「俺は、総括部部長補佐の嶽だ。よろしくな」


 幸人を連れて紹介所へ向かう途中、極卒の男は律義に自己紹介をした。

 幸人は自分も名乗ろうかどうか迷ったが、ぺこりと会釈するのに留まった。


「しっかし坊主、名無しなんだって?この時代に珍しいもんだなあ」


 すれ違う極卒たちと挨拶を交わしながら、嶽がぼやく。

 幸人はその言葉に反応し、伏せていた顔を上げた。


「その名無しって、どういうことっすか?」


 幸人の言葉に、嶽は目を丸くした。


「字面通りだ。名前がない」


 嶽は立ち止まり、幸人の視線に合わせて身を屈めた。


「坊主、自分の名前、無いんだろ?」


 返答に困る問いだ。

 幸人には、『綾瀬幸人』という歴とした名前がある。先程識から紹介された時も、ツッコもうかどうかずっと迷っていた。

 地獄では、生前の名前を使ってはいけないのだろうか?


「もしかして、なんか訳アリか?」


 言葉に詰まっていると、嶽がどこか納得したように頷いた。


「識様が直々に連れいたくらいだしなあ。まあ、いろいろあるよな」


 なんか憐れみに満ちた目で見降ろされている。


「あの、嶽さん……」


「いいっていって。他人に言えないことの一つや二つ、誰にでもあるもんだ」


 軽快に笑いながら、嶽は再び歩き始めた。

 よく分からないが、話は逸れたので良しとしよう。余計なことをして正体がバレたら、後で識に怒られるかもしれないし。

 その後はもう、調子よく話を進める嶽に相槌を打ちながら、幸人は大人しく彼の後に続いた。

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