第38話 核搭載ミサイルの設計図
森林に囲まれた大きな屋敷の正門が自動的に開いた。白蛇島を脱出した大神らが乗った2台のワゴン車が滑り込むように敷地内に入った。「虹」のアジトだ。鉄の門はすぐに閉じられた。午前5時半になっていた。
ワゴン車に乗っていたメンバーは、1階の大広間に入るなり緊張から解き放たれ、ぐったりしてソファに体を投げ出した。誰も一言も発しなかった。
白蛇島になにがあるのかを隠密に調査することが目的だったが、武装した敵に遭遇したことで一変した。仲間に死傷者が出た上に、海上からのミサイル攻撃まで目撃した。「カブトン」が助けにこなかったら、全員が殺されていただろう。
しばらくしてリーダーが現れてみなをねぎらった。井上が島で起きたことを報告しようとすると止めた。「午前8時にここで会議を開くことにして幹部たちに招集をかけた。その場で報告してくれ。それまで短い時間だが休んでくれ」と言った。けが人は救急室に入り治療を受けた。大神と楓は広めの部屋に案内された。机とベッド、古びたソファ以外になにもない空間だった。窓はあるが雨戸がきっちりと閉められていて、外の景色を見ることはできない。
「ここが噂の秘密基地なんですね。本部なんですか」。好奇心旺盛な伊藤楓は興味深そうに言った。
「私もここは初めて。本部なのかはわからない」と大神が答えた。
「ここなら安全なんですか」
「とは言えない。基地の場所が発覚して攻撃を受けたという話も聞いている」
「なんだか映画のようですね。白蛇島で起きたことも含めて現実の世界で起きていることとは到底思えません」
「そうね。身体が疲れ切っているだけでなくて頭が大混乱している」
白蛇島の名称がでたところで、大神は一気に暗い気持ちになった。
河野のことが気になっていた。楓は殺されそうになり、大神は拳銃を撃って命中させた。
「河野さんを撃ったのは私。そしてほったらかして自分だけ逃げてきた。人として許されない。すぐに警察に自首してすべてを話さなければ。どこの警察に行けばいいのだろう。前もって電話した方がいいのかな」。大神は話しながら段々取り乱してきた。
「落ち着いてください。冷静になってください。何度も言いますが、大神先輩は私の命の恩人なんです。しっかりしてください。命を落とした人もいた。私たちはその人たちも置き去りにせざるを得なかった。異常な世界だったんです」
楓の言葉で少し落ち着きを取り戻した大神は、「白蛇島には、死臭が漂っていた。一体、あそこでどれぐらいの人が殺されたのだろうか」とつぶやくように言った。「まさかあの島が大量殺戮の現場だったとは思いもしませんでした」。楓も暗い表情で言った。
疲れから2人はうとうとした。2時間後、部屋の外から声がかかった。間もなく、「虹」の最高戦略会議が開催されるという連絡だった。大神と楓も出席するように言われた。
広間の大きなテーブルに15人ほどが座った。リーダーから報告を求められた井上が話し始めた。
「白蛇島で起きたことは驚くべきことの連続だった。遺体が転がっていたのだ。その数は少なく見ても20体はあった。処刑場所だったのだ。民警団との銃撃戦で同志2人が殺された。さらに負傷者もいる。大神の機転で『空飛ぶクルマ』が助けにきてくれたが、あれがなければ全員帰って来ることはできなかっただろう。さらに、『空飛ぶクルマ』で島を脱出する際に、内閣府特別顧問の鮫島に携帯用武器で攻撃されそうになった。そして次の瞬間、海上の潜水艦から発射されたミサイルによって、鮫島が立っていた岩が破壊され、鮫島は海に転落した。間違いなく死亡している」
出席者からうめくような声が発せられた。
「にわかに信じられない話ばかりだ。だが現実に起きたことだ。結局、白蛇島はなんだったんだ」。リーダーが聞いた。
「マスコミ関係者を中心とした現体制に批判的な人物を審問し拷問した場所だったと思われます。マスコミ関係者は、誤報、虚報を書いたとして連れてこられた。処刑された人もいた。さらに、鮫島の個人的な研究所でもあった」
「研究所? 一体何を研究していたのか」
「研究室から奪ってきたものがこれです」と言って、持ち帰った資料類やノートパソコンをテーブルの上に広げた。
「これらの資料を精緻に分析しなければ正確なことは言えませんが、パッと見たところ、核搭載ミサイルの製造に向けた準備だと思われます」
「なぜ、そのようなところで研究しているのだ。処刑場と核ミサイルの研究施設が1つの島にあるというのはどういうことだ」
「それは」。井上が大神の方を向いた。大神はうなずくと話し始めた。
「鮫島は、生肉を食べていました。お皿に載せた肉を食べていたのを私はこの目で目撃しました。その後、研究所の建物の中に入りましたが、そこには、切り刻まれた遺体が冷凍庫に山積みになっていました。人肉が鮫島の好物だったのです。それが処刑場の近くに自分の研究所を置いた理由だと考えられます」
