第42話 社畜の同僚 岸沢美夏の話

「このチケットが証拠っす」


 昼飯時、右代宮は年末に東京ドームで行われる大型格闘イベントのチケットを見せて来た。


「ストーカーかと思ったら同級生だったんすよー。行けるって連絡したら即日に送られて来たっす」


 オレと右代宮は出向と言う形で“本社”へやって来ていた。そこのデカい食堂や、広いオフィスなんかはウチの建物とは比べ物にならないくらいの規模である。

 今は、その食堂で昼飯を食べていた。


「大事に至らなくて良かったよ。走る時は気を付けろよ」

「まぁ、ストーカーが来てもウチの足には追い付けないっすけどね!」

「元気一杯だな、お前ら」

「あ! 七海さん!」


 そこへ、本社1課の課長である七海がやってきた。

 オレらの出向先は1課。元気印の右代宮は七海と波長が合うのか、すぐに打ち解けていた。

 相席を求めて右代宮の隣に座る。


「ったくよ、世界は狭すぎだよな」

「オレはこの会社のホームページを見たときからお前が居るのは知ってたけどな」


 昼間に黒船社長が来たときに本社のホームページを調べたのだ。その際に七海の名前を見つけていた。


「ケッ。大学時代よりはマシな眼をしやがって」

「人生色々あるんだよ。お前も彼氏が出来りゃ解るぜ」

「あ? 何で俺が独り身だって決めつけてやがる?」

「その口調と性格なら男も回れ右するだろ。素材は良いんだからもっと愛想良くしろよ」

「鬱陶しい先輩と同じ事を言いやがって……余計な世話だ。それに俺は作れないんじゃなくて作らないんだ」

「仕事ばっかりしてるとマジで行き遅れるぜ?」

「ぶっ殺すぞ、テメェ」


 殺す。その物騒な単語が七海から飛び出すが、昔のように酷く反応する事は無くなっていた。

 オレは、ハハハ、と笑って受け流す。


「あのー、七海さん。一つ良いっすか?」

「なんだ?」

「先輩とどんな関係っす?」


 右代宮は七海とは本日初めて会った者同士と言う認識なのだろうが、オレは違う。


「同じ大学で人の弱みに漬け込んでホテルに連れ込むクソ野郎」

「おい、アレは合意だっただろうが。ふざけんな」

「ええ!? 先輩! 浮気はダメっすよ!」

「オレはサンゴ一筋だ。誰がなびくかよ」

「彼女持ちはクソうぜぇ」


 端的に言うなら七海は初めての相手だ。

 七海は出会った頃は今とは全く性格が違っていて、何かと流されそうな雰囲気をほっとけずに声をかけたのである。

 そして、その変な縁はまだ繋がってる。


「――あ、先輩。岸沢さんっすよ」


 食堂のテレビに昼のニュースで国会の様子がLIVE中継で映し出される。


「お、マジで隣に居やがる」


 答弁に上がるのは火防議員ではないが、党の代表として傍聴席に座る傍らに岸沢の姿があった。


「あん? お前ら『日本革命党』に知り合いいんのか?」

「あの火防議員の隣に座ってるヤツ、元同僚だ」


 岸沢は会社が新体制となった事で、三ヶ月も待たずに退職する事ができ、現在では望み通りに『日本革命党』の議員秘書になったらしい。






 議会が終わり、火防先生はそのまま会合に行く事になったので私は次のスケジュールチェックに少し席を離れていた。


「ん? お。おーう、岸沢ちゃん」

「阿見笠議員。お疲れ様です」


 正面からポケットに片手を入れて歩いてくる方が居た。

 阿見笠流あみかさ ながれ議員。

 『日本保全党』を取り仕切る王城代表の片腕であり、火防先生の同期だ。


「いやー、ホントに君ってスーツが絵になるよね。こりゃ火防も良いヒト見つけたじゃなーい」

「私と火防先生はその様な関係ではありませんよ?」

「あぁ、わかってる、わかってる。アイツ、家族一筋だからねぇ。オレもそう言う意味で言ったワケじゃないよ」


 外から見れば完全無欠に見える火防代表であったが、実は家族愛の深い方であると知れて心持ちが少し緩くなれた。


「本来ならば私の席は火防先生の娘さんの為の席だと聞きました」

「ありゃ……気を悪くしないでくれよ? アイツ、親バカだからさ。殆んど仕事で娘ちゃんと構えなかったから何とか埋め合わせしようと必死なんよ」

「ふふ。火防先生にも悩みがあると知り、逆に安心しました」

「いいねぇ。政界ここで笑顔を作れる人は長生きするんだ。火防のヤツはずっとしかめっ面だからさ。君とか土山ちゃんが側にいないと、いつポックリ行くか不安でね」

「……剣持検事の件、聞きました」


 油断すれば排斥されるのが政界であるが、剣持検事の件はそのレベルを越えていた。

 剣持検事は火防先生と阿見笠議員とは友人同士で仲が良かったらしい。しかし、剣持検事と彼の妻は事故で他界し、双子のご息女は親戚に保護されたと聞いている。


「……アレさ。完全にヤバいのよ。近々、ドでかい事が政界で起こる。岸沢ちゃん、火防の事はマジでよろしくね? 別党のオレはアイツの事を助けられないからさ」

「任せてください」

「そんじゃ――おっとそうだ」


 歩いて行こうとした阿見笠議員は何かを思い出した様に立ち止まる。


「岸沢ちゃんの祖父って、ジョーさんと友達だったりする?」

「はい。生前にそう聞いています」

「それじゃ、君かもね。ジョーさんの所に行くのは」


 バーイ、と阿見笠議員は片手を上げて去って行った。






「岸沢。今回の件はお前に頼みたい。あちらさんもピリピリしてるみたいでのぅ。男手よりも女手の方が少しは話を聞くと踏んでの事だ。難しそうなら、土山も連れて行ってええぞ」

