もつ鍋をつついて語る
「ただいま〜」
部活が終わって、俺は家へ帰ってきた。
玄関には二つのローファーが綺麗に並べられている。
「お帰り、お兄ちゃん」
琥珀が迎えにきてくれた。
制服の上からエプロンをつけている。
「夜飯作ってくれてたのか」
「何だって、琥珀は頑張るお兄ちゃんの味方だからね!」
「ふっ、そういう俺は妹を守る
俺は手で髪をクイっとあげてカッコつけた。
「コウ、お帰りーー……、何やってるの?」
リビングから出てきた美桜と目が合った。
そのまま、無言で数秒互いを見続ける。
俺は感情を無にして告げた。
「ディナーにしましょうか……」
そして、このまま消え去りたい。
「今日はもつ鍋にしてみましたー!」
琥珀が自慢気に鍋の蓋をパカっと開いた。
いい匂いと共にブワっと湯気が充満する。
「さぁさぁ、二人ともどんどん取っていってね」
「じゃあ、遠慮なく」
素早く大好きな具だけ奪い取っていく。
肉とねぎ、豆腐は絶対に渡すわけにはいかない。
えのき、しいたけ、しめじはくれてやる。
「コウ、肉ばっかりズルい!」
「勝負の世界にズルさなんて関係ないのさ、お嬢ちゃん。
兎束鍋の家具材争奪戦三年連続一位の俺を侮ってはいけないよ」
「何、その百人一首の大会みたいな名前!?」
美桜と会話をしながらも、ペースを緩めることなく肉を確保する。
「というか、なんで美桜も一緒に鍋つついてんだよ」
「今日ね、美桜さんの両親が帰り遅いらしくて。
美桜さん料理できないから、私が夜ご飯誘ったんだよ」
「そういえば、美桜全然料理できないよな……」
前に作った品を食べたことがあるが、かなりひどかった。
オムライスは原型をとどめてなかったし、味は全くしない。
ある意味再現できない一品を作る天才だ。
「コウも琥珀ちゃんもひどい。
これでもお母さんに教えてもらってるのに」
「本当なんでだろうねー。
美桜さん、レシピ通りに作ってると思うけどなぁ」
「今日だって何回か失敗しちゃったし」
「鍋って逆にどうやったら失敗すんだよ……」
美味しく食べれてるのは、琥珀のフォローがあったからか。
ナイスカバーリングだ、我が妹よ。
「お兄ちゃん。
なんとか卒業までに美桜さんに料理を習得させよう」
「めっちゃアグリー。
このままだとコンビニ飯で生きていくことになる」
「馬鹿にしないほうがいいよ、コンビニ飯!
おにぎりとかチキンとかピザまん、めっちゃ美味しいし」
「「手遅れだ……」」
俺と琥珀は同様の反応をした。
諦めて、試合終了。
「部活はどうなの、お兄ちゃんたちは」
自分の取り皿にたくさんの肉をよそって、琥珀が訊ねてきた。
俺と美桜は顔を見合わせた。
「俺は少し調子が良くなってきた。
といっても、まだまだだけどな」
「私もコウと同じかな。
絶好調のときの5分の3くらい」
「嘘つけよ。
この前の練習試合で無双してただろ」
あんだけ活躍しておいて、絶好調じゃないのは反則だ。
本当なら気が滅入りそうだ。
「あれは先輩方のサポートがあったからだよ。
私だけがすごかった訳じゃないし」
「もしかして美桜さん、今年もインターハイいけそうな感じ?」
「琥珀、いけそうな感じどころじゃない。
下手すりゃ、インターハイ優勝できる」
「……。言葉を失うってこのことだよ」
琥珀も美桜と同じで中学のバスケ部に所属している。
美桜ほどじゃないが、琥珀も相当上手いらしく、県の強化選手に選ばれた。
俺からすれば二人ともえげつなく眩しい。
「二人とも、持ち上げすぎ。
まだ、インターハイ出場も決まってないんだから」
「いやいや、美桜さんいるなら出場は堅いでしょ。
美桜さんは私の中学の伝説だから」
「で、伝説!?
えへへ、全く嬉しくないよ〜」
「花菱美桜に渡せば試合終了。
そういう都市伝説になってるよ」
「伝説って都市伝説の方!?
