第25話 この商店街の守護者らしいわ
未練が無いと言えば嘘になる。
今の職場と環境は決して良いモノとは言えないけど……合理的にバッサリ切り離す程に浅いモノでもなかった。
だから、これは私の中で今の環境から去る為の最初の一歩なのだ。
「……こんにちは」
「こんにちは」
朝比奈に頼んだら、その彼女さんの方から会いたいと言ったらしい。
待ち合わせは駅前の広場。
正直な所、興味本位な部分が大きかった。卑屈な友達が見初める相手は一体どの様な女性なのか、と。
「岸沢美夏です」
丁寧に頭を下げて挨拶をする。
個人的に想像していた“朝比奈の彼女さん”のイメージは、全てを包み込む様な包容力のある清楚系か、右代宮さんの様に無理やり手を引いて走り出す天真爛漫系だと思っていたが――
「……夜神珊瑚……です」
これまで見たことの無いタイプだった。
染めた髪はメッシュと言う一般的ではないタイプの染め方だ。
耳には幾つもピアスが着けられており、そこまで耳に穴を開ける理由を私は理解できそうにない。
そして、力の無い瞳。
ふとした事で居なくなりそうな程に覇気が感じられない瞳と口調。メッシュの髪とピアスと言う奇抜な特徴は、何とか他に自分を認識してもらう為のモノの様に感じられる。
だが……極めつけは首に貼った絆創膏だった。
ハイネックでは少し隠しきれていないその怪我は、縦方向に走っている傷であり他人が着けたモノとは思えない。つまり、自分で引っ掻いたのだろう。
すると、夜神さんも丁寧にお辞儀を返してくる。
「夜神さん。こっちの都合で時間を作って頂き、ありがとうございます」
「……貴女は……コハクさんと……どんな関係?」
「友達です」
「……」
そう言った事を聞かれるのは想定内だった。夜神さんの立場ならその様な疑いを持つ事は至極当然の事。
本来なら顔を会わせる事でトラブルになるだろう。けど、友達として朝比奈の事に関しては中途半端な事はしたくなかった。
「……彼もそう言ってた……貴女は友達だって……」
「ええ。その関係は絶対に変わらないわ」
「……」
何を考えているのか解らない程に感情を廃した瞳が私をじっと見る。
ああ、なるほど……コレは朝比奈がほっとけないワケだ。夜神さんはその本質が誰にも理解出来ない崖際に立っている。
夜の崖で、ふと気がついたら身を投げている様な、そんな雰囲気が常に出ているのだ。
私が彼女を見つけていたら、朝比奈の様に手を差し伸べたかもしれない。
「夜神さん。今日は朝比奈と私の関係に貴女へ誤解を与えている部分があると思ったから、それを説明させて欲しいの」
「……わかりました」
夜神珊瑚さんと一緒に歩くとやはり、スレ違う人たちは少し注目する。
彼女自身、女目線である私からしても美人に見えるし、その不思議な雰囲気も相まって誰もが一度は視線を向けてくる。
しかし、首の傷痕が防波堤になっているのか、余計な関り合いになることを避ける様にスレ違う。
そんな彼女に対して朝比奈は手を差し伸べたのだ。
彼の過去を私は知らない。しかし、何らかの生い立ちによる要因が、夜神さんを放って置けなかったのだろう。
「ユニコーン」
私はこの界隈では有名な商店街へ夜神さんと共にやってきた。
目の前には全身真っ白で、ずんぐりとした二頭身の馬の着ぐるみが風船と愛嬌を振り撒ていた。その頭には角。モチーフは海外で幻獣と言われているユニコーンだろう。鳴き声もソレだし。
「……なにあれ?」
「ふふ。ユニコ君って言うの」
ユニコ君の事は昔から知っていた。
祖父の実家にも謎にヌイグルミがあって、それについて尋ねたら色々と教えてくれたのだ。ちなみにそのヌイグルミは形見分けで私が貰い、マンションの部屋に飾られてる。
「この商店街の守護者らしいわ」
「……どっちかと言うと……守護獣?」
