あな姫ちゃん

白鷺(楓賢)

プロローグ

姫路の田舎、古びた瓦屋根が並ぶ静かな集落。そこに住む青年、翔(しょう)は、何かを探し求めるように毎日を過ごしていた。田畑の風景、遠くに見える山々、耳に慣れた蝉の声——どれも昔から変わらない、退屈で平凡な日々。特にこれといった夢も目標もなく、周囲の期待に応えることもなく、ただ時間が過ぎるのを待つような毎日だった。


そんなある日、ふとした気まぐれで通りかかった路地裏の一軒の和食店。趣のある木の看板には、手書きで「うなじろう」と書かれていた。外観はどこにでもある小さな店だったが、どこか引き寄せられるものがあった。


店内に入ると、静かな空気とほんのり漂う出汁の香り。翔は特に期待もせず、目に留まった「あなご飯」を注文した。それが、彼の人生を変える第一歩になるとは、その時は思いもしなかった。


熱々のあなご飯が運ばれてきた瞬間、ふわりと広がる香ばしい香りが翔の心を包んだ。口に入れた瞬間、柔らかくも深い味わいが舌の上で溶け、思わず笑みがこぼれる。そのひと口が、彼の心の奥底に眠る何かを呼び覚ましたのだ。


「こんなに美味しいものが、あるんだ……」


そう呟いた瞬間、背後からふわりと風が吹き、誰かの気配がした。振り返ると、そこには小さな光が揺らめき、やがて人の形を取っていく。現れたのは、小さな少女の姿をした妖精だった。彼女は薄紫の和服に包まれ、髪にはあなごの形をした飾りをつけている。笑顔を浮かべながら、彼女はふわりと翔の前に降り立った。


「はじめまして、私はアナ姫ちゃん。あなごの精霊よ。」


翔は目を見開き、言葉を失った。目の前にいるのは、信じられないほど可愛らしい妖精。その瞬間から、彼の退屈だった日常は、ゆっくりと色を変え始めていく。


「あなご飯と私と一緒に、素敵な冒険をしてみない?」


そう言って微笑むアナ姫ちゃんの姿は、まるでこれから起こる数々の奇跡を予感させるかのようだった。

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