「ううっ」。女性のメンバーが口を塞いだ。あわてて会議室の外に出て行った。トイレに駆け込んだのだろう。ほかのメンバーも気味悪さから顔が青白くなった。
「下河原総理は、鮫島の科学者としての力量を高く評価していた。ミサイルについてすべてを任せていて、そのための資金はいくら使ってもいいと言ったようだ。実績もあげていた。白蛇島の研究所も鮫島の希望を下河原総理が聞いて建てたのではないか」。井上が意見を述べると、リーダーが、「その鮫島が、ミサイルで爆殺されたというのか。誰が殺したのか。訳のわからない展開だ」と言った。
「『北方独国』が鮫島の命を狙っていたのは確かです。裏切者ですから。何度か暗殺者を送り込んで暗殺未遂事件を起こしていた。鮫島がふだん、警備が厳重な下河原からなるべく離れず、いつも一緒にいたのはそのためです。ただ、白蛇島の研究所に行く時はさすがに警備は手薄になる。民警団のメンバーがボディガードを兼務していたのだろうが、まさか島までは暗殺者は来ないだろうという油断があったのではないか。スパイを使って、鮫島の行動を逐次把握していた『北方独国』はこのチャンスをねらっていたのかもしれない。暗殺者を上陸させるつもりだったが、岩壁の上に鮫島が現れたのでミサイル攻撃に切り替えたのではないか。我々が調査のために上陸したことと重なったのは全くの偶然の一致だ」
「そんなことがあるのか。『北方独国』の潜水艦と断定するのは早すぎるのではないか」。メンバーの誰かが声を発した。
「それから後藤田が現れたというのは本当か」。リーダーが聞いた。会議の直前に井上からこの情報を聞いた時は大変な驚きようだったらしい。
伊藤楓が説明した。
「私が捕らえられて、洞窟の狭い部屋に閉じ込められた時のことでした。後藤田が石壁のスクリーンの映像に現れ、直接話しかけてきました。変装していましたが、本人が後藤田であることを認めました。島にはいなかったようで、河野社長は、富士山麓からのリモートだろうと言っていました」
「民警団で起きた異変はすぐに後藤田に伝わるようになっていたわけだ。民警団の総会での様子といい、トップに君臨していることは確かなようだな」と出席者の1人が言った。
「犯罪サイコパスが動き出した。島で起きていた大量虐殺を指揮していたのは後藤田だ。もともと下河原とは懇意な関係であり、島が処刑場になった背後に、今の政権が関わっていると言っていいだろう」
リーダーが感想を述べている時、井上が広げた資料に目を通していた科学者の1人が「ちょっといいですか」と声をあげた。
「相当高性能なミサイルの設計図だ。核が搭載できるようになっている。鮫島が『北方独国』に雇われている時に開発してきたミサイルの設計図を下敷きにした最新鋭兵器の可能性がある。これが日本に配備されるとなると数にもよるが世界の軍事バランスが崩れるぐらいのインパクトがある」
「設計段階なのか、日本のどこかですでに製造が始まっているのか。科学者のみなさんは引き続き、資料の分析にあたってください。疲れ切っている者もいるので、今日はここまでにしよう」。リーダーがそう言って会議を締めようとしたときだった。
大神が挙手をした。みなの顔が大神に集中した。
「島で起きた一部始終について、私たちが見てきたままをニュースとして流しましょう。真実を国民に知らせることこそが緊急にやらなければならないことだと考えます」
「具体的に何をニュースにすると言うんだ」とリーダーが聞いた。
「すべてです。遺体が見つかったこと、あの場で報道関係者が多数虐殺された疑いがあること、白蛇島での核兵器開発疑惑、鮫島内閣府特別顧問の爆死のすべてを記事にして世界に向けて発信するのです。鮫島が人肉を食べていた可能性があることは、私の目撃談として署名記事を書いてもいいと思っています」。大神は賛同が得られると思っていたが、誰もが黙り、静寂が空間を包んだ。リーダーが不思議そうな顔をして言った。
「君は勘違いしているようだな。君は記者だからすぐに記事にすることを考えているのかもしれないが、我々は報道機関ではない。この前の会議でも言ったが、我々は報道に重きを置いていない。眼中にないと言ってもいい。今の政権が軍事大国化するのを防ぎ、武力による弾圧をさせないために集まった組織だ。独裁軍事国家になったら当然倒すためにあらゆる手を尽くす」
「政治的な思惑はともかく、私は、島での一部始終をニュースとして流すべきだと思います。結果的に、政権にダメージを与える起爆剤になるのではないかと考えます」
「政権側や民警団が認めると思うか。否定されたら終わりだ。報道機関だって今、マスコミ規制法にひっかからないようにビクビクしているのが現状だ。どこも取り上げないだろう」
「朝夕デジタル新聞と系列のテレビ局ならば取り上げると思います。私が資料をもって説明すればわかってもらえるはずです」
「君は表の世界では、政府からも警察からも危険人物としてマークされている身だ。のこのこと出て行けばすぐに捕らえられてしまうだろう」