ユニコ君は写真を撮られたりしても、ポーズを決めたり、そのお客さんに対してフレンドリーに肩を組んだりしている。その時、
「ちょっとお姉ーさん、二人ー。話を良いかなー?」
「うわっ、めっちゃじゃん! レベル高けー」
後ろから声が聞こえて私は即座に、久しぶりに来たなぁ、と振り返った。
立っていたのは二人の軟派な男。いかにも女遊びに長けた風体を持ち、私達に目を着けた様だった。
「俺らさ、今フリーなんだけどさ。お姉さん二人もフリーっしょ?」
「フリー同士さ、楽しい時間を共有しようよ」
二人の視線は私と夜神さんを各々見て、次に身体を一通り見た感じだった。
それは相手を思っての声のかけ方では無いと即座に理解できる程にチープなモノ。
「今は間に合ってるの。ごめんなさい」
「…………」
「いやいや、そんはハズは無いって。俺には女の子の気持ちが解るから」
「そーそー、コイツ。マジで空気読む能力がハンパねぇから」
少し面倒なタイプの様だ。この商店街の近くには交番はなかった。揉めていればいずれ何とかなる可能性は低い。
「いや、マジでさ。お姉さん達レベル高いよねー。メッシュの彼女もスゲーイカしてんじゃん。俺もピアス着けてるし相性良いと思うんだよねー」
「そーそー。後悔は絶対にしないって保証するし。何ならオールナイトでも俺らは全然オッケーよん」
「本当にお構い無く」
「…………」
「まぁまぁ、じゃあ試しに一緒に行こうよ。30分だけで良いからさ。それで詰まらなかったら解散で」
「それ名案じゃーん」
「ですから……」
「……さっきから……ウザいんだけど」
夜神さんの言葉と視線にピリッと空気が変わった。
更に別の視線を感じてそちらをチラっと見る。商店街の入り口――アーチゲートの柱の影から、こちらを覗く様に見るユニコ君が、ちょいちょいと手招きしている。
「……あたしら……下心丸出しのあんたらに興味ないから」
「いやいやいや、それは解らないだろうよー」
「そーそー、俺らを何も知らずに否定するのは良くねーって」
夜神さんと軟派男性二人の会話が少し剣呑な雰囲気になってきた。
「だからさ! 30分! お試ししてよ」
「そーそー。これが運命の出会いかも知れないっしょ?」
「……なんで、あんたらに……30分も時間を……使わないといけないワケ?」
「損はさせねぇって――」
「すみません」
私は夜神さんを庇うように、軟派男性二人との間に入り、その会話に割り込む。
「本当に私達は都合がついているんです。別の方を誘ってあげてください」
「だから、俺たちもその都合ってやつに付き合ってやるって」
「そーそー。男手があると色々と出来る事もあるじゃん」
「……だからぁ」
後ろにいる夜神さんは更なる苛立ちから軟派男性二人に反論しようとする前に私は小声で言う。
「夜神さん。少しずつ下がって(小声)」
後退する意図を組んでくれた夜神さんを背に、軟派男性二人に身体を向けたまま後ずさる。
「ホントにさ。この出会いを大事にしようよー」
「結構です」
「もったいないよー。俺たちみたいなのはレアなんだぜー?」
「今、私達は十分に足りてますので」
「だから、俺には解るんだって。女の子二人で歩くって事はホントは寂しいんっしょ?」
「ですから――」
「いやいや、そう言うのはもう良いからさ。一緒に行こうぜ」
と、かざす私の腕を軟派男性の一人が掴んだ。
「ユニコっ!」
「ぶっ!?」
その瞬間、じっとこちらを見ていたユニコ君が、私の腕を掴んだ軟派男性の顔を側面から、ゴッ! と右フックで刈った。
ずんぐりとした着ぐるみでも洗練されたフォームの右フックは荒事に慣れているかのよう。
いつの間にか、私と夜神さんは商店街のアーチゲートを抜けて中に入っていた。
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