私、心霊現象と同じ扱いになってる……」
滝の流れのように、美桜のテンションが落ちた。
褒められてるけど、若干ディスられてるな。
「私ももうすぐ、県大会始まるんだよ。
美桜さんの代ほどじゃないけど、良い成績残せると思う」
「私たちの代はベスト8で船橋学院中に負けちゃったからなぁ。
マジで琥珀ちゃん、頑張って。応援してる」
美桜が両手でガッツポーズをした。
それに琥珀も胸を手のひらで叩いて応える。
俺はその隙に残った肉を全てかっさらうことに成功した。
これこそが真の盗塁だ。
「我関せずみたいな顔して肉食べてるけど、お兄ちゃんもインターハイ出場しないと」
「俺はインターハイってよりは、去年の自分を超えるのが目標だから。
もちろん優勝も目指してるけどな」
「じゃあさ、お兄ちゃん賭けようよ。
私とお兄ちゃんのどっちが良い結果出せるか」
「悪いけど、お兄ちゃん、こう見えてギャンブル強い……!」
侑希や瑛志と何十回戦ったが、2、3回ぐらいしか負けていない。
まさに負け知らずのギャンブラー。
「美桜さんも勝負する?」
「私はいいよ。
観てるのが1番楽しいと思うし!」
「そうだ。美桜は参加を認めない。
美桜が出たら、美桜の圧勝で終わってしまう」
確変はギャンブラーの敵だ。
「兎束兄妹のおふざけなしのガチンコ対決。
勝率のオッズはすでに、私、琥珀選手が大幅に上回っております!」
「ちなみに賭けに負けたら、どうなるんだ?」
「そんなの勝った方の命令を何でもするに決まってるじゃん。
お兄ちゃんが勝ったら、えっちなことでも私に命じていいんだよ」
「法に触れるのは無しにしようね。
じゃないと、お兄ちゃん捕まっちゃう」
琥珀の茅乃先輩みたいな発言に涙を禁じ得ない。
ちゃんと子育てしろよ、親父。
「いいじゃないか、お兄さん。
妹との禁断の恋愛をするのも」
「……ちなみに俺が勝ったら、琥珀が大事に取ってある抹茶プリンを全部渡してもらう」
「お兄ちゃんのいない間に全部食べよ」
琥珀が勝ち誇ったような顔を向けてくる。
いいだろう。
シスコンの俺でも、抹茶スイーツのためとあらば容赦しない。
「いいな〜。
めちゃくちゃ羨ましい、兄妹がいるのって」
完食した美桜が頬杖をついていた。
綺麗に汁一滴すら残していない。
「兄妹いない私からすれば、本当羨ましい!」
「美桜さん、正確には違うよ。
お兄ちゃんがお兄ちゃんだったから最高なの。
なんせ私のお兄ちゃんは千葉県1だからね!」
「俺も琥珀もお互いノリがいいからな。
でも、兄妹としての一戦を度々越えようとする琥珀を全力で止めてるけどな」
具体例は朝にベッドの中にいるのとあーんなどだ。
あれは倫理的にアウトだ。
「コウってシスコンなの?」
「本当は違うけど、そういうことにしてる。
ロリコンと思われるよりはマシだから」
美桜は納得してないような感じで眉根を寄せる。
「琥珀ちゃん。
私が食器全部洗うよ」
「え〜、全然気にしなくていいのに。
こういうのはお兄ちゃんの仕事だから」
「私に任せてほしい!
こう見えて私、食器洗いのプロだよ」
「食器洗いにプロとかないけどな。
じゃあ、俺は洗った食器を拭くから」
役割が決まって、俺と美桜は淡々と食器を片付けていった。
プロというのは真実なようで、あっという間に片付けが終わった。
俺は美桜を玄関まで見送りにいく。
「気をつけて帰れよ」
「家、隣なの忘れてない!?」
「いや、美桜ならこっからでも迷子になりかねないと思って」
「私そこまで馬鹿じゃないし!
それはともかく、夜ご飯ありがとう」
「どういたしまして。
まぁ、また来てやってくれ。琥珀も喜ぶから」
「では、遠慮なく来るね。じゃ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
美桜が玄関から消えて、俺は鍵を閉めた。
数秒後に隣の家のドアが開いた音が聞こえた。
さすがに、迷子にはなったらアホの子どころじゃないもんな。
ホッと安心して、風呂に入った。
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