第14話 魅惑の姫様(3)

 男に詰め寄られて、千代は思わず太郎の着物の裾をぎゅっと握る。そんな千代の手を太郎はそっと自身の手で覆い被せると優しく力を込めた。男はそんな二人の様子に一瞬口の端を歪め、憎々しげに吐き捨てる。


「……ふん。そうやって、人前で乳繰り合って恥ずかしくないのかねぇ、南蛮人は!」

「乳繰り合う!?」


 千代は太郎と顔を見合わせる。それから、はっと気がついたように太郎の着物から手を離した。太郎もどことなく決まりが悪そうに千代から視線を逸らす。


 千代は顔を真っ赤にして、男をキッと睨みつけた。そんな千代を揶揄うように、男は更に追い討ちをかける。


「おーおー。南蛮の姫様は、人前でそんな顔をするのかぁ? はしたないんじゃありませんかねぇ? お姫様よぉ!」


 男の言葉に千代はわなわなと唇を震わせる。怒りで耳まで真っ赤にしながら、千代は立ちはだかる太郎を押しのけて男に詰め寄った。自身よりも頭二つ分は上にある男の顔をしっかりと見据え、ぐっと息を止めてから千代がピシャリと言い放つ。


「そのような言い方、お控えくださいまし! わたくしの不注意で貴方にぶつかってしまったこと、そのはずみで、お奉行様へ献上する大切な杯を割ってしまった事はお詫び致します。ですが、だからと言って、貴方がわたくしと太郎に無礼な物言いをして良い理由にはなりません! 立場を弁えなさい」


 千代の言葉に、男は一瞬怯んだ様子を見せたがすぐに虚勢を張るように吠えた。


「うるさい! お奉行様へ届ける品を割ったことは認めるんだな?」

「ええ。弁償でもなんでも致しましょう。但し、貴方がわたくしたちに非礼を詫びるのが先です!」


 売り言葉に買い言葉。勢いで口にした千代の言葉を男は聞き逃さなかった。ニヤリと口の端を歪ませると、男は千代に一歩近づき面白そうに言う。


「そうか。弁償でもなんでもか」

「……ええ、ですから」


 千代の言葉を遮った男は、下卑た笑みを顔に貼り付け、とんでもないことを口にした。


「では、お前にはうちへ下女として来てもらうか」


 男の言葉に千代は絶句する。太郎も驚きのあまり言葉を失っていた。そんな二人の様子などお構いなしとばかりに男は続けた。


「このお品は、渡来品で同じものは二つとない貴重なものなんだ。そんなものをお前はどうやって弁償するというのだ?」


 男は千代の全身をジロジロと無遠慮に眺めながら、更に続ける。


「お奉行様へのお品を駄目にしたんだぞ。お前が責任を取るのは当然だろう?」

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