「いえ……一人で行かせてください」


 そう言って、私は『神ノ木の里』へやって来た。

 大きな酒蔵が目立つ以外は普通の田舎。タクシーに乗って流れる景色を見てても何か違和感を感じる所は無い。


「お客さん、着いたよ。ここが『神島』さん家ね」


 タクシーは『神ノ木』の里でも高い位置にある母屋まで行くと止まった。私は降りながら運転手さんに、


「すみません、用事はすぐに済ませますので待ってて貰えますか?」

「ああ、良いよ。メーターは切っとくから、好きに話してきなよ」

「いいんですか?」

「いいよ。ここはそう言う所だからね」


 取りあえず、ここまでの運賃を払って、運転手さんは待っててくれる事になった。


「……ここなのね」


 政界でも特に黒い噂がある『神島』。その内情に触れる事は何よりもタブーとされている。

 そんな『神島』から各党に代表者を一名寄越す様に通知があったらしい。戻った者は他言無用を言い渡されたらしく、何も語れないとか。


「……ん?」


 門を抜けて、母屋の横戸までの石畳を歩いていると、


「はわわ……」

「…………」


 双子の女の子が驚いた様に私を見ていた。内、一人は耳に補聴器を着けており、その傍らには凄まじい気迫を宿すシベリアンハスキーとゴールデンレトリバーが共に居る。

 私は近づきながらポケットからのど飴を取り出し、目線を合わせるように屈むと、女の子二人に差し出した。


「食べる?」

「え……あ……ありがとう……」

「あり……がと……」


 各々返事をして受け取る二人に微笑みを向ける。

 ハスキーとレトリバーはじっと、こちらを品定めするような視線を向けていた。まるで、この子達を護っているかのように油断は欠片もない。


「『神島』さんのお孫さん? お祖父様は居る?」

「え? じっさまは……」

「火防んトコからは話題の巨乳美女かのぅ」


 私はその声に立ち上がると、中庭から歩いて来た老婆に向き直った。


「『日本革命党』の岸沢美夏と申します」

神島鴇かみしま ときじゃ。しかし、間が悪いのぅ。じっさまは――」


 その時、山に銃声が響く。思わず驚いて視線を向けた。


「人間狩りを初めてもうた。この世に巣くう……悪人どもを山に集めてのぅ……」

「噂通りの御仁と言う事ですね」

「うむ。じっさまは、それはそれはとても恐ろしい――」

「トキさん事ですよ」


 私が話の腰を折るようにそう言うと、トキさんは嘆息を吐く。


「……なんじゃ。もっとこう、ひょげぇ!? ってリアクションは無いんかい。今までの奴らは汗だらだらじゃったぞい」

「仕事で来てますので」


 トキさんはブラックジョークが日常会話の様に飛び出すお方であると、『神島』の身内である烏間議員から助言を受けていた。


「よう来たミカ。じっさまは見ての通り“狩り”で忙しい。ワシが相手で満足できるか?」

「構いません」


 中で話そうや。とトキさんが横戸を開ける。私はその際にハスキーと共に居る女の子から向けられる視線に気がついた。


「まだ、飴欲しい?」

「ううん……ミカさん」

「なに?」

「……ミカさんみたいな……素敵なレディになるには……どうすれば良いですか?」


 女の子の意外な質問に私は、