「それならば、ネットニュースとして流すというのはどうでしょうか」
「フェイクニュースとして扱われるのがオチだと思うがな。井上情報班長はどう思う」
「どのような記事にして、どのように流すのが効果的か、大神と伊藤楓と共に考えてみます」
「君は社会部のデスクだった。どんな記事が考えられるのか」
「大神が言った通り、見出しで言えば、『報道関係者多数虐殺される』、『「白蛇島」で核兵器開発か』、『鮫島内閣府特別顧問が爆死』などです。新聞社であれば何本でも続報を書けるだけの体験でした。リーダーが言ったように、政権側、警察側とも『事実無根』と事実関係を否定する可能性が高い。すでに痕跡を消し去ろうとしているかもしれません。その場合でも、第2、第3の矢をうてるように証拠を揃えておかなければなりません。いったん、私に預からせてください。政府も鮫島の死亡についてはすぐに発表するでしょう。遅れることは許されないはずです。どのような発表になるのか注視する必要があります。政権側の発表の内容を見ながら、的確なタイミングでニュースとして流していきます。ネットでも拡散されるように手をうっておきます」
「よし、ニュースとして流すか、内容、タイミングをいつにするかは井上に任せた。今日は解散しよう。政府の対応を見た上で、また会議を開く」
会議が終わった後、大神は井上に対して、自分が河野を撃ったことについて警察に届けたいと言った。楓も聞いていた。
「その件だが、リーダーと話をした。『なかったことにする』という結論になった。政権側の出方を見るが、おそらく白蛇島で撃ち合いがあり、互いに死傷者が出たことは表ざたにしないと考えられる。そうした中で、君が自首したら、『虹』のほかのメンバーの迷惑になる。それどころか、組織の壊滅につながりかねないとリーダーが言うんだ。わかってくれ」
「そんな」。大神は納得できなかった。
「大神先輩、ここは冷静になりましょう。焦って行動を起こしたらろくなことにならない。政権側の出方も見ないといけない」
楓が大神の肩を抱いて部屋に戻った。
(次回は、■「北方独国」に厳重抗議)
★ ★ ★
小説「暗黒報道」目次と登場人物
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読
第六章 戦争勃発
第七章 最終決戦
エピローグ
主な登場人物
・大神由希
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
・下河原信玄
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
・後藤田武士
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。
★朝夕デジタル新聞社関係者
・橋詰 圭一郎
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
・井上 諒
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
・興梠 守
警察庁担当キャップ。
★大神由希周辺の人物
・河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
・岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
・伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
・鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
・永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
・田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。
★下河原総理大臣周辺の人物
・蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。
・鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
・江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
・香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。
★事件関係者
・水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
・水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。
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