まいとゆかいな仲間たち5
みまちよしお小説課
1・ゆうき、大人になる
第1話
ゆうきとあかねの通う小学校。二人のクラスは六年一組だった。
「はいみなさーん! 先生からお知らせがありまーす!」
朝の会の時、担任のまどか先生が発表した。
「一組のクラスで、一番宿題を忘れている生徒がいました」
「どのくらい忘れているんですか?」
あかねが質問した。
「はい。毎日です」
にこやかに答えるまどか先生。
「あはは! 毎日も宿題を忘れるマンガのキャラみたいなおバカ、いるんだなあ」
ゆうきが笑った。
「おほん! で、その生徒は、今おバカとか言って笑っていた、金山君です」
「え?」
ゆうきは目を丸くした。
「え? な、なにかの冗談では?」
「冗談でこんな発表しません。毎日毎日、抱えきれないほどたくさん渡しているわけではないのに、どうして忘れてくるの?」
「い、いやあ……」
照れるゆうき。
「あんた、六年生がおわれば中学生でしょ?」
隣で呆れているあかね。
「金山君? 放課後、職員室に来てお話しましょうね」
「ひっ!」
背筋を冷やした。
「いいなあ」
「ゆうき、お前まどか先生とまた二人きりかよ~」
男子たちが羨む。しかし、そのにぎやかさとは裏腹、ゆうきはうつむいてガクガク震えているのだった。
放課後。
「はあ……」
まどか先生は、教室にある教員用のデスクに足を組んで腰をかけ、加熱式たばこを吹かした。
「あ、あの……。たばこいんすか? ていうか、職員室じゃなかったっけ?」
「それよりも、あんた宿題そろそろ持ってきてくれない?」
「え、えっと……」
「ああん?」
ゆうきを覗き込むようにしてにらんだ。
「は、はい~!」
きをつけの姿勢で返事をした。
「あんたねえ、ろくに提出物も出せないようじゃ、ろくな大人になれないよ」
加熱式たばこをひと吹きしたあと、言った。
「で、でも先生? 大人は宿題がないじゃない」
「大人はね、ノルマっていう課題があるのよ」
「ノルマ? ゲームでもらえる?」
「はあ……。ゲームなんかでノルマが達成できれば、この社会はどれだけ気楽なもんでしょうね」
と言って、加熱式たばこを吸った。
「いい? 例えばさ、金山君が営業の仕事に就いたとする。上司から今月中に何百万円売上目指すから、絶対成功させろよって言われる。あんたは宿題をろくにこなしてこなかったから、サボる。どう? あんたは仕事に来るだけ来て、給料もらうだけもらって生活するだけ。給料泥棒っていうのよこういうの」
「は、はあ」
「宿題は、これから下されるだろうノルマをこなせるようになる練習だと思って、がんばりな? あたしだって、ガキンチョをりっぱにして卒業させるというノルマ抱えてんのよ。教員である以上ね」
ゆうきは答えた。
「俺、営業の仕事やりたいと思わないし、そもそも営業がなんなのかもわかんないので、これじゃ宿題を毎日やろうって気になれません」
「あら?」
まどか先生はあっけらかんとして、イスからひっくり返った。
まどか先生の話がおわり、帰路を辿っているゆうき。
「いって~。今時げんこつをする先生ってどうなの……」
帰る前に一発げんこつをお見舞いされた。
「おや? 君はゆうき君?」
目の前に、白衣を着た少女らしい見た目の人がいた。
「は、お前誰? お前みたいなのクラスにいたっけなあ」
ゆうきは首を傾げ考えた。白衣の人はイライラして、ゆうきをげんこつした。
「いってえ!!」
ゆうきは頭を抱え、転がり回った。
「見た目は小さいけどるかはこれでも十八の発明家なの!」
白衣の人は、科学の娘りかの妹で、るかだった。
「るかさん! 暴力反対暴力変態!」
「どういう訴え方?」
るかは唖然とした。
「なんでたんこぶなんて付けてたの?」
「あんたが殴ったからだろ!? いや、その前に先生に殴られたんだ」
「先生に? 今時団塊世代がやりそうなことする人いるんだ」
るかは顔をしかめた。
「いやいや。思いっきりゼット世代ですぜ?」
「ええ?」
さらに顔をしかめた。
「なにかあったの?」
「あーあ。俺、るかさんになれたらいいのになあ」
「ゆうき君」
立ち話もなんだと思い、るかはコンビニに誘った。
コンビニにやってきた。るかは、ゆうきにアイスをおごった。
「いただきまーす!」
ベンチに腰かけ、ゆうきはさっそくアイスの包みを開けて、食べ始めた。
「でさあ。俺、宿題を毎日忘れてることで怒られてさあ」
「なるほど。そりゃ怒られるよ」
「なんで? 宿題なんて、大人になれば、やらなくなるんだし、小学生のうちは遊んどけって、父さん言ってたぞ?」
「あんたも大人になればわかると思うけど、るかたち社会人はおわりのない課題を背負って生きてるの」
「なんか、先生もそれ言ってたぞ?」
ゆうきはるかをしかめっ面で見つめた。
