第4話 モテても幼馴染みには勝てない

「そう言えば、神崎くんにはもう聞いてくれた?」


 クリームパン片手に前島さんは隣で家で作ってきた弁当を食べる俺に聞いてくる。


「聞いたよ」

「おぉ、仕事が速い。で、やっぱりあの子は、彼女さんなのかな?」

「いや、彼女じゃなくて幼馴染みだってさ。付き合ってないって神崎は言っていた」


 彼女がいないからまだ諦めなくていいとてっきり俺は前島さんが喜ぶと思っていた。けれど、彼女は「幼馴染み」と呟いて、無言でクリームパンを一口食べる。


「良かったね。アタックすれば付き合えるチャンスはあるよ」

「……甘いよ、北村くん」


 クリームパンが甘いのかなと思っていると前島さんは顔を近づけてきた。


「幼馴染みっていうのは1番距離が近いの。幼馴染みはよく負けヒロインなんて言われてるけど、私はそうは思わない」

「は、はぁ……」


 確かに幼馴染みではなく、後からヒロインが出てくるライトノベルなら幼馴染みではなくそのヒロインとくっつくパターンが多い。幼馴染みラブコメならほとんど幼馴染みエンドだけど。


「幼馴染みなら油断ならないね」


 いつの間にかクリームパンを完食し、次のパンを食べ始める前島さん。


「神崎は幼馴染みのこと好きって感じはないだろうけど、幼馴染みの方は好きって感じがするな」

「だよね。だって腕に抱きついてたし」


 何のパンを食べているのだろうとチラッと隣を見てパンのパッケージを見る。


 パッケージにはチーズケーキチョコパンと書かれていた。


 チーズケーキの味なのか、チョコなのかどっちかハッキリしていただきたい。てか、購買ってそんな珍しい味のパンがあるんだな。行ったことがないから知らなかった。


「まっ、まぁ、幼馴染みの方が神崎を好きでもすぐにカップル成立とはならないだろうから前島さん、頑張って」

「北村くん……ありがとう」


 前島さんにニコッと笑いかけられ、俺もニコッと笑う。


 まだ恋愛相談役は続きそうだ、なんてことを思っていたが、俺がまさか自分の発言がフラグを立てるような発言を口にしていたなんて、この時はまだ気付かなかった。


「お昼、2人で一緒に食べようって誘ってみるのはどう?」

「わっ、北村くん。いい提案だね、さっそく明日、実行してみるね」


 ちょっとたまに天然なところ出るけど、美少女と呼ばれ、明るくてコミュニケーション能力が高い前島さんだからきっと上手くいくだろう。


 そう思っていた翌日。朝、ロッカーで教科書を取り出していると後ろから声をかけられた。


「おっはよ、北村くん」

「おはよ、前島さん」 


 後ろを振り返ると昨日の朝とは違って表情が明るい前島さんがいた。いつもの彼女に戻ったようで良かった。


「今日、私、神崎くんを誘ってみるね。北村くん、勇気が出るようなメッセージちょうだい」

「勇気が出るようなメッセージって……」


 持っていた教科書を片手で持ち、俺は彼女の背中を優しくポンッと叩いた。


「前島さん、頑張って」

「…………」

「前島さん?」

「えっ、あっ、ありがとう。よしっ、北村くんからのメッセージをもらったことだし、勇気を出して一緒に食べようって誘ってくる」

「あぁ、頑張れ」


 向かう先は同じ教室なので、前島さんと話しながら教室へ移動する。


 教室へ入ると少し騒がしいような気がした。


 何かあったのだろうかと俺と前島さんは顔を見合わせる。そして入り口近くに座っている西本さんへ声をかけた。


「何かあったの?」

「あっ、北村くんと前島さん。実は……」


 西本さんは俺、ではなく主に前島さんには言いにくそうな雰囲気を醸し出していた。


「神崎くんと隣のクラスの宮ノ前さんが付き合い始めたそうで」


(付き合い……始めた!?)


 バッと隣にいる前島さんを見るとどういうことと言いたげな表情をして俺を見ていた。


 いや、どういうことと思っているのは俺も同じだ。神崎は昨日、彼女はいないと言ってたはず。


「北村くん。彼女いないって話は……」

「う、嘘じゃないよ? 昨日、話した時、神崎はいないって言ったんだ」

「ふーん」

「ほんとだよ?」

「別に北村くんが嘘つきなんて思ってないよ」


(思ってる顔してたけどな)


「ち、ちなみにどっちが告白したのかな?」

「宮ノ前さんからだそうです」

「へ、へぇ……やっぱり幼馴染みには勝てないのか」


 大丈夫かな、前島さん。ここ最近、テンションが上がったり、下がったりで。相談役として隣で見ていて心配だ。


 恋愛に少し憧れていたが、恋愛は必ずしも上手くいくわけではない。こうして告白もせずに初恋が終わること、好きな人に告白して振られることは100%ないとは言いきれない。


「北村くん、今日まで相談乗ってくれて本当にありがとう」


 そう言って、自分の席へ向かっていく前島さんの表情はとても暗く、俺は彼女に何と声をかければいいのかわからず今はそっとしておくことにした。


 彼女から目を離すと目の前に座っている西本さんは口を開いた。


「神崎くんはとてもモテますから前島さんのような方は多そうですね」

「そうだね」


 性格よし、サッカー部のエース候補。成績優秀で、顔もいい。男女共に人気な神崎を好きという女子はおそらく多いだろう。つまり前島さんのように神崎に彼女ができたことを喜ばしく思わない人はたくさんいるだろう。



***



「あっ、北村」

「神崎」


 昼休み。自販機でお茶を買いに行くと神崎と幼馴染みである宮ノ前さんがいた。


 宮ノ前さんは神崎の腕にぎゅっと抱きついており、俺を見て「誰?」と言いたげな表情をしていた。


(ラブラブカップルだな……)


「付き合い始めたんだってな」

「あぁ、うん。昨日、放課後に告白されて───」

「も~、やっくん、恥ずかしいから他の人には話さないでよ~」


 神崎が昨日のことを話そうとすると宮ノ前さんは言葉を遮る。


(今すぐ立ち去りたい……)


「やっくんの友達?」

「えっ、あっ、ん~友達かどうかはわからないけど、クラスメイトで北村はいい奴だよ」

「へ~」


 聞いたのに「へ~」って、それ、興味ない時の反応じゃないか?


「もう行こうよ、やっくん。お腹空いた~」

「うん、そうだね。じゃあ」


 神崎は小さく手を挙げて、宮ノ前さんと一緒にどこかへ向かっていく。


 宮ノ前さんがどんな人なのかクラスが違い知らなかったが、中々独占欲がつよつよな人だな。


 前島さんが言っていた「神埼くん、私よりあざとい系女子が好きそうだし」というのはもしかしたら事実なのかもしれない。






    

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