第34話 ……うまく動けてないね
決勝戦。相手は白亜小学校。
団体戦は毎年優勝校が変わる群雄割拠で強豪と呼ばれる所はない。けど目の前の人の事はよく知ってる。
真島良牙さん。ボクよりも一つ上の四年生で、前年度に個人組手で優勝した人。(“神島杯”では最年少優勝者だったらしい)
この団体戦でも負け無しで、全部8点差で勝って来てる、本当に強い人だ。
ボクが負けたら……チームの負け……見てる人たちが皆……注目してる。
“こりゃ、決まったな”
“負け続けの子が最後かー”
“歳上でも勝てないのに、年下はもっと無理だろー”
なんて言葉も聞こえてくる。
身体が重く……一歩も動けない……。目の前が真っ白になって……誰も……ボクに期待なんて――
「夜神、チャンスだぜ」
大空先輩が肩を組んで来た。
「そうそう、相手はお前を侮ってる」
陸生先輩が反対の肩を組む。
「お前は普段通りプレイすれば良いんだよ。勝ち越してると思ってな」
朝田先輩が正面から両肩を掴んで、うんうん、頷く。
「真島は強いが、俺らの中じゃ一番お前が勝ちやすい。ウケるぜ」
夕張先輩は相変わらずウケていた。
教頭先生を見るけど……何も言わない。
「大将、夜神選手! 前へ!」
「「「「よし、行ってこい!!!!」」」」
審判の人の号令に、四人の先輩はバシィィィ!!!! とボクの背を叩いた。
その痛みと勢いにボクは対戦の場へ転ぶ様に倒れた。
「ちょっと! やり過ぎよー! あんたらー!」
ミカちゃんの声が客席から聞こえて来る。
そうだ……ミカちゃんに、じっさま、サンゴさんが見てるんだ!
「キミ、立てるかい?」
「た、立てます!!」
審判さんの声に、ボクは起き上がる。背中はヒリヒリとしていたけど、さっきまで重くのしかかっていたナニかは完全に消えて、はっきりと真島さんが見えた。
すると、すっ……と真島さんが拳を突き出す。それにボクは、とん、と同じ様に拳を合わせた。
「始めっ!」
審判の人の合図に、ボクは背中に残る先輩達の勢いに押されて踏み込むと、真島さんの頭部に突きを放った。
「ハイッ!!」
『赤! 上段突き!
始まると同時に小吉君の突きが真島君の顔にささり、それを審判は点数として宣言した。
「よぉし! そのまま攻めて攻めて行きなさい!」
ミラちゃんの声が何よりも響く。集中している小吉君に届いているかは解らないが、きっと力には成っているハズだ。
『赤! 中段突き!
2対0。
小吉君に点が入る度に周囲から歓声が上がる。勢いづく小吉君とは対照的に、真島君は――
「……なんか、やる気無さそう」
「サンゴは気づいたか」
「え? どう言うこと?」
あたしの言葉にジョーさんとミラちゃんが反応する。真島君からは覇気と言うか……やる気のようなモノを感じられない。
「真島の強さは、力でも速さでも技の練度でも無い」
『青!
審判の言葉にあたし達は視線を戻す。そこには、小吉君がお尻から倒れており、頭に突きを受けていた。
「真島には“溜め”が見えている」
「……溜め?」
「人は二足歩行する生き物である以上、重心が存在する事は理解しているな?」
「うん」
「……はい」
格闘技に疎いあたしでもそれくらいは知っている。
「人の身体には動く為に“力の強弱”が生まれる。前に進む為に踏み出した足は、次に着地する地面に対して力を宿す。真島はその足が着地するまでの間を払って相手を倒しているのだ」
「……それはつまり……」
「崖から落ちる様なモノだ。今、小吉は常にその感覚に陥っているだろう」
『青!
小吉君は再び転ばされて、その頭に突きをもらっていた。
ジョーさんの言っている事が紛うことなき真実であるかのように。
「そ、そんな事! 出来るわけないよ! じっさま!」
ミラちゃんは驚きに叫ぶ。
「もし、ソレが出来るなら……真島の前だと皆転ばされるって事でしょ!?」
「本来なら適切な指導の下、深い練度にて身に付く眼だ。だが、稀に元から“持ってるヤツ”が界隈では現れる。天才と言われるヤツがな」
「そんな……」
ミラちゃんは真島君と小吉君との差は明確なモノであると気を落としていた。
『青!
