第12話 先輩! 朝礼っすよ!
「おはようございます!」
二日の休みを終えてウチは元気に出社したっすよ。やっぱり走るのは良い! 二日前のモヤモヤは完全に吹き飛んだっす! ホントにウチは何を悩んでたんだろう。
「おはよ」
「おはようございます、部長!」
「おはよう、右代宮さん」
「おはようございます、岸沢さん!」
「おはようさん」
「おはようございます! 先――輩!」
まだ始業前なのに席に座って、資料を片手にパソコンと向き合ってる先輩。心無しか、二日前別れた時と少し血の気が良い様な……いやいや! なにじっくり見てんの!? ウチ!
「お、おはようございます!」
「どうした? 二度も挨拶して。やたらテンション高いな」
「そ、そんな事はないっすよ! あはは!」
「朝礼するぞー」
「先輩! 朝礼っすよ!」
「聞こえてるよ」
そんなこんなで、いつも通り先輩の横に座って仕事を始めるっす! 今日も少しでも先輩を助けるっすよ!
「この回路、条件は同じなんだが各所で表示する名称が違ってる。条件の合致するヤツの名称を全部合わせてくれ。統一名称のリストはこっちな」
「うっす!」
今回の仕事内容は、古い回路を現在のモノに合わせて最新の形にする作業っす!
中には新しい回路を追加したりして適応させる事もあるので先輩は全体把握をしつつ、ウチは細かい所の修正っすね!
「キナ臭い回路を見つけたらチェックマークを着けて後で教えてくれ。今回で修正する箇所かもしれんからな」
「わかりました!」
よし! 先輩と会話してもモヤモヤは無い! やっぱり大した事は無かったっすね~
ピロン♪
その時、先輩のスマホに通知音。LI○Eっすね。会社に居るのに鳴るって事は……外の知り合いかな?
「――――ったく。何日泊まる気だよ、アイツ」
「…………」
先輩はあんまり笑わないっす。隣で仕事をやってて、優しいと感じる事はあっても笑った所は一度も見た事無かった。
でも……今のスマホを見てる先輩は……悪態を付きつつも嬉しそうに……笑ってるっす……
「ん? どうした? 解らない所でもあるか?」
「あ! い、いえ! 先輩が社内でLI○E見るの珍しいなーって!」
「? そうか?」
「そ、そうっすよ! さー仕事を張り切ってやるぞー!」
むぅ……またモヤモヤが……これはどういう事っすかぁ? うぅ……今すぐ走りたい……
「……お待たせ、ニチカさん」
ヘアメイク専門店『プリズム』。
4日ぶりに出勤したサンゴは、他の美容師達やお客さんから無事に職場に復帰した事を喜ばれていた。
詳しいことを聞かれた際には元カレがストーカーになって弁護士が対応するまで休んでいたと語った。
首の傷痕は現在、チョーカーを着けて隠している。
「ホントに良かったぁ。サンゴさんが辞めるなんて噂もあったしさ」
「……そうなの? でも……そんな事はないから」
止む終えないとは言え、休んでいた際にカットが出来なかったお客さん達の都合を調整し、少し忙しくも丁寧に捌いている。
「よかった、元気そうで。なんか……ストーカーに追いかけられてて大変だったって聞いたよ?」
「……ごめんね。勝手な都合で休んじゃって……別の人にカットして貰っても良かったんだよ?」
「わたしの髪はサンゴさんに切って貰うことに価値があるです。お気になさらずに」
「……そう。ありがと」
サンゴが休んでいた時に彼女が担当する客は皆が復帰まで予約を伸ばしていた。その為、高校一年生であるニチカは普段、休日に予約を入れているのだが、今回は平日の放課後に来て貰っている。
「いやー、ホントに中学の頃にデビュー仕立てのサンゴさんを知れて良かったー。マジで運命の出会い! 今は予約割り込めないくらいギチギチでしょ?」
「……そうだね。新しくあたしを指名してくれるお客さんには……申し訳ないかな」
「皆、僅かな席を狙ってるからね……まさにサバンナ状態だよ」
学校でも、最も予約の取れない美容師としてサンゴの事は女子の話題に度々上がる程だ。
「そう言えば、サンゴさんって彼氏居るんだよね?」
カットをしながらサンゴと会話をするのもニチカの楽しみである。
カッコイイ大人の女性として見ているサンゴのプライベートに平然と踏み込むのは女子高校生故の好奇心と若干の無知が混ざっていた。
そう言う事を聞くに聞けない、サンゴを狙っている他の男性客(一部レズの女客)は一言も逃すまいと二人の会話に全神経を集中する。
夜神さん……情報では彼氏と別れたって話だが……
その彼氏がストーカーになったって噂も……
平然としているけど……きっと傷心してるハズ……
俺が……
僕が……
私が……(レズ)
などと、水面下ではサンゴの隣の席に座る為の熾烈な情報戦が行われてる事など当人は知るよしもなかった。
「……いるよ」
「ホント? なんか、そのストーカーが元カレって噂だけど?」
「……間違っては無いかな」
「じゃあ今、フリー?」
「……ううん。新しい彼氏居るよ」
その言葉に表面上は冷静を装っている盗み聞き客たちは脳内で、
嘘だろー! どこの馬の骨だっ!
