次の街へ
ウェルガムに着いてから3日が経過した。
旅で必要になりそうな物を魔法教団の人に聞きながら揃えて、ひとまず非常食(干し肉や乾パン、チーズ)や着替え一式。
あと、運転中に飲む用の嗜好品。残念ながらコーヒーはなく紅茶とその茶葉を買い込んでおく。
非常食と衣類は経費で落ちたけど、嗜好品は無理と言われたので銀貨5枚分を買い込んでおいた。
買い物をしている間に物価もある程度わかった。
銅貨が100円、銀貨が千円。金貨はなんと1枚で10万円の価値があるっぽい。
つまりルルーベルを次の街に届ければ58万円相当の報酬が貰えるということだ。そして初日で4千円相当を使ったことになる。
そりゃ、一食でそんなにお金を落としたら店員さんも笑顔になるわ。というか鯨あの量で3千円は高すぎるでしょ。
それと一応地図も買っておいた。文字は読めないし、土地勘も全くないから全然見方がわからないけど、文字や地図の見方とか、道中にルルーベルにでも教えてもらおうと思ってる。
何度も旅をしているんだから、それくらいは知ってる、よね?
何はともあれ、これでとりあえずの準備は整ったかな。
ルルーベルの巡礼行事――街の結界を維持している魔封石だとかに魔力を流し込む作業が今日で終るらしく、終了後に即日出発すると言われた。
巡礼が終わったらルルーベルと街を回ろうと思ってたのに。
教団の人に、ルルーベルを1日くらい貸してください、とちょっと食い下がってみたけど、取り付く島もなく拒否された。
聞いた感じ、ウェルガムにはかなり早く到着してるはずなのに。頭が固いというかなんというか……。
移動して、仕事して、休みもなくまた移動ってどれだけブラックなのよ。
複雑な気持ちを押し殺しつつ、車で忘れ物がないか確認して運転席に乗り込み、紅茶を啜りながらルルーベルが来るのを待つ。
昼前、ユーハット司教と付き人に引率される形でルルーベルが現れた。私は車から降り、彼らを出迎える。
「お疲れ様です」
挨拶しながらルルーベルを確認してみるも、フードで表情はわからなかった。ただちょっと、3日前に見た時よりも頬がコケている気がする。
「ヤカタ様。ルルーベルをお願いします」
「はい、任せてください。司教、いろいろとお世話になりました」
軽い会話をして、司教は教会へと帰って行った。街の出口まではお付きの人が送ってくれるらしい。
結局、魔法教団の人たちとはあんまり話せなかった。いつも仕事で忙しそうだったし、何より私のことも扱いに困ってる感じがあった。
そりゃ、教皇から安全とお墨付きをもらっても、私は異物でしかない。どう接したらいいかわからないのも理解できるけど……。
あまりに接点がなさ過ぎて、鯨料理を提供してくれた店員との方が親密になったくらいだ。
私から積極的に接しようとは思わなかったけど、もうちょっと気遣ってくれてもよかったんじゃないかと軽くモヤモヤしながら、私とルルーベルは車に乗り込んだ。
「お疲れ。すぐ出発ってしんどいね」
「いえ、慣れてますので……すみませんが、少し眠ってもいいですか?」
「もちろん。私のことは気にせず、ぐっすりどうぞ」
「ありがとうございます」
助手席の背もたれを倒してあげて、ルルーベルは横になる。途端に寝息が聞こえて来た。
よっぽど疲れてるんだなぁ。と思いながらゆっくりフードをめくってみる。
やっぱり痩せてる。それに顔色も悪そうだ。魔封石に魔力を注ぐ作業って、かなり消耗するんだ。なのにすぐ出発って、やっぱり酷くない?
「ヤカタ様、出発してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい! 大丈夫です」
私が答えるとお付きの人は歩き出す。
一瞬、ルルーベルの顔を除いたことを怒られるかと思ってドキリとしたけど、普通に準備ができているかどうかの確認だったみたいだ。
私はルルーベルを起こさないよう、ゆっくりと車を発進させた。
相変わらず街中は活気に溢れ、何度か人ごみに道を阻まれながらも街の裏側にある山の方向へと進んで行く。
次の街へ行くにはウェル山脈を越えなければならないらしく、平原を進むよりも困難な道のりになると事前に言われていた。
ウェル山脈側にも防壁が建てられており、入った時と同じように門を通過しなければならない。私たちが門へ到着すると、5人の騎士と1台の荷車が待っていた。
私たちの接近に気が付いた騎士がひとり、こちらに近寄って来て声高に告げる。
「魔法教団の方ですね。お待ちしておりました。俺はあなたたちの護衛を任された近衛兵団のリーダー、リンド・ジェクスです。フェルシアまでの道中に何かありましたら、俺に言ってください」
そう言ってリンドは爽やかな笑みを浮かべた。歳は30代前半くらいだろうか。けれど30代男性にありきたりな威圧感や威張ったような感じはなく、人当たりもよくて好感が持てる。
ちなみにフェルシアとは次の巡礼予定地だ。
ここからは彼らが守ってくれるみたい。予定では一週間以上かかるらしいし、長い旅を共にする人が付き合いやすそうで良かった。
今回、私たちの護衛に付いてくれる人たちは、街に到着した時に私たちを呼び止めた騎士たちとは違って身に着けているのは鎧ではなく旅装束だった。
身動きのとりやすそうな服に胸当てなどの最低限の防具。その上にはフード付きのローブを纏っている。
