されていなかった。


「時期尚早ではないのか」


 言ったのは国王騎士団のグリムだった。するとモローは委員会でも末席な彼に対し、


「陛下が戴冠されてもう四年ですぞ。それでは足りないと?」

「まだ新生オーリアの地盤は固まったとはいえまい。ほかにも未解決の問題が山ほどある。実際、北と南が揉めているではないか。本日も南部の諸侯は軒並み姿が見えぬし」

「南北の諍いには、わたしも心を痛めてやみません。実はその国内の情勢も、今回の嘆願に関わっておるのです。ご存知のとおり、かつての正教会が本拠としていたオンウェル神殿には、多くの巡礼者が参詣しておりました。しかし政変以降、オーリア国内では治安状態が悪化し、特に地方の街道では野盗や追いはぎが横行する始末。おかげで巡礼者は激減の一途をたどり、正教会は困窮しております。その状況を改善するためにも、巡礼者を警護すべく新たな騎士修道会が必要なのです」

「フム。それは由々しい問題だ――」


 とベーン。


「たしかに、わがレストブリッジでも野盗の類いが出没しているという報告は、たびたびあがっていますな」


 それを聞いたグァンユは隣に座っているハートレイ将軍をちらりと横目で見た。


「通商にも影響が。そういうのを取り締まるのはオーリア軍か、国王騎士団の役割ではないのかしら」


 名指しされたハートレイ将軍とグリムは、どちらともなく目を見交わした。


「軍としては各地の関に兵を置いている。しかし街道の見回りまでは手が届かないのが実状だ。それは領地ごとの自警団がやるべきだろう。自分の領地に国軍が入り込むのを嫌う領主もいらっしゃる」

「わが騎士団は、もはや以前の神隷騎士団とは別物と考えていただきたい。陛下とラクスフェルドを護るのが第一の使命です」


 オーリア軍と国王騎士団、どちらも余計な仕事を増やしてくれるなという主張である。


「ゴールデントゥイッグ殿、なにか意見があればどうぞ」


 ミルズが、まだ発言のないゴールデントゥイッグへ所見を求めた。


「いいえ。わたしからは特になにも」


 まさしく興味索然。宙の一点を見つめたままの、あまりに素っ気ない女魔術師の態度がおかしく、ベーンは口元が緩みそうになった。ので、彼はあわてて葡萄酒の水割りが入っている杯を口に寄せた。


「モローよ――」


 マントバーンが口を開いた。


「わたしが神官王を誅し、国の実権を握ったのはオーリア正教会の腐敗が目に余ったからだ。これは理解しておろうな」

「お言葉ながら陛下、正教会は腐っておりませぬ。腐ったのは、人です」

「おなじことだ。人は迷い、奢り、偽るものだ。それが本性だ。ゆえに、そこへつけこむ淫祠邪教がはびこる。事実、あの神官王でさえ神託と称して国民を弄し、放蕩に耽ったのだからな。いまオーリア正教会を拡大すれば、轍を踏むことになろう。そこでおまえに訊きたい。人の歴史で宗教が世を正しく導いたという例があれば、示してみよ」


 いっとき、会議室が静寂に包まれた。

 皆の注目がモローへと集まる。このあと口にする言葉をまちがえれば、彼は首がとぶかもしれない。だが、それでもモローはひるんだところを見せなかった。おそらくこの場へ臨むのに、よほど肚をくくってきたようだ。

 俯き加減でやや沈思したモローは、ふと顔をあげた。


「まさしく、陛下のお言葉は正しくあらせられます。しかしながら、それは強者の弁。陛下の臣民にも心の弱い者がおります。主に労働階級。そういった者らは導かねばなりませぬ。とはいえ人心を律するのは容易ならざること。それを為すのが、宗教であります。歴史を紐解けば、現在のオーリア王国の礎となった旧神聖王国は、聖アスカリ一世から代々つづいた神官王に導かれ、繁栄を享受してまいりました。およそ三〇〇余年の長きに渡り、どれほどの民が救われ、心を満たし、安眠の場を与えられたことか。その功績が、たったひとりの破戒者――忌まわしき先代の神官王――によって打ち崩されたのでは、あまりに理不尽。陛下、金銭や物で人を動かすには限界があります。しかし宗教は人の影。切り離すことはできませぬ。人の心に深く根づいておりますからな。そこが使いどころであります。もちろん賢明な陛下なれば、深くご理解のことと存じますが」

