第44話 彼との旅

 休みは平日に取った。

 なので始発に乗り、出勤ラッシュをズラして悠々と席に座る。

 ガタン、ガタン、と進むJRに心地よさを感じつつサンゴは恩師の事を話してくれた。


 少ない荷物で家出をしてから今と同じ様にJRに乗り、実母の故郷でもある地を目指したらしい。

 その先で実母の高校で担任の先生をやっていた女教師の人に出会ったそうだ。その後は帰る様に言われたそうだが、どうしても帰りたく無いと言い、その人がサンゴの実父と話した所、ここに居ても良いと言う事になった。

 ただし髪は元の色に戻し、今通ってる高校は転学と言う形で恩師の元からそっちの高校に通うことになったとか。

 その後は、高校卒業し美容師の学校に入学。そして、美容師の学校を卒業したのを機に、オレと出会った町で就職してその人の元を離れたと言う経緯だった。


「……先生が居なかったら……あたしはあの時……死んでたかもしれない……」


 全てが否定されて、誰も頼れず、終わりにするつもりで実母の故郷に来たとサンゴは語る。


「……だから……先生はあたしにとって…もう一人のお母さんみたいな人なの……」

「そうか」


 恩師の事を話すサンゴは嬉しそうだ。今回の旅行で観光名所を回るよりも恩師に会うことを何よりも楽しみにしているご様子である。


「……1000万あるし……家でも買ってあげようかな」

「止めとけ。肩でも叩いてやれよ」


 あまり身の回り以外に物欲のないサンゴは三鷹婆さんが絞った慰謝料には未だに手付かずだった。






 泊まる予定の旅館にチェックインして、部屋に荷物を置き、サンゴと共に恩師の家へやってきた。

 サンゴは一度、深呼吸してからインターホンを鳴らす。平日なのだが、学校は春休みの真っ最中なので居る可能性が高いらしい。

 鳴らしてから、10秒くらい経って――

 

『どちら様ですか?』

「……夜神珊瑚です。吹越先生」


 サンゴがそう言うと、扉の鍵が開く音と共に、若い雰囲気を保った老婆が現れた。


「サンゴさん? あらあら。エリカさんと見間違えたわ。本当に親子そっくりね。どうしたの? 急にやってくるなんて――」


 そう言っている吹越さんにサンゴは近づくとそのまま抱き着いた。


「ただいま……先生……」

「あらあら、本当に貴女は……泣き虫ね」


 そんなサンゴを吹越さんは優しく包むように抱き締め返した。






 その後、オレも自己紹介をして、彼氏であるとサンゴが言うと吹越さんは、あらあら、と嬉しそうに部屋に通された。

 部屋の中は綺麗に整頓されているものの一人で暮らすにはかなり広く感じる。家族で住んでいたんだろう。

 至るところに名残が見える。


「知ってるかしら、朝比奈さん。サンゴさんはねー」

「……先生……それ言うの止めて」

「そうなんですか? いやー知らなかったなー」

「……コハクさん……今夜、覚悟してて」


 サンゴはこの家に住んでいた頃に起こった恥ずかしい話を延々と語られて、何故かオレにだけヘイトを向けてくる。

 そして、そのまま吹越さんが出した湯飲みを全部持って片付けに台所へ行ってしまった。


「朝比奈さん。あの子、ひどい目にあったのね」


 首の傷痕は薄くなったとは言え、じっくり見れば気づく。ましてや、親代わりだった吹越さんには一目瞭然だろう。


「サンゴさんは辛いことは自分一人で抱え込んじゃうから。きっと、誰にも相談出来なかったんでしょうね」

「……オレもそんな人間でした。彼女と出会わなければ、今みたいに笑えなかったと思います」

「……そう。貴方のような人がサンゴさんと一緒なら私も安心よ。それに――」


 と、吹越さんはオレのナニかを察する。


「……なにか?」

「ふふ。いいえ、頑張ってね」


 その後は、サンゴが隣で目を光らせつつ吹越さんは今は教頭先生になってるとか、お子さん達は皆結婚して、海外に行ってるとか、そしてオレらの話題になり、出会いや、ビスケットの事、更にその間にあった多くの事を語った。

 だから――オレは過去に人を殺した事を吹越さんへ告げなければと思った。サンゴの家族に……隠し事はするべきではないと思っての事だ。


「吹越さん。貴女に言っておきたい事が……」


 すると、オレの告白を遮る様にサンゴが手を重ねてきた。視線を向けると彼女は首を横に振る。


「サンゴ……けど……オレは……」

「良いのよ、朝比奈さん」


 すると、吹越さんが優しい瞳と声色で告げた。


「無理に言わなくても良いの。サンゴさんがソレを受け入れているのなら、私には何も言わなくて良いわ」


 吹越さんは湯飲みを持って、一度お茶を啜る。


「仕事柄ね。人の良し悪しは解るの。貴方は優しくてとても良い人。サンゴさんを……私の義娘をよろしくね」

「……はい」






「帰っちゃうのー?」

「旅館に泊まる予定なので」

「……明日は観光地を回るから」


 その後、夕飯まで御馳走になり、そろそろ帰る時間になった。吹越さんは玄関まで名残惜しそうに見送りに来てくれる。


「あら。私も暇なの――ふふ、冗談よ、サンゴさん。そんなに睨まないの」


 なんか、終始サンゴがお手玉されている様は新鮮だ。オレ達の普段は対等に意見を言い合う間柄なので、こう言う反応を見せるのは親と子のような関係故のモノだろう。


「猫良いわね。私も一匹飼おうかしら」

「それならLI◯Eします? 色々と助言出来ますし」

「ええ。お願い」


 と言うワケで吹越さんとLI◯E交換。すると、サンゴがくいくいと袖を引っ張る。


「……コハクさん。もう行こ」

「ああ。それではまた」

「ええ」


 手を振る吹越さんに見送られつつ、サンゴにも引っ張られて旅館への帰路につく。


「……先生はお節介だから」

「それが教師なんじゃないか? きっと学校でも良い先生だぜ」

「……それは疑ってない」


 少し感情を出しての嫉妬気味なサンゴも新鮮だな。普通に可愛い。

 日も大分落ちて見慣れぬ街の夜はどこか新鮮だな。さてと……オレはどこで“コレ”を切り出すか……


「……コハクさん」

「ん? どうした?」

「……寄りたい所があるんだけど……いい?」






「……ここ」


 住宅地の上へ続く階段を登り、少し息を切らしながら頂上まで来ると、そこから広がる夜空へに息をのんだ。

 自然と見上げる形となった空は、この場所が中心になったように星が円を描くように光の尾を引いている。

 写真などでは一度見た事のある光景ではあるが、実際に見るのではワケが違う。


「……悩んだ時……思いっきり……階段を上がって、コレを見に来てた」

「そうなのか。スゲーな」

「……悩み、無くなった?」


 どうやら、サンゴには感づかれてたらしい。ずっと一緒に居て、常に互いを見ているのだから……隠しきるのは無理があるか。

 ……ぐだぐたするのは止めだ。


「サンゴ」

「……なに?」

「眼を閉じてくれるか?」


 オレがそう言うとサンゴは目を閉じた。どことなくキス待ちのような姿勢になるが、目的はソレじゃない。


「手を良いか?」

「……ん」


 目を閉じたままのサンゴはオレの要求に応えてくれた。彼女の左手を取り、オレはポケットから――


「……コハクさん」

「眼を開けていいぞ」


 サンゴは自身の左手の薬指につけられたスカイブルーの指輪を驚きの眼で見た。


「その……なんだ。まぁ……色はな……お前の好きな色を選んだ」

「……そうなんだ」

「それでな……それで……」

「……それで?」


 サンゴはオレの言葉を待っている。待っていてくれている。オレは……


「夜神珊瑚と……結婚したい……んだけど……どうだ?」


 正直、恥ずかしすぎてサンゴと眼を合わせられない。後頭部を掻きつつ視線を反らす。


「…………ねぇ、コハクさん」

「うっ……な、なんだ?」

「……キス、してくれる?」


 いつもは自然に出来るのに……今だけは、ぎこちなくなってしまった。

 重なった唇がゆっくり離れると、サンゴはオレの胸に頭を埋める様に身を寄せて来る。


「……アナタと手を繋ぐと……とても暖かくて……アナタとキスをすると……とても安心できて……アナタと肌を重ねると……凄く満たされて……アナタの傍に居ると……生まれて来て良かったって思えるから――」


 サンゴは薬指に着いた指輪を大事に抱える様にオレへ上目遣いで言う。


「ずっと、アナタの隣に居させてください」

「……――」


 オレはソレに応える様に彼女を強く抱きしめた。

 言葉よりも絶対に彼女を手離さないと言う感情が何よりも勝ったから――

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