第10話 ……これで……終わりになる?

「…………」


 入ってきたカイトの姿を見て、皆驚いた。(箕輪さんは相変わらずニヤついて首をコキ)

 何故なら顔中痣だらけで、頬に至っては腫れている。金がかかっていそうだった髪の毛は丸坊主にされ服は昨日のままだが装飾品は全部外され、少し煤けている。


「オラ、突っ立ってねぇで言うことあんだろが」

「この度は……本当にすびばぜんでしたぁ!」


 ふらふらと倒れるように床に膝を着けるとオレたちに向かって全力の土下座をしてきた。

 まぁ、ボロボロの姿を現した時からこうなってる事は何となく解っていた。


「席に着きな。いきなり土下座されても話がしづらいだけなんだよ」


 三鷹婆さんの眼は全く変わらない。相変わらずゴミを見るような眼だ。


「よかったな、人間扱いしてくれるってよ。座れ」

「……はい」


 京極に言われてカイトはゆっくり立ち上がると対面側に座った。その後ろに京極は立つ。


「アンタには三つの罪状を突きつける。暴行、恐喝、不法侵入。反論はあるかい?」

「…………ありません」

「そうかい。じゃあ、ソレに加えて夜神珊瑚さんの受けた精神的苦痛による慰謝料を1000万請求するよ」

「ふぇ!? い、1000万!?」


 1000万!? と、声には出さなかったものの、オレとサンゴも驚いて三鷹婆さんを見る。婆さんは眉一つ表情を変えず淡々と続けた。


「彼女の首の傷跡を見てるだろ? 医者も心神喪失による自傷行為であると診断してる。つまり、アンタとの関係のせいでこの子は安心して眠れる夜を過ごせなくなってるのさ」

「…………」


 黙り込むカイトは、後ろに立つ京極から眼に見えそうな程の怒りのオーラを受け、顔が青ざめていた。


「世の中には金で解決できない事は多々ある。彼女の心も金では解決出来ないモノだけど、負担を減らしてやる事は出来るとアタシは考えてる」

「それは、そちらの仰る通りです。本当にすみません」


 京極が少し前に出てこちらに頭を下げてきた。カイトも即座に、すびばぜんでしたぁ!! と机に頭をぶつけん勢いで叫ぶと下げる。


「アンタには残ってる選択肢は二つ。ここで異議申し立てを行って後に裁判をやるか、この場で示談金1000万の署名にサインするか」


 三鷹婆さんはスッ、とマジで“1000万”と記載印刷された示談書をカイト側へ差し出した。

 三桁って言ってたのに……冗談じゃなくて桁一つ増えてる。しかも、一括請求以外は認めない旨も記載されていた。これもエグいな。


「どっちか選びな」

「…………1000万……払わせて下さい……」


 京極の無言の圧もあってか、変にもつれる事なくカイトは示談書にサインをした。しっかりと拇印も押して資料を受け取り、三鷹婆さんは他にもサンゴへの接近禁止に関する書類にもサインさせた。