「わからぬな。では、もしユエニ神聖騎士修道会とやらが実現すれば、わたしにはなんの得があるのだ」


 とマントバーン。


「オーリア正教会の信者より、新王にはいっそうの信頼が集まりましょう。さらには、国内の正常化が大きく前進するかと」

「なぜそうなる?」

「南オーリアには、いまだ正教会に忠誠を示す貴族の諸家が多数おります。このたび便宜を図っていただければ、わたくしめが南北の和平へ向けて働きかけましょう」

「そして、いずれ力を蓄えたおまえが、次代の神官王を継承するわけか」

「めっそうもございません。非才の身に、そのような大役……なにより、オーリアの王は陛下おひとりで充分です」


 心外だといわんばかりに、あわてふためくモロー。

 ベーンは心のなかで嘲笑を浮かべた。モローもなかなかの役者だ。現在、正教会での最高位となる神官王の座は空席である。いずれ誰かを据えねばなるまい。それに最も近いのはモローであり、彼自身も切望しているはずだ。

 しかしながらユエニ神聖騎士修道会を実現させるのに、モローが南オーリアの件を持ち出したのは意外だった。四年前の政変にも手を貸したモローは、北部のマントバーン側に与すると思っていたが、もうちがうのかもしれない。もしかすれば南部の貴族連合とすでに密約でも交わしたか。もともと旧神聖王国の時代に武力で併合された南部では、それゆえ北部への宿怨が根深い。今日、一〇人委員会の南部貴族が姿を見せなかったのは、あからさまにマントバーンへの反意の表れだ。合議において票は出すが、議論はしない。その彼らがオーリア正教会を支持するとなれば、南北の関係はいよいよ危ないとベーンは考えた。


「陛下、ここは慎重に評議会で検討を。正教会が盛り返せば、南部貴族と手を組んで謀反を企てるのもあり得ますぞ」


 腰巾着のグリムが身を乗り出し、マントバーンへ耳打ちする。

 それからは形ばかりの話し合いがだらだらとつづき、時間が浪費された。ここにいるほとんどはマントバーンとべったりな保守派である。当然、形勢はユエニ神聖騎士修道会を認めぬというほうへ傾いてゆく。そしてやがて、


「もうよい――」


 マントバーンがうるさいハエでも追い払うように手を振った。


「ミルズ、票決を。この件を議会へ持ち越すことはせぬ。一時解散せよ」


 各自が用意された控えの間にさがり、投票が行われた。結果はすぐに出た。

 オーリア正教会のユエニ神聖騎士修道会の発足は、認められたのである。

 ベーンの見立てでは、おそらく票は割れた。ミルズ、ハートレイ、グァンユ、グリム、ゴールデントゥイッグの五人は反対票を投じたろう。それに対し、南部諸侯の四人とベーンが賛成票。となれば、最終的な可否はマントバーンに委ねられたわけだが、さすがに折り合いをつけたようだ。モローが南オーリアの後押しを得ていると匂わせたからには、突っぱねるとはいかなかったのだろう。僭主による弾圧は度が過ぎれば危険だ。それは簒奪者であるマントバーンがいちばんよく知っている自明の理である。

 翌日、ベーンはあわただしくストーンベリーへと向かった。一〇人委員会の合議の結果を、ストーンベリー侯爵であるフランク・クリスピンに報じるべく。

 フランク・クリスピンはベーンを一〇人委員会に送り込んだオーリア貴族の重鎮だ。そうして裏からオーリア王国の政治操作を目論んでいる。今回の件で、彼はどう動くだろう。ベーンの一票で恩を売ったモローに接近するか、もしくはこれまでと同じく、マントバーンへなんらかの援助を強めるのか。

 ベーンはどちらでもよかった。いずれにせよ、これでオーリア国内では南北の溝が深まった。そしてクリスピン家と密着しているベーン家は、第三勢力として立ち回りやすくなる。ベーンにとっては、それが最も肝要な点なのだ。

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