賽の神と道封じ

梓馬みやこ

第1話 人を魅くもの

 世の中には、パワースポットと呼ばれる場所がある。

 スピリチュアルというと途端にうさんくさくなって嫌煙する人間も多いが、言葉の用い方が変わるだけで「そのもの」にとっては何も意味のないことだ。

 けれど人間からすると、それだけで意味合いが変わる場所。


「清明さんはそういう場所にも詳しいんですか?」

「まぁ……おいそれと世の中に出回る情報に真偽をつけることはできないけどね」


 それは、様々な理由で様々な磁場が強くなる場所。

 人間にとってマイナスのこともあるが実際は、概ね建設的な意味合いで噂になる。


 例えば、皇居

 例えば、明治神宮

 例えば、高野山


 これらは人に良いエネルギーをもたらすとしてずっと昔から有名だ。


「忍はそういうことにも興味があるのかな?」

「ありますけど、本当のところはあまり知りたくないですね。怖いから」


 たまたま外出先で出会った戸越忍と昼食を取りながら「清明」は話題について深入りをしない。

 「清明」こと伏見 仁一ふしみきみかずは、神魔と共存色の強くなった現代日本で、術師の生業についている。

 いわゆる「陰陽師」であるが、そんな業種が表舞台に立つより前、幼いころから彼には人の見えないものを見ることのできる能力ちからがあった。

 周りの誰に見えないからこそ、おいそれと何が見える何を知っていると言うことは必ずしも正しいことではないと、知っていた。


「知れば怖くないというのが君のやり方な気もしていたけど」

「怖いものは怖いんです。知らなくて怖くないならそれでいいじゃないですか」


 今までまっすぐに自分を見ていた黒い瞳が伏せられて、手元のカップに視線が落ちる。短い黒髪が秋の風にさわりと揺れる、憂いと言えば憂いの表情が少し面白くてキミカズはその中性的な面立ちをしばし眺めた。

 怖いもの知らず、とは言わないが端から見ていると思慮深い彼女はそう振る舞うことも多い。行動力の問題だろう。影を落とすのは単に「そういうもの」が苦手だからだ。

 普段見えない弱みが垣間見えるという単純な構図が、この場合ちょっと面白い。


「怖いものは知れば怖くなくなる。怖がらなくていいものは知って怖がる必要はない。まぁ、理には適ってるね」

「でも割と興味があるので困ります」


 それも面白いなと思う。この興味というのは一体どこから来るのか。

 持ち前の好奇心?

 疲れを癒したいという誰にでもある動機?

 それとも本能?

 いずれ人間同士でそんなことがわかるはずもない。


「じゃあ今度の休みにパワースポットに連れて行ってあげようか。それなりにポジティブな方の」

「! すごく気になる!」


 安全と分かれば誰だってこういう感じにはなるだろう。

 ましてキミカズは「真偽の判断ができる」人間だ。

 それにしても反応が極端なので、その様子にはつい口元がほころんでしまう。


「僕もちょうど用事があったから。仕事がてら案内してあげるよ」

「仕事……」


 ちょっと不安そうな顔になる。常日頃感情の起伏が小さい彼女からすれば本当に小さな変化で。

 陰陽師というのはいかにも白いイメージのある神職と違って、どうしても不穏な印象が伴いがちだ。

 本来、天文・時・暦の編纂に携わる官僚職がいつのまにか悪霊退散してそうなイメージにとってかわったのは不本意であるが、間違ってはいないので当然に、忍の不安も間違いではない。


「神職と話があるだけだよ。忍も拝殿に上げてあげるから楽しいと思うけど」

「行きます」


 楽しい、の基準はただのパワースポット巡礼をしたい人間とは違うだろう。だからこそおでかけに誘えるわけだが……


「じゃあ土曜の8時に神田駅6番ホームで」


 どこ、とは告げずに中央線の先頭車両で合流を約束してその何でもない日は別れた。

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