「るかはいろいろな薬を開発してるけど、それは薬がないと困る人たちのため」
「ええ? るかさんは、りかみたいな変な薬を作って楽しんでるだけじゃないの?」
「ゆうき君は子どもだね。好きだから発明家になったのもあるけど、それだけじゃどうにもならないから、おわりのない課題を背負って生きてるんだよ」
「へえ?」
るかはアイスを食べおえると、ベンチから立ち上がった。
「大人になってみよっか」
「へ?」
ゆうきは目を丸くした。
化学の娘るかに来た。りかと同じで、地下に実験室がある。
「実は、ちょうど新薬を発明しててさ」
「新薬ー?」
「その名も、アホトキシン!」
るかは、カプセル剤を掲げた。
「ア、アホ~?」
顔をしかめるゆうき。
「このアホトキシンは、飲むと体が急成長を始め、たちまち大人になるという、魔法の秘薬……である」
「いやいや! と見せかけて、ただの酔い止めじゃねえの?」
「ふっ。これを見よ!」
るかは、カゴの中のネズミにもう一つ作っておいたアホトキシンを飲用させた。
すると、ネズミはみるみる体を急成長させ、カゴを破壊し、カピバラに変化した。
「ウ、ウソ~」
ゆうきはあごが外れそうなほどに大口を開けた。
「これでも信じないの?」
「……」
問われても、放心状態のゆうき。
「ゆうき君がこれを飲んで、少しの間だけでも、大人を体験できたらと思ってるんだけど」
「えっ?」
ゆうきはるかに驚いた顔を向けた。
「どうかな?」
「い、いやいや! るかさん、それ飲んでなんかやばいことにならないよね? 例えば、病気とか病気とか病気とか早死にとか!」
「しないよ、多分」
「多分じゃ安心安全保証にならねえ!」
腕を組み、頑なに断る様子のゆうき。
「ふーん」
るかも腕を組んだ。
「大人って、楽しいこともいっぱいあるんだよ。あーんなことやこーんなこと」
「あんなこと、こんなこと?」
「あーんなこと、こーんなこと……」
少し色気を出してつぶやくるか。
「あーんなこと、こーんなこと……」
ゆうきは、色気ある言い方から、大人なあんなことやこんなことを想像した。
「ちなみに、薬に使った材料に、成長に必要なカルシウム、タンパク質、ビタミンがたくさん融合しているよ」
「もう一度確認するけどさ、ほんとに命にかかわらない?」
「それは百パー保証する。ていうか、普段薬局で患者様の処方薬作ってるんだから、あぶないものなんて作るわけないでしょ!」
「一度きりだぜ? それに、どうして宿題しないといけないのか、わかるかもしれないしな」
ゆうきは、手を差し出した。
「男だね、君」
るかはほほ笑み、アホトキシンを一錠渡した。
「水で飲むの?」
「カプセルだしね」
「御意」
ゆうきは、アホトキシンをしばらく見つめ、口に入れた。そして、コップ一杯の水で一気に流し込んだ。
「ぱあっ!」
水を飲み干したコップを机に置いた。
すると、鼓動がドクッと胸に強く響いた。
「ううっ!」
あまりの苦しさにうなった。
(なんだこれ……。体が、熱い!!)
全身を伝う猛烈な熱。それだけがゆうきを苦しめていた。
「うああっ!」
体に伝う熱に苦しんでいる最中、ゆうきの体はみるみるうちに急成長していった。
「すごい……」
呆然とした様子のるか。
「う、うーん……」
大人の姿となったゆうきが体を起こした。
「すごいよゆうき君! 君がるかの新薬で大人になった、初めての人間だよ!」
「へ、へ?」
「鏡をごらん」
るかは、手鏡を見せた。
「な、なんだこれ……」
呆然とした。そこには、姿形が変わってしまった、大人になった裸の自分が映っているのだから。
大人になったゆうきは、紺色のブレザーを身にまとい、街を歩いていた。
「さーてと。俺はこれからなにをすればいいのか……」
途方に暮れた様子をして、にんまりした。
「大人になったんだ。せっかくだし、大人だからこそできることをしてやるか!」
ゆうきはまず、ショッピングモールに出向いた。
「ま、まあ!」
レジ係は驚がくした。なぜなら、ゆうきはカゴ二つとカートに同じクッキーの袋をたくさん詰めてレジに参上したからだ。
「お姉さん。これで」
かっこつけて、クレジットカードを差し出した。
「に、二万円になります」
「ほう。それは安い」
かっこつけた。
ショッピングモールで両手に抱えきれないほどのクッキーを購入したゆうきは、タクシーの待機所で山積みのクッキーを抱えながら、立っていた。
「ヘイタクシー!」
ゆうきは、予約したタクシーに呼びかけた。
「お、お客さん。こんなに運べないよ」
運転手は困惑した。
「でも、俺は大人だから、クレジットカードでほしいだけ買ったんだよ。なんとかしてくれよ」
「せめてトランクに入るくらいなら可能ですが……」
「うーん、わかりました」
ゆうきはスマホで通話をかけた。
