第8話

「絢子ー逃げるなって言ったよねぇ?」



身動き出来ないでいる私の目の前まで来て、しゃがみこんで顔を上げさせられる。

何でそんな満面な笑みを浮かべて……っ。



「僕から逃げようとするならそんな足、要らないよね。今回は右だけだけど、どうする? もう片方も折ってしまおうかな」


「ひっ! や、止めてっ、や、やだっ……」


「えぇ。だって皆に祝福してもらったのに逃げ出したのは絢子だし、また次も逃げようと考えてたら嫌だしなぁ」


「も、もう逃げない……です……だ、だから、止めてくださ……」


「はぁ? ねぇ、僕はすっごく傷ついたんだよ? なのに謝罪も無しでお願い?」


「〜っ!!」



暗い瞳を向けて感情を無くした顔で言われ、恐怖で身体が震える。

あ、謝らないと……じゃないと左も折られる……?


今だってこんなに痛いのに、嫌だ。




「ご、ごめんなさい……だ、だから……」


「ふふ。泣いてる。あぁ、可愛いなぁ。大丈夫だよ、冗談だから」



「え……」



スっと私のことを持ち上げて、横抱きにされる。

額にキスをして、歩き出した尊くんに慌ててしがみつく。



「青紫になってるね。痛いよね……家に帰って治療してもらおうね」


「っ……あの、」


「ふふ。綺麗に折れてるだろうから、大丈夫。直ぐにくっつくよ」



どうして人の足を折っておいて笑っていられるのだろう……。

正確には尊くんが折った訳では無いけれど。

痛みを堪えながら、原因となった人を見ると未だにその場から動かずにいた。

そして私の視線に気付いたのか頭を下げた。


尊くんに命令されれば、何でもする人達が怖い……。



でも、私にはもうどうすることも出来ないのだろう。

逃げようとしたって尊くんに従う人達がたくさんいる。


私は……どうやったって…………。





ーーー

ーーーーーーーー



「暫く安静に、だって。ふふ、嬉しいなぁ。絢子が他の奴らの視界に入らないようになって」



尊くんの家に戻され、専属の医師が言うには全治5週間だそうで。

その間は学校に行かないでこの部屋に居てと尊くんに言われてしまった。



この足では松葉杖がないと歩けないし、学校行くにしても移動教室とかは大変だろう。


松葉杖は持たせないって言われてしまったので、大人しくいるしかない。



「ねぇ、これを機に学校辞めてもいいんじゃないかな? どうせ高校卒業したら結婚するしさぁ」


「っ、わ、私……せめて……卒業はしたい、です」



未来が決まっていたとしても、学校に行ける間は行きたい。

多分、私はここに閉じ込められる運命にあるのだろうし……。

それが早まるのは、どうしても嫌だった。


こんな所に閉じ込められるのは、私の存在意義がなんなのか分からなくなる。


狂ってしまいそうで、怖かった。



「そう」


「そう、って……」



それだけ……?

てっきり何か言われると思ったのに、まさかの返答に戸惑ってしまった。



「まぁ、どうせ直ぐに学校行けなくなると思うけど……行きたいというのなら行かせてあげるよ」


「……? どういう……、」


「絢子はここで僕の帰りを待っているのが1番の幸せなんだよ。それを分かってもらえればいいんだからね」



どういう意味なのか聞こうとしたけど、私の言葉を遮ってそう言われてしまった。


幸せ……って。

私の幸せは"自由"に今まで通り過ごせることだ。

そんなの、幸せなんかじゃない。


そう言えたらどんなにいいだろう。



「……、」


笑顔で包帯に巻かれている私の右足を撫でる尊くんはとても幸せそうだ。


尊くんの意味深の言葉に心がざわめく。



その言葉の意味が分からないまま、私の暗い人生が一刻一刻と迫っていることに目を閉じることしか出来なかった。




「幸せな人生を歩もうね、絢子」



ーー尊くんの言葉の意味を理解することになるのは、直ぐだったということにも気づかずに。





【End】

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