総合案内課の麗人

「ここだ」


 しばらく歩いて、嶽は廊下の突き当りの一際黒い扉の前で立ち止まった。

 先程曲がってからずっと白い壁が続いていたので、ようやく違う色が見えてほっとする。

 幸人は今まで歩いてきた道のりを振り返って見た。

 薄暗い廊下に、自分たち以外の人影は見えない。随分と人気のないところにある部屋だ。嶽が扉をノックする。


「失礼します」


 数秒の間の後、扉の向こうから「どうぞ」と声がした。

 扉を押し開けた嶽の後ろから、幸人は部屋の中を覗き込む。

 ハローワークとか言うから、市役所の受付のようなところを想像していたが、全く違った。

 入口から膝の高さほどの所に6畳程の畳が設置されており、扉に向かってコの字型に本棚が敷き詰められている。部屋の中央には囲炉裏まであった。

 ハローワークというより、一昔前の小説家の部屋だと言われた方が納得のいくインテリアだ。


「やあ、こんにちは。嶽さん」


 囲炉裏の前で煙管をふかしていた男が、幸人たちが入ってきたことに反応して顔を上げた。

 その男の顔が見えた瞬間、幸人は伏せかけていた顔を上げて二度見してしまった。男はめちゃくちゃ美形だった。

 毛先に掛けて空色にグラデーション掛かった長髪を後頭部で軽く結い、それを緩やかに肩に流している。

 陶器のように白い肌に、涼しげな風の紋様が描かれた鮮やかな群青色の浴衣がよく映えるその姿は、テレビで話題のイケメン俳優も真っ青な麗しさである。

 何より、幸人の目を惹いたのは、長い睫に縁取られた銀色の双眸だ。瞳の色とは、あんなに綺麗なものだっただろうか。

 まるで銀河をちりばめた宝石のように輝いて見えるその眼に目を奪われていると、嶽と話していた男とパチリと目が合った。


「あれ、嶽さん。その子は?」


「名無しの坊主なんです。ほら、ご挨拶しろ」


 促され、しかしどうしていいか分からずにとりあえず頭を下げる。

 その様子を見て、男が困ったように微笑んだ。


「名付けをご希望ですか。参ったな。兄上は今、外に出ていていないんです」


「いつ頃戻られますか?」


「どうでしょう。書店に行ったようだから、長いだろうなあ」

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