そしてローブの背中にはデカデカと魔法教団のマークが描かれていた。
街を探索している時、というか鯨料理を食べた所の店員から聞いた話だけど、各地には2つの騎士団が配備されているらしい。
ひとつはウェルガムやフェルシアなどを統治しているミルガルド王国から派遣されているミルガルド騎士団。
基本的に派遣された街からは動くことなく、街の防衛専門の騎士団らしい。それと基本的に全身鎧で固めていると。
だから最初に遭遇したのがミルガルド騎士団ということだ。
もうひとつは魔法騎士団。名前のまんま魔法教団専属の騎士団だ。
魔物の調査や街間移動の護衛など、街の外で発生する諸々の対処を専門に行う騎士団らしい。
一応、権力はミルガルド騎士団の方が上って噂はあるけど、その辺りの詳しい力関係はよくわからないって店員さんは言っていた。
でも、お金の羽振りは魔法騎士団の方がいいらしい。
「では、行きましょうか。他のメンバーは道すがら紹介しますので」
そうして、魔法騎士団の護衛の元、私たちはウェルガムの街を発った。
壁外はほとんど何もなかった平原とは違い、背の高い木々が生い茂り、森が形成されていた。
森は山全体に広がっていて、そこを縫うように山道が作られているのが街を出てすぐに、ちらりと見えていた。
それも今は見えなくなり、見通しの悪い森の中を黙々と進んでいる。
近衛兵は5人。3人は前方で馬に跨って私たちを先導。車から少し遅れて馬車が続き、そこに2人乗っている。
自己紹介もすでに済んでおり、今は周囲を警戒しながら進んでいた。やっぱり護衛は頼もしい。けど、問題がひとつ。
「……遅い」
走行速度10km/h以下。今は完全にアクセルから足を離し、ブレーキで前に追い付かないよう調整しながら走っている。
いや、まあわかるんだけどね? これから山を越えなくちゃならないから馬の体力も温存しておかなくちゃならないだろうし。
またいつ盗賊に襲われるかもしれないから周囲の警戒だって必要だ。
座ってるだけの私に文句の吐く資格はない。けど、ハンドルを握ってるとどうしてもかっ飛ばしたくなる……!
やきもきしていると、先導組からリンドが速度を落として近づいてきた。どうしたのかな、と窓を開けて声をかける。
「何かありましたか?」
まさか盗賊が? と不安が込み上げる私とは裏腹にリンドはニコリと微笑みながら口を開く。
「いえ、特に問題があったとかじゃないんですが。今のうちに緊急時のハンドサインを決めておこうと思いまして」
なるほど、いちいち声で指示を出していたら聞き間違いとか相手にこちらの意図を悟られるとか、いろいろと問題が発生する。
ハンドサインならパッと見ただけで意思疎通ができるから重要なことだ。
「でも、あんまり複雑だと覚えられる自信が……」
「いえいえ、そんな難しいことじゃないですよ。とりあえず魔法騎士団で使用されてるハンドサインを教えておきますね」
そうしてリンドは説明を始める。
まず、左腕が肘を直角にして上がったら注目。
そこから指が1本なら伸びたら警戒しながら前進。
指を揃えて4本ならその場で停止。
指が3本、広がったなら戦闘態勢。
と、基本的なハンドサインを教えてくれた。
「だいたいこの3つを覚えておいてくれたらいいですが、どうしても守り切れそうになかったり、サインを出す余裕もなかった場合はこの魔導具が点灯します」
そうして指し示したのが腰にぶら下げた透明な水晶玉だった。
「これに特定の魔力を流すと色付きの光が発せられます。基本的に口頭での指示が困難な場合、黄色に光ります。意味は3本指と同じです。ですが、我々では対処が困難な状況に陥った場合は、これが赤色に光ります」
「対処が困難な問題って、例えば……?」
「大勢の敵に囲まれた場合、我々5人が束になっても敵わない相手との遭遇、不意打ちを受けて共に逃げるのが困難な状況など、とにかく我々があなた方を守り切れそうにない状態に陥った時です」
「そ、そんな状態になる可能性があるんですか?」
「ない、と断言はできません。ルルーベルさんがウェルガムへ来る途中に護衛と別れたのも、護衛が護り切れないと判断したから彼だけを逃がした、と報告を受けていますので」
ゴクリ、と生唾を呑む。確かに、ルルーベルを助けた時、彼はひとりだった。ということはもうすでに1回は護衛が困難な状態が発生していたんだ。
正直、あんまり深刻に考えてなかったけど、考えを改めないといけないかもしれない。
「そうなったら、どうしたらいいですか?」
「我々を置いて全力で逃げてください」
即答される。あまりの対処法に絶句していると、リンドは続けた。
「ヤカタさんの乗っている魔導具はとても優秀な乗り物だと聞いています。なんでも馬すら追いつけないほど早く走れると。であれば、とにかく全速力で次の街へ逃げるのが一番の安全策です」
う、うぅ、そりゃ、それが一番かもしれないけど。確かに一度、逃げ切った実績はあるけど……。
「もちろん、そうならないように全力を尽くしますが、念のため覚えておいてくださいね」
ニッ、と爽やかな笑みと共に言われて、私は苦笑を返しながら頷くことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます