第6話 雷が呼ぶもの
ぽつぽつという音はあっというまに殴りつけるような濁音に変わっていた。キミカズは何度かこの地に来ているが雨が降っても霧雨のようなものが多いこの場所では珍しいと思う。まるでゲリラ豪雨だ。
「忍、大丈夫だったか?」
「雷が落ちたみたいだから、すぐにこっちに来てたんだよ。おかげで濡れなかった」
この状況で「おかげで」という言葉を使うのは彼女くらいであろう。誰もが突然の豪雨に驚いて足止めされたことを「幸い」と思ってなどいない。
ともかく降り始めた頃には社務所の軒下まで来ていた忍は、さして濡れることもなく他の観光客と一緒に社務所脇の大きな建物に避難して来ていた。
参道は片道距離にすれば700メートルほどだが、途中に休憩所や茶店があることからそこにも一報が入って満員らしい。
ぎゅうぎゅうになるほど人がいたようにも見えないが、それは境内が広いからで実際は密度を高くすればそうなる。
「話はまだ終わってないんでしょう?」
「うん、話し始めたらこれだ。少し待っててくれるか?」
心配になって来たものの、無事だったので様子を見に来ていた斎木と再び元の部屋に戻ってキミカズは話を続けることにする。
といっても不定期な情報交換と中央からの
自然と改修工事の話などをしている内に、雨は小降りになって来ていた。
「工事中にあんな落雷とか、冷や冷やしますね」
「全くです。参拝者は無事に下山を始めたようですが」
大勢がいるという雑然とした音が徐々に散り、あるいは遠ざかっていた。代わりに聞こえてきたのは窓の外からの轟音だ。
どれほど降ったのか、川はあっという間に増水し、それがあちこちぶつかりながら流れ落ちていく音だった。
「
「そうですね。気温が大分下がったようだ。それから休んだら、国祖社の方を見学させてもらっても?」
「もちろんです」
忍に約束した拝殿の見学はお流れになりそうだから、せめて改修済みの国祖社をみせてもらおう。自分も改修後は初めてだ、と話を取り付けて少し休む。
土間の広間から和室に上がると忍はきちん、と正座をして暖かいお茶の入った湯飲みを左手で添えて一口飲んだ。
所作を教わっているわけではなさそうだが危なげない動作だ。喉を通すとほっとしたように長い吐息をついている。
「休憩しなかったもんな。休んだらさっきの社の見学」
「やったー。滅多に上がれないところだから気になってたんだ」
「今はそちらでお勤めしているので祈祷を受ける方も上がれますよ」
祈祷をお願いしたところで普通、見られる場所と時間は限られているのでそれはそれでまた別にしたい。忍はなんでもかんでも霊的なことに興味があるというわけではないのでそこまでしてもらうつもりはない様子。
この時点で昼は過ぎていた。
用意してくれた昼食をとって、斎木に案内されたのが午後2時。
このまま下山して帰れば夕方にちょうどいい。
そう思っていた矢先だ。
また轟音がした。
ズズズ、と引きずるような地響きもする。心なし遠い場所のようだが……
「さっきと違う音だ。……なんだか地滑りでも起きたような音」
「すみません、私はすぐに社務所に戻ります。ゆっくりいらっしゃって下さい」
忍の言葉を聞いて斎木は血相を変えて階段を下りて行った。それはいい得て妙で、始めの轟音も瞬間的に落ちたというより長く尾を引くような感覚だった。雷でもそういう音はするが、もっと重量のあるものが地を這うような音だ。
キミカズは忍と顔を見合わせる。
なんとなく察していたが、やはりそれが起こっていたらしい。
「すみません、千本杉の辺りで大規模な地滑りが起きました。参道はもちろん、その下方にある車道も埋まってしまったようです」
「……通れないくらい酷いんですか」
「連絡は取れるので足止めを喰らうとしても一日か二日くらいだと思うのですが」
逆を言えば一日二日は下山できないということか。
下手に動いて二次災害が起きるより、ここにいて安全ならそれが良いだろう。社務所も崖の上に立っているので本当に安全かは謎なところだが。
「ここって北側に抜ける昔の関所? もありましたよね。車は通れないんですか?」
「忍、徒歩で抜けるほど急いでいないし逆に危ない。大人しくしていよう。ほら、御神域で一泊するって言うのもなかなかない体験だし」
「喜んで」
単に缶詰めになってしまったことへの打開策であって、脱出したいわけではなかったようだ。あっさり返事をして忍はもう残った時間何をするかという思考時間に入っている。
「額殿を開放しましょうか。ここも崖上でちょっと心配ですから」
額殿は本社の正面にある神楽殿で、神楽(舞)が奉納されるときに見学をする桟敷席が設営される場所でもある。国祖社に隣接していて改修されたばかりなのでおそらく耐震などの加工もされている。設備的にも整っているようなので遠慮なくそちらに移ることにする。
「斎木先生、幸神社の移転ですが」
「あぁ時間的にどうだった?」
工事があったりがけ崩れがあったり増水したりで斎木は異様に忙しそうだった。幸いなことにけが人はおらず、雨に降られた客たちも下山が出来ていた模様。
逆に麓からの参拝者たちは雨が止むのを待っていたので、登っては来ないタイミングだったようだ。
残ったのは数人の参拝者と神職、それから一部の工事関係者たち。
と言っても神域の山向こうに隣接して都道が通っているし本当の山中で遭難したというわけではないからそこは楽観的だ。
「収容人数を考えれば余裕だな」
「今日は土曜で工事も動いてなかったみたいだし、不幸中の幸いだね」
ばたばたする斎木を少し手伝って、居場所を提供されて落ち着いたのが午後4時過ぎ。
山頂付近とはいえ岩の谷間にあるこの場所はとっくに暗くなってきている。
落ち着いてくるとキミカズには気になることがあった。
「……」
元々気配の多い神域だったが……なんだか静かすぎる。
神域である全体ではなく、見渡す限りのどこにでもありそうな広さの境内を眺めてキミカズは瞳を細めた。
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