第36話 サイコパス出現 そこは処刑場だった

 大神由希が白蛇島に停泊中の小型船内で、拳銃に初めて触れたころ、伊藤楓は洞窟の中の狭い空間に閉じ込められていた。ドアが取り付けられていて鍵がかかっている。土の地面がひんやりとしていて、牢獄を思わせる空間だった。


 島に上陸して大神らと別れてからの1時間は、凄惨な出来事の連続だった。 楓のグループ4人が洞窟の入口付近に到着し、1人が背をかがめ中に入ろうとした瞬間、サイレンが鳴り響いた。楓を除く3人は機関銃や拳銃を構えて警戒した。


 「動くな。その場所で銃を置け。さもないと皆殺しにする」洞窟の入口付近からか、マイクを通したような声が響いた。人の姿はない。3人が銃を構えたままでいると突然、銃声が響いた。楓のグループの1人が連射をまともにくらってもんどりうって倒れた。全身から血が噴き出して動かなくなった。

 洞窟入口の上に固定してあった機関銃が火を噴いたのだ。楓は恐怖で頭を両手で覆い、地面に伏した。

 

 「銃を置けと言っただろう。お前たちの姿はすべて見えている。撃ち殺すことに躊躇しない」。防犯カメラが入口前の空間を捉えているのだろう。洞窟の中の制御室のような所にいる人物が語りかけていることは明らかだった。

 男の隊員2人が銃を置いた。その直後、5人の男たちが洞窟から出てきて楓ら3人を取り囲んだ。「J」と書かれたジャンパーを着て、銃を持って完全武装していた。


「早く、早く、治療してあげて。血が噴き出ているわ。医者に診てもらわないと」。楓が撃たれて動かなくなった隊員を見ながら叫んだ。

 「医者? そんなもんはいない。心配するな。もう息はしていない。気になるなら、トドメの一発を頭に撃ち込もうか」。そう言うと、男が機関銃を隊員に向けた。

 

 「やめて」。楓は気丈に叫んだ。「今、あなたたちは人を撃ち殺したんですよ。どうして平気な顔をしているんですか。一体、何を考えているんですか」

 「うるせぇ」。男の1人が楓を殴った。

 「てめえらこそ、立入禁止地区に銃を持っての不法侵入だ。殺されて当然なんだよ」。ほかのメンバー2人が抵抗しようとしたが、あっという間に組み伏せられた。


 3人は銃を突きつけられ、洞窟の中に連れて行かれた。入口から入ったところは狭い通路だったがそこを抜けると、ぽっかりと空間が広がった。


 楓は子供の頃に、両親に連れて行ってもらった大鍾乳洞をふと思い出した。あの時は楽しくてはしゃぎまわった。今は人を撃ったばかりの男たちに銃を突きつけられて歩いている。この先には死という絶望しかないのだろうか。


 細い通路を歩いていくと、岩壁に沿って小さい部屋がいくつもあった。楓は、小部屋を覗いて、ぎょっとした。人が何人も倒れていたのだ。動かなくなっている。遺体のように見えた。山積みになっているところもあった。楓は観念した。ここは行方不明になっている報道関係者らが連れてこられ、処刑される場所だったのだ。拷問されて殺され、放置された遺体の収容所なのだ。


 狭い部屋に入るように命じられた。岩に囲まれた牢屋のような感じだった。しばらくして「J」マークのジャンパーを着た男と女が入って来た。女は重そうな斧を持っていた。

 「名前を言ってもらおうか」。大柄な男が聞いてきた。

 「伊藤楓」。素直に言われるままに話した。

 「誰の指示できたのだ」

 「自分自身の判断です。東京湾に怪しげな島があるという情報を入手して取材でやってきたのです」と言った。


 「その情報は誰から聞いた」

 「取材源は言えません」。男と女は顔を見合わせて笑った。

 「お前のほかの仲間は『虹』の奴らだ。お前もその一味か」

 「私は記者です。記者として取材に来ました」

 「記者か。どこの社だ」

 「フリーです」。スピード・アップ社とは言わなかった。

 「ほかの3人との関係は?」

 「取材先です」

 「一緒に来たというのはどういうことか」

 「同行したのです。あなたがたはここで一体何をしているのですか。それを知りたくて取材に来ました」。正直な気持ちだった。

 

 「お前なんぞに関係ないことだ」

 「どうせ、私は殺されるのでしょう。それぐらい言ってもいいじゃない」

 開き直った楓の態度に2人は顔を見合わせた。楓は絶体絶命のピンチであるにもかかわらずなぜか落ち着いていられることに自分自身で驚いていた。あっけらかんとして悩みもなく生きているように人に見られていることはわかっていたがそれは表の顔。父の死後は、いつも死を身近に感じていた。

 