「もしもし。タクシーをもう二台呼べます?」
「ええ!?」
運転手は驚いた。
「一台じゃ運びきれない荷物を抱えてるもんですから、お願いしますよ」
と言って、スマホを切った。
「あと三台来てくれるってさ」
無邪気な笑顔を見せるゆうき。
「えー」
運転手は呆然とした。
タクシーは三台やってきて、山積みのクッキーを一台ずつトランクに運び、金山宅まで運んだ。
「お支払いはクレカで」
家に着くと、クレジットカードを掲げ、運転手に支払った。貸切料金と走行料金合わせ、五万かかった。
「さて」
ゆうきは、家の引き戸を開けた。
「たでまー! 姉ちゃーん、ちょっと荷物運び手伝ってよ!」
まいを呼んだ。
「なによ?」
まいが玄関に来た。
「へへへっ。よう姉ちゃん。俺、なにか変わったとこないか?」
自分を指さすゆうき。
「……」
「それよりさ、まず外に山積みのクッキーあんだわ。運んでくれよ」
「誰ですかあなた! 警察呼びますよ?」
まいは、ゆうきをにらんだ。
「えっ? いや、俺だよ?」
「あなたみたいな人、うちにはいません! 不法侵入で訴えます!」
まいは、スマホで緊急通報をかけた。
「お、おいおい! 待てよ待てよ!」
あわてたが、すぐに気づいた。
(そうだ! 姉ちゃんは今俺が大人になってること知らないんだ。だから、警察に通報なんて……)
「あわわ!」
ゆうきは山積みのクッキーをすぐさま抱えて、そそくさと逃げた。
「あ、今逃げました!」
まいは、ゆうきを追いかけました。
「待ちなさーい!」
「なんで大人になってまで姉ちゃんに追いかけられなきゃいけないんだ!」
ゆうきは山積みのクッキーを運びながら逃げた。
「しかたない! クッキーも姉ちゃんも悪く思うな?」
ゆうきは、山積みのクッキーをまいに向かい、投げつけた。
「わわーっ!!」
山積みのクッキーが覆いかぶさってきた。
「くっそー! 一袋もらってくぞっ?」
一袋だけもらい、逃げた。
ゆうきは、街をさまよっていた。
「家にも帰れない。そして俺のことは誰も知らない。るかさんしか知らない。もう、どうしたらいいんだ?」
すぐにピンと来た。
「働けばいいんだ! 大人は仕事をしてお金を得るんだからな」
ゆうきは、ホストクラブに出向いた。
「ここで働かせてください!」
ホストに土下座して頼んだ。
「君、そういうのアニメでしか見ないと思ってたよ」
ホストはタバコを吹かして言い放った。
「なんでうちなの? なんでホストになりたいの?」
「それは、美人のお姉ちゃんとあんなことやこんなこと……」
ゆうきは追い出された。
ゆうきは、居酒屋、ファミレス、コンビニ、バス会社、駅員に懇願したが、どれも断れた。そうこうしているうちに、とうとう夕暮れが近づいてきた。
「とほほ……」
ゆうきは途方にくれた。
「腹が、減った」
ポカンとして、夕日に向かい、つぶやいた。
「大人ってなんでつらいんだ。働いてくれと頼んでも断られ、家族には顔を忘れられ、挙句に通報されそうになるし、そして空腹になっても手元にあるのはクッキーのみ……」
そして叫んだ。
「大人なんていやだ! 子どもに戻りたーい!」
叫ぶと、ドクッと鼓動が胸に強く響いた。
「ううっ!」
胸を押さえ、うなった。あまりの苦しさと体を伝う熱でしゃがみ込んだ。だんだんと体が縮んでいった。
まいは、なかなか帰ってこないゆうきを探していた。
「ゆうきー!」
公園を探し回った。
「はあ……。あいつ、夕方になる前には帰ってくるのに」
と、そこに。
「ん?」
足元になにかが見えた。
「きゃっ!」
驚いた。よく見ると、なんとそこにいたのは、丈が全く合っていない大人の服を着て、うつ伏せで倒れていたゆうきだった。
「ゆ、ゆうき? ゆうき!」
すぐにゆうきを起こした。
「う、うーん……」
「だ、大丈夫? なにがあったの?」
「ね、姉ちゃん? 姉ちゃんこそなんでこんなとこにいるの?」
「あんたがなかなか帰ってこないからでしょ? よかったあ、見つかって」
ホッと安心した。
「で、なにがあったのよ?」
「ふんっ。教えねえよ」
「はあ? なんでふてくされるのよ!」
「教えないったら教えないよ」
「なによこの~! さっきまで死にもの狂いで探してたんだぞ?」
「そんなに知りたきゃるかさんに聞くんだな!」
ニヤリとして、立ち上がった。
「うわっ!」
丈の合っていない大人の服装だったことを忘れており、シャツの裾で足をつまづいた。
「アホ……」
まいは唖然とした。
後日、ゆうきは化学の娘るかに来た。
「どうだった? 薬の効果は?」
期待している目を見せた。
「大人になりたくないなって思いました」
「え?」
ゆうきの感想に、首を傾げた。
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