「他に記載する書類はありますか?」

「問題ないよ。振込みは一週間以内だからね」

「だとよ。返事しろ」

「……はい」


 すると、京極は改めて前に出るとサンゴに向けて深々と頭を下げる。


「本当に済まなかった」

「……これで……終わりになる?」

「アンタの視界にコイツは二度と入れさせない」


 その言葉にカイトは無言で俯いてビクっとしていた。


「次行くぞ」

「は、はい!」


 1000万の借金に絶望から停止していたカイトは京極の言葉に無理矢理席から立ち上がってその背中に続く。

 次って……おいおいまさか……


「――――」


 京極は後ろ目でオレを見ると軽く手を上げて会議室を出て行った。






「よし、これで後の手続きはこっちでやるよ」


 三鷹婆さんはサンゴの記載が必要な資料を纏めると、片付け始めた。


「話の解る相手で助かりやしたね~」

「『極北会』は今、荒波を立てたくないのさ。どんな些細な事でもね」

「なんか……やり方がえげつなかったですね……1000万って……」


 箕輪さんと三鷹婆さんにオレはそれとなく質問する。


「カイトの件は前々からアタシらがマークしてたんだよ」

「え?」

「ウチの会社の身内が被害にあっててなぁ~。調べたら芋がゴロゴロだったぜぇ」


 箕輪さんが首をコキと鳴らしながらニヤける。


「そしたら義光よしみつから連絡を貰ってね。珊瑚の件を調べたら一刻の猶予もなかったのさ」

「ケケケ。今頃、国尾と真田のおやっさんと煙家にもイジメられてるぜぇ」


 なんか……別にヤベー奴らが動いてるのか。こっちの方がヤクザみたいだ。


「……1000万は……」

「アレは後々の事を考えて金額を引き上げたのさ。カイトは貯金も結構あるヤツだったからね。簡単に返済できる金額なら屁でもない。二度と表に出て来れない額にしたんだよ」

「でも払えなかったら自己破産とかで逃げられません?」

「そこは京極玲二が見てるだろう。会って見てハッキリしたよ。ヤツは筋を通す。裏に精通してるなら借金を返す方法には事欠かないハズさ」


 そこまで計算しての1000万か。なんと言うか人間の心理を完全に掌握した動きだ。


「って事は、カイトがボコボコで来る事も予想済み?」

「ボコボコじゃなかったら、京極玲二はそこまでの男って事さ」


 三鷹婆さんは資料を片付けてファイルに仕舞うとハットを被る。


「…………箕輪さんは……」

「俺のかぁ? 俺は奴らが向かってきた時の抑え役だぜぇ。ケケケ」

「同席させた手前、万が一にもアンタらに怪我をさせるワケには行かないからね。念のためさ」


 暴力行使による訴えも想定してたのか。二人は只の弁護士のハズだよな? どんな修羅場を潜ってきたんだろう……


「珊瑚。アンタにはこれから大金が入るからね。それで、自分の今後を少しでも安らげる使い方をしな」

「……はい」

「琥珀」


 三鷹婆さんはオレには視線を向けず背中で語る。


「珊瑚を泣かせたらアンタには五桁を請求するからね。覚えときな」

「――三鷹さんって冗談言います?」

「言わねぇぜ~。ケケケ」


 それだけを言い残すと、三鷹婆さんと箕輪さんは会議室を出て行った。


「……コハクさん。帰ろ?」

「だな。ビスケットのご機嫌取りプランを詰めねぇと」


 今日はこっちの方が難題になりそうだ。






『よぉ、久しぶりだな。てか就職したなら連絡しろって。普通に座っててびっくりしたぜ』

「仕事が忙しくてな。ホントに休みが珍しいくらいのブラックに勤務中だ」

『辞めちまえよ。こっちでイイトコに囲ってやるぜ?』

「遠慮しとく。忙しい方が思い出さなくて・・・・・・済む。それよりも、オレはお前が敬語を使って人に頭を下げるヤツになってることに驚きだ」

『うるせぇぞ、クソ野郎』

「褒めてんだよ、クソ野郎」

『……ったく。お前は変わらねぇなぁ。……頭痛はまだ続いてんのか?』

「これでも前よりはマシになったんだぜ? 人間関係も……オレを知る奴は誰も居ない真っサラだしな」

『お前が良いならそれで良いけどな。ホントにヤバくなったらマジで頼れよ?』

「そん時はな。そういや、カイトのヤツはどうなったんだ?」

『アイツはその後に三人の女から各々1000万ずつ請求された。いや……一人は1500万だったか。まぁ、50年船に乗るのは変わんねぇし』

「懲役かよ」

『まだネットと自由時間がある環境に身を置けるだけマシだぜ? まぁ、陸には上がれねぇけどな』

「それなら脱走の心配も無さそうだな」

『まぁ、お前がついてる彼女は大丈夫だろ。クセがありそうな感じだが、お前ってああ言うのが好みだったのか?』

「……ちょっとな。ダブったんだ」

『それならちゃんとお前の地元の事を話した方が良いんじゃね?』

「まぁ、その内な。まだ帰るにはちょっと決心がつかねぇ」

『別に社会から弾かれても居場所くらいなら、いくらでも俺が用意してやるよ』

「あんまりオレに構うなって。お前も大変だろ?」

『今、組織の若返りをやってんだ。やりがいがあるよ。院から出た奴らも何人か囲ってるし、本当に行き場が無くなったら連絡しろ。皆歓迎する』

「今は良いよ。オレが気にかけるのは社畜生活とサンゴとビスケットで一杯一杯だ」

『少しは欲が増えたじゃねぇか。じゃあな、トラ