 男が言った。 「間もなく死ぬ運命だということを自覚しているようだな。それならば教えてやろう。ここは処刑場だ。日本の行く末を案じてみなが一丸となっている中で、反抗的な論調や記事で国民を惑わせるお前たちのような輩に鉄槌を下すのだ。お前はまさに飛んで火にいる夏の虫だ」。楓の反応を窺うように笑った。

 「日本は民主主義の国ですよね。論調が気に食わないとかで人を殺すなんてことが許されるわけはない」


  「民主主義の時代は終わったのだ」


 突然、天井の方から部屋中に響く低い声がした。楓が話していた2人とは違う声だった。「甘やかされた日本人は動乱の世界情勢の中で生き残っていくことはできない。世界中で民主主義は滅んでいく。世界は独裁国家が手を組んで動かしていくのだ」


 岩の壁にかけられたスクリーンに男の顔が大写しに浮かび上がった。2人の男女が直立不動になって最敬礼をした。

 男の顔を見て、楓にはすぐにわかった。

 民警団のトップに君臨する男、「武宮」。本名、後藤田武士。

 父を殺した憎むべき後藤田が民警団総会に現れたという情報は大神から聞いていた。整形して顔が変わっていることも知っていた。新しい顔は大神が民警団総会で撮影した動画で目に焼き付けていた。

 

 「島に侵入者が上陸したと聞いた時は、『虹』の連中だと思った。まさか伊藤青磁の一人娘が紛れ込んでいるとはな。君のことはよく耳にする。総理と会ったことも知っている。先ほどのやり取りを聞いていたが、威勢のいい女だ。言い換えれば、命知らずだ。父親と顔も性格も似ているな」。後藤田が不敵に笑った。


 「後藤田武士。この人殺し」

 「よくわかったな。さすがだ。その点は誉めてやろう」 

 「あなたが何と呼ばれているのか知っているの」

 「聞こうじゃないか。いろいろと命名されていることは聞いているがな」

 「死をもてあそぶ犯罪サイコパス」


 「フフフ、うれしいね。そう呼んでもらえるとは光栄だ。それにしてもなんで大金持ちのお嬢さんがこんな危険を冒すのだ。悠々自適な幸せな人生を送れただろうに。伊藤青磁はもともとは我々の仲間だったんだ。まあ、金づるだ。最初は清濁併せのんだ稀にみる賢い男だったが、次第に我々の活動に疑問を持ち出したのか言うことを聞かなくなった。だから始末した」

 

 「父を惨殺されて幸せな人生なんて送れるはずがない」

 「命知らずめ。ここは決して足を踏み入れてはならない所だった」

 「罪のない人たちを殺害する処刑場。その指揮をとっているのが後藤田武士。人を殺してそんなにうれしいのか」

 「フフフ、元気なことだ。いいことを教えてやろう。処刑でもいろいろなやり方がある。シンプルなのは、胸に拳銃をあてて撃つ。『プシュ』という乾いた音がする。この音が何とも言えない心地良さをもたらしてくれる。一度やったらやめられない。民警団が殺人集団と決めつけるのは間違っている。みなまともな奴ばかりで、真剣に国を守ることを考えている。だが、一部の精鋭部隊の隊員には私が英才教育を施している。体制派の時は、権力側を守り、反体制派になれば、テロリストになる。そのためにも若いうちから実戦で教育していかなければならない。『プシュ』という音を聞かせるんだ。何度も何度も。人を殺していく時に、弾が肉に食い込む音。感覚は麻痺していくし、快感になっていく。しばらくするとまた、この音が聴きたくなってくる。殺人マシーンの誕生だ」。後藤田は恍惚をした表情で語り続けた。


 ふと、気が付いたように冷静になって言った。 「だが、今日は見たところ拳銃ではなく、斧のようだな。『プシュ』が聞こえないのは残念だが、また別の快感がほとばしる。真っ二つにされる姿を見させてもらおうか」


 「殺人鬼。整形して逃げ回っているなんて男じゃない。恥ずかしくないのですか。隠れていないでここに出てくるべきです」。楓は後藤田に怒りをぶつけた。

 「お前は大神由希と似た気性だな。処刑の現場を生で観賞したかったが、あいにくそちらに行けなかった。都心からも離れた山の中から観賞させてもらう。ところで、大神は今どこにいるんだ」

 「なんで大神先輩のことを気にするのか」

 「『民警団』総会で大神と楽屋で向き合った。変装していてすぐには気が付かなかった。一生の不覚だ。バイトに扮して入り込んでいたことをあとから報告を受けた。あいつは私の存在を認識したはずだ。生かしてはおけない。大神の居場所を言えばお前の命は助けてやってもいいぞ」