恐らく……傷心していた所の夜神さんの心に付け入ったに違いない! くそっ! 僕がもう少し早く夜神さんの様子に気づいていればっ!
興信所を使って調べあげてやるわ! 男なんて性欲の化身よ!
妙な気迫が店内を包むも、サンゴは特に感じ取る事もなくニチカのカットを続ける。
「別れて、新しく出来たって感じ?」
「……そんな感じ」
「じゃあ前から狙ってた人?」
大人の恋に興味津々な年頃であるニチカはズイズイの踏み込む。
「……んー、そうかもね。多分……ずっと昔から……」
「サンゴさんって実はかなりの乙女でしょー」
「……ニチカさんも……恋をすれば解るよ」
表情を崩さない謎多きミステリアスビューティーなサンゴさん。そんなサンゴさんにここまで言わせるなんて、その男の人ってかなりの高スペックなんだろなー
「相手は芸能人とか?」
「……そこからは別料金が必要だからね」
「いくら?」
「……30万円」
「部活やってる高校生には無理!」
そもそも答える気がないと言う事をニチカは察する。一通りのカットが終わり、後ろ髪の様子を鏡で確認。問題ないと告げると席を仰向けに倒されてシャンプーに入る。
「あ、サンゴさんに相談したいことがあるんだ」
「……ん? 髪の毛染める?」
「あ、いや。それは校則違反だからカットだけで。実はお姉の事なんだけど――」
ニチカは姉のイチリが数日前から少しおかしい事を語った。
「走れば脳内ウイルスバスターしたみたいにスッキリするのに、今回に限っては何か難しいみたいで」
「……あたしに出来る助言ある?」
「全然行けるよ! だってお姉、絶対に恋をしてるし!」
「……そうなの?」
シャンプーを終えて水滴が落ちない様に軽く拭いた後に起き上がると、ドライヤーで丁寧に乾かし始める。
「アレは絶対に恋だね! 弟には解らんだろうけど女であるわたしには解るの。相手は……前まで異性として意識して無かった人物……つまり、お姉が“先輩”って慕ってる会社の人!」
「……そこまで解るんだ?」
「だってお姉、その人からLI○E来ると嬉しそうにするし。間違いないよ!」
思春期の女子高校生特有の妄想も混じりつつの断言。ニチカの嬉しそうな様子にサンゴは、
「……ニチカさん。お姉さんの事……凄く好きなんだね」
「え!? あ、そ、そうかなー。まぁ……お姉ってさ、高校生の頃に……好きな人とか誰かに告白されてたとかあったとしても全部諦めてあたし達に時間を費やしてくれたと思うんだよね」
「……良いお姉さんだね」
「そう! お姉はどこに行っても自慢出来るの! だから今回、お姉に宿った恋だけは叶えてあげたいと思うんだ」
これは弟のルイと決めた事だ。今度は自分達が姉を支えてやろう、と。
「だから、お姉にね、サンゴさんの大人目線で助言をして欲しいの!」
「……恋は人各々だと思うけど」
「あぁ、いいのいいの。お姉は自分が恋してる事も自覚してないから。だから、サンゴさんがビシッて言って! それは恋だよ(低音ボイス)……っさ!」
好奇心な所もあるのだろう。しかし、ニチカのイチリに対する純粋な思いをサンゴは汲み取り、協力してあげる事にした。
「……いいよ。でも、今は仕事が忙しいから……週末しか無理だからね」
「全然オーケー! お姉はいつも帰ったら走りに行くし、遅くなったら朝走るから。休日の方が良い。わたしも立ち会えるしさ!」
「……場所はファミレスでいい?」
「『ノータイム』にしよ。あそこ、防音ブースあるし」
週末の土曜日。
「…………」
「…………」
ファミレス『ノータイム』でサンゴとイチリは挨拶もそこそこに互いに顔を合わせて無言になった。
ドリンクバーから飲み物を持ってきたニチカは向かい合って座ったまま硬直する二人に、? と頭に疑問詞を浮かべる。
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