求めるのは平和のみ

@yositomi-seirin

1章 つまり彼の国は

第1話 疑念と不安

 「戦争は不可避なのか?」


 天気が微かに雪の気配を見せ始め、寒風身に染みる晩秋、連合皇国の最高意思決定機関では皇国の政治意思決定者の総理が絶望的な声音で外務大臣に問い掛けた。


 「……残念ながら帝国は開戦を躊躇しないというのが我が省の見立てであります」


 過日まで連合皇国と領土を接する帝国との間で外務交渉が行われていた。この交渉の場で帝国から提示された議題は


1、一部領土内の帝国軍通行権の要求

2、現在帝国と連邦との間で行われている戦争への帝国側での参戦

3、以上が受諾されない場合、帝国は帝国の国体保持の必要性のため皇国への軍事力の行使を辞さない


というものであった。


 現在の世界情勢としてファシズムの帝国は社会主義国家である連邦へ侵略戦争を仕掛け、概ねにおいて優勢のまま深く連邦領土内へ侵攻を続けている。


 しかしながら西から東へ進撃する帝国への連邦の抵抗は当初の予想を遥かに越え、この事態の打開のため帝国は別の側面から連邦への攻撃を画策している。その側面が連邦の南に位置する連合皇国という形になる。


 帝国と連邦との国境には峻厳な山脈が高く聳え立ち軍隊どころか人の移動そのものを完全に遮断している。


 現状、皇国は帝国と連邦との戦争において連邦を支持し、さらに軍需品の支援も行っている。これは帝国が連邦を打倒した暁には連合皇国へも侵攻してくると判断され、それを防ぐためである。


 皇国と連邦は政治思想が異なり仲の良くない国家であるものの、帝国という共通の敵を見出し表立ってではないものの手を取り合っている。


 よって帝国の要求を受諾するということはあり得ない。


 しかし、しかながら。帝国は皇国より遥かに巨大な国家である。皇国を1としたら連邦は3、帝国は10である。


 要求を呑まなかった場合全土が灰燼かいじんに帰すのではないかという恐怖が政治家のみならず国民にもあった。


 であるならば。多少の屈辱をめ、国土を喪失することになっても今回は屈した方が良いのではないか。


 連邦から聞こえてくる帝国との戦争は絶滅戦争とでも形容すべき悲惨なものだ。お互いがお互いを人間として認めず民間人が殺戮の対象となり敵国民を一人残らず殺し尽くす残酷極まりない戦争が日夜繰り広げられているという。


 捕虜は取らず、あるいは取っても情報を得るために初手から拷問する。民間人は意味も無く命を奪われ、村々の近くには大規模な墓地が幾つもあるという。帝国軍支配域を脱してきた人々によれば戦闘による兵士を葬るものではなく虐殺された連邦人民のもので間違い無いのだとか。


 そのような惨戦に皇国が巻き込まれてなるものか。


 その一方で帝国の要求を受け入れたところで連邦との戦争後に帝国は皇国にも侵攻してくるのではないかという懸念は存在する。イデオロギー的には皇国もまた帝国の敵に違いないのだ。


 ならば唯唯諾諾として今回帝国に従ったところで待つのは破滅だけ。


 だからこそ皇国はその意思を決めかねていた。

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