 「笑わせないで。どこにいるかなんて知らないし、知っても言わないから。私は死んでもいい。きっと大神先輩があなたの悪事のすべてを暴いてくれるから」

 「フフフ、いいだろう、お望み通りにしてやろう」


 女が持っている斧で手足をばらばらにされるのだろうか。殺されるのであれば、ひとおもいに殺してほしい。楓は覚悟して目をつぶった。


 突然、外で耳をつんざくような大きな音がしてすぐに目を開けた。なにかが爆発したような音だった。そして叫び声がした。直後に洞窟の出入り口付近で銃撃戦が始まったようだ。


 後藤田の映像がプツリと消えた。

 楓の部屋にいた民警団の2人のうち男はあわてたように外に出ていった。女の方は残って、持ってきた斧を担ぎ上げ、楓の方に近づいてきた。


 「殺される」。至近距離になった瞬間、斧が振り下ろされた。楓は真横に飛んだ。斧の刃は、楓の体をかすめて、真後ろに置かれた木製のベンチに突き刺さった。女は斧を取ろうと力を入れたが、刃が深く入り込んでびくともしなかった。

 「チェ」。女は舌打ちしたまま、楓をちらっと見た後、ドアから出て行った。


 銃撃戦は続いているようだった。楓らの戻りが遅いために、大神らのグループが様子を見に来たのかもしれない。そこで民警団の守備隊と鉢合わせになったのだろうか。民警団の方が数は多いはずだ。待ち伏せされていたら殲滅されているかもしれない。

 楓はしばらくしてドアを開けようとしたが閉まっていた。外から鍵がかけられていた。突き刺さった斧を椅子から引き抜こうとして力を入れた。何度も何度も力を入れているうちにようやく抜けた。担ぎ上げるとかなりの重さだった。斧をドアに向かって振り下ろした。あっけなく取っ手部分が壊れ、ドアが開いた。


 部屋から外に出たが、真っ暗で何も見えなかった。この部屋に入るまで洞窟は、一定の間隔ごとに照明がついていたが、今はその照明は消えていた。銃撃音がした方向に向かって、壁に右手を触れながら一歩一歩進んで行った。

 「とにかくこの洞窟から出なければ」。そのためには危険ではあっても入口方向に少しでも近づいておきたかった。

 外に通じる丸い穴が見えた。銃撃の音が遠くから聞こえた。撃ち合いの場所が移動しているのだろうか。逃げている者を一方が追いかけているのだろうか。


 丸い穴から外に出た。硝煙が立ち込めていた。その向こう側に月明かりの中でおぼろげに人が立っているのが見えた。「まずい、見つかったか」。目を凝らして見た。

 そこには、河野進が立っていた。スピード・アップ社の社長、楓の上司だ。

 「河野さん。どうしてここに」。楓が驚いたように叫んだ。

 「楓、お前の行動をずっと見張っていた。『東京湾Fプロジェクト』のことを聞きにきて以後、怪しいと睨んでいたんだ。取材禁止の業務命令を出したのに、こそこそと動き回っていた。俺の認証カードを盗んで総理執務室に入ろうとした。そして、休日申請を出してきた。お前が平日に有給休暇をとるなんて初めてだった。なにかある。白蛇島に違いない。そう確信して先に島に来ていたんだ」。能面のように表情はなかった。言葉もロボットのように淡々としていて、感情がこもっていなかった。


 「さっき民警団に殺されそうになったんです。その時、後藤田がスクリーンに現れました。この島に来ているのかもしれない。早く捕まえましょう」 

 「会長は今日は来ていない。富士山麓からのリモートだろう」

 「富士山麓? とにかくここから脱出する方策を考えなければ。この島にいたら、銃で武装した民警団に殺されます。私たち報道機関で働く者は目の敵にされているんです」


 「その通りだ、楓。お前も今、この瞬間、危険人物になったんだ」


 河野の目から、涙が溢れだした。そして右手をゆっくりと上げた。手には拳銃が握られていた。銃口は楓に向けられたところで止まった。


(次回は、■潜水艦だ! 発射されたミサイルで爆死)


                                   ★      ★       ★


小説「暗黒報道」目次と登場人物           


目次プロローグ

第一章 大惨事

第二章 報道弾圧

第三章 ミサイル大爆発

第四章 孤島上陸

第五章 暗号解読

第六章 戦争勃発

第七章 最終決戦

エピローグ


主な登場人物

・大神由希 主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース  記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。

・下河原信玄 内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。

・後藤田武士 国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。


★朝夕デジタル新聞社関係者

・橋詰 圭一郎 東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。

・井上 諒   東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。

・興梠 守   警察庁担当キャップ。


★大神由希周辺の人物

・河野 進「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。

・岸岡 雄一「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。

・伊藤 楓インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。

・鏑木 亘警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。

・永野洋子弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。

・田島速人永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。


★下河原総理大臣周辺の人物

・蓮見忠一内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。

・鮫島 次郎内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。

・江島健一民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。

・香月照男民警団員。精鋭部隊入りを目指している。


★事件関係者

・水本夏樹スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。

・水本セイラ水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。




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