「自分に何が出来るのかを考えて、それに向かって努力すれば良いわ」


 私は女の子の頭を優しく撫でて微笑むと、トキさんに続いて母屋に入る。






「……これは――」

「コイツを国会でぶちまけてくれや」


 私は母屋に通されて見せられた資料を見て思わずその様な言葉が出てしまった。


「……どうやって集めたのかは聞かない方が良いですね」

「そうじゃな。お前さんも知っての通り、政界は無数の勢力が各々の思想で動いとるからのぅ」


 それは、現総理大臣である、森斗真もり とうまの数多の不正事実の証拠だった。


「……一つだけ。答えて頂けるのであれば教えてくれませんか?」

「言うてみぃ」

「何故、森総理の告発に『神島』が関わるのですか? それも……告発を強行しろと言っている用なモノです」


 『神島』は政界には不干渉だった。故に、今回の件はあまりにも唐突過ぎるのである。

 トキさんは一度、お茶を啜って、コト……と置く。


「ジョーがキレたからじゃ」


 山に銃声が響く。


「森はジョーが終わらせようとした事をぶり返そうとした。しかも、違う形でのぅ」


 トキさんは冷ややかな空気を感じさせる雰囲気を纏い、続ける。


「『処刑人』は日本を護るために存在する。私利私欲で動くのはテロリストと変わらん。じゃから、じっさまはキレたんじゃ」

「…………」

「それが『神島』の“使命”であり、こんなモノはワシらの代で終わらせにゃあかん」

「…………それではハスキーと一緒にいたお嬢さんは――」

雛鳥夕陽ひなどり ゆうひ雛鳥聲ひなどり こえ。旧姓は剣持じゃ」


 重々しい銃声が再び響いた。


「……告発の証拠を頂いてもよろしいでしょうか?」


 私がそう言うとトキさんの雰囲気は親しみやすいモノに変わって、笑う。


純弥じゅんやの孫娘であるお前ならそう言うと思ったわい」


 どうやら、最初から全部お見通しだったようだ。






 その答弁は歴史に残る程のモノになっただろう。

 火防先生による森総理大臣への糾弾。

 決定的な汚職の証拠を突き付けられつつも反論や黙秘を想定したが、森総理は魂が抜かれた様に全てを認めた。


「土山。ここからは片時も油断は出来んぞ」

「『日本革命党』党員の全員がこの蕀道を歩く覚悟をしています」

「岸沢。『神島』から何を言われたかは知らんが……ヤツらも日本には不要と言う事を忘れるな」

「はい。ですが、火防先生はもう少し、娘さんを信用なさっても宜しいかと」

「……い、言うのぅ……岸沢……」

「黒船正十郎の側はどんな場所よりも安全だと思いますよ、火防さん」

「土山まで……。甘奈の事になると……ワシはそんなに変か?」

「「はい」」

「……声を揃えやがって……」


 そう悪態を付きながら国会の扉を火防先生が抜ける。すると、待ち構えていた記者と中継カメラとフラッシュが出迎えた。


 彼らの質問に答える火防先生は、間違いなく日本を背負う立場になるだろう。


 世の中を良くしたい。


 私のようにその“使命”を背負う者が居る限り、世界は少しずつ良くなっていくと私は思っている。

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