再び審判の判定が告げられ、得点は2対9になっていた。あっという間にリーチ。
明らかに一方的な試合。まるで実力差を見せつける公開処刑のような試合をミラちゃんは見たくなく視線を下に向ける。
「……ミラちゃん。大丈夫だよ」
「……え?」
「……小吉君、笑ってるから」
一方的にやられて、既に後1点で負けと言う状況でも小吉君は悲観するどころか笑っているのだ。
「ふふふ」
すると、ジョーさんが何か知っているかの様に含み笑いをする。
みんな同じだった。
前に踏み込む際に見える力の動き――溜めって言うのかな? ソレを払うだけでみんな転ぶ。
転んで打ちやすくなった頭に突きを入れるだけで
つまらない。
まだ、ケイさんかシモン師範と組手をする方が楽しい。さっさと終らせて、個人戦も優勝して、大宮司道場に行こっと。
「……なんだ?」
夜神君だっけ? 俺よりも年下の彼は明らかに実力で劣っていると解った。
後1点で、実力差もはっきりと見せた。なのに――
「始めっ!」
笑ってる――
小吉君の中段突きを真島君は半身で避ける様に受けた。だが、次の行動まで僅かな間があり、その間を小吉君の中段蹴りが胴体に入る。
「ハイッ!!」
「赤!
4対9。オォォ!! と歓声が上がり、食らいつく様な追い上げを小吉君は見せつつ笑っていた。
しかし、次に踏み込んだ瞬間、小吉君は転ばされる。
「あっ!」
「……」
「ふふ」
「止め!」
しかし、真島君は突きを放つ事を一瞬躊躇した様に見えた。それを転んだと判断した審判の人が二人を立たせる。
「……真島君……うまく動けてないね」
「え? どうなってるの?」
「ふふふ」
ジョーさんはずっと笑ってる。何か理由を知っていると察したミラちゃんが尋ねた。
「じっさま、小吉は何をしてるの?」
「何もしとらん」
「え? だって真島は……」
明らかに動きに精細を欠いている。今も小吉君の攻撃に対して
「小吉はただ、笑っとるだけだ。奥の手も打開策も何もない。だが、それが真島にとって有効に機能する」
「……どう言う事ですか?」
「相手の“溜め”を見るには、深い思考と行動パターンの分析が必要だ。初手で小吉が2点取った時はまだ把握してなかったのだろう」
「でも……小吉は転ばされたよ?」
「ああ。得点のリーチに加え、圧倒的な実力差。大概なら表情は強ばり、動きは萎縮する。だが、そんな状況でも笑っているとすれば……相手から多くの情報を読み取る真島からすれば状況に適さない小吉の“笑み”に混乱する」
「……それだけ……でですか?」
「良くも悪くも、アイツらは子供だ。経験は浅い。故に僅かな同様が、大きな波紋を生む」
「赤!
5対9。真島君が動揺している間に小吉君が少しづつ追い上げていた。
まさか……
真島が負ける?
追い上げを見せる小吉に観客達の間にもその様な空気が生まれ始めた。
「だが……ここまでだな」
今度は小吉君の動きが止まった。
ピンチになったら笑ってみろ。
それが、じっさまからの助言だった。嘘みたいな話だけど、手も足も出ずに負けかけた瞬間、笑って見ると何故か真島さんに隙が生まれた。
理由は解らない。でも、背中に残る熱と心から沸き上がる“負けたくない”という感情がボクを迷いなく前へ押し出す!
「ハイッ!」
「赤、
中段突きが入って、5対9。時間は……後1分。負けたくない。絶対に――勝つ!
「――――」
けど、ボクは思わず動きを止めた。何故なら真島さんが――笑っていたから。
その瞬間、視点が天井を見て――
「青、
倒されて頭に突きをもらっていた。
5対12。
7点差。再び
「……倒しに来た?」
「さっきまで待ちだったのに……」
真島君は小吉君の攻めを受ける形で倒し、
「終ったか」
小吉君の笑みが消えた事にジョーさんは結果を告げる様に呟く。
「真島は小吉を戦える“敵”と見なしたのだろう。心理的な揺さぶり以外に小吉が勝つ事ゼロだ」
「そ、そんな……」
「動揺している間にリード出来ていれば逃げきりの可能性もあったが」
「……本当に……小吉君は勝てないんですか?」
「強さは=勝利、ではないが。この状況では打てる手はもうない」
真島相手に良くやった方だ。
ジョーさんは目の前の試合を締めくくる様にそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます