手紙は始まりを告げる
五月四日
扉を開けた先には、色々な世界が広がっている。
ディズニーの名作で『モンスターズ・インク』というものがある。
あれがまさにそうだ。
扉という一枚の物体が空間を隔てて、それぞれの空間がそれぞれ違った世界を創り上げている。
これは決して中二病の戯言ではない。
れきっとした事実だ。
下駄箱だって例外ではない。上靴が入っているはずの空間に、異常事態が発生することがたまにある。
いつものように自分の上靴を取り出そうとして、俺は下駄箱を開いた。
「まじぃですか……」
上靴の上に白い紙が置いてあった。
上靴が収納されている空間に、そのブツは自己主張が強すぎる。
おそらく、ラブなレターだ。
俺の目に狂いはない。
「落ち着け、兎束絋汰。キスマークがあったら即処分。これでいこう」
悪戯でしか貰った事が無いので、慎重になってしまう。
これも中学時代、俺の純情を弄んだ男友達のせいだ。
手紙を手に取って見ようとしたが、やめることにした。
ここは人が多すぎる。
見られて、変な噂が立つのは嫌だ。
俺はポケットに入れて、下駄箱から離れた。
少し考えて、トイレで読むことにした。
個室だと落ち着くし、何より変態以外は見ることができない。
三階のトイレの個室に入り、早速手紙を読んだ。
兎束絋汰君へ
久しぶり。
といっても、急にこんなこと言われて驚いていると思う。
でも、これで思い出せると思う。
昔、よくペニチュア畑で一緒に遊んだよね。
そうだよ、『いずみちゃん』だよ
あれから、もう十年近く経っているね。
絋汰君と過ごした日々は、今でも覚えているよ。
てんとう虫追いかけたり、ミドリシジミ追いかけたりさ。
あの日々は私の大切な宝物なんだよ。
今までも。
これからも。
そろそろ本題に入ろうかな。
紘汰君はさ、私との約束覚えてる?
次にお互いが会ってお互いのことを覚えていたら、結婚しようってやつ。
お互いに指輪を持っているし、忘れてるなんてことはないと思うけど、どう?
忘れてたら、めちゃくちゃ悲しいな。
なんか、こんな事書いてたら、メンヘラとかヤンデレって思われそうだな(笑)
今の私は、実際そうなのかもしれない。
でも、こんな素敵な思い出を忘れることは、私にはできなかったんだ。
私、実は絋汰君と同じ汐崎高校に通っているんだ。
何回か紘汰君とすれちがったこともあるよ。
面倒くさいかもしれないけど、お願いがあるんだ。
大切なお願い。
絋汰君、私に会いにきてほしい。
偽りではない、本当の私を。
その時でいいよ。
結婚とかそういった話はさ(笑)
私は今でも絋汰君のことが好きだよ。
私も色々変わったけど、ここだけは全く変わってない。
あと、なるべく早く会いにきてほしいな。
紘汰君とたくさん話したいんだよね。
じゃあ、会いにきてね。
ずっと待ってるから。
追伸
私の指輪を同封しておきました。
これは私が小さいのときの絋汰君と合った証拠であり、もしプロポーズするなら改めて私の薬指にはめて下さい。
ペニチュア畑の『いずみちゃん』より
手紙の中には、確かに金色に光る指輪が入っていた。
いや、問題はそこではない。
「嘘……、だろ」
間違いなく、全て事実だろう。
俺とペニチュア畑で遊んだこと、結婚の約束、そして指輪を同封していることなどの材料が、この手紙はペニチュア畑で遊んだ“いずみちゃん”が書いて俺に渡したものだと証明している。
汐崎高校に通ってることも事実だ。
でなければ、俺の下駄箱にこの手紙を入れることは不可能だ。
そしておそらく、今も俺のことを好きなこと、会いたがっていることも本当だ。
悪戯にしては手が込んでいるし、第一俺が抱いている“いずみちゃん”のイメージは、相手を傷つける様なことをしない。
この手紙を信じてほしいなら、なおさらだ。
俺はすごく動揺している。
急に“いずみちゃん”現れたことも、この手紙のことも。
もちろん、俺は“いずみちゃん”のことを覚えていた。
俺にとっても、大切な思い出だからだ。
それに、俺の初恋相手だ。
あの時の俺は間違いなく、“いずみちゃん”のことが好きだった。
でも、今はどうだ。
会いたいと思っているけど、それは好きだからではなく、久しぶりに会ってみたいという好奇心から来たものだと思う。
“いずみちゃん”には悪いけど、それが今の俺の本心だ。
「探す……、ねぇ」
なんの手がかりもない中で、大勢の女子の中から会うことはできるのだろうか。
闇雲に探したら、絶対に不可能だ。
どうすれば……。
俺はトイレから出て、手を洗った。
と、ここで一つの疑問が浮かんできた。
「会いたいなら、なんで向こうから会いに来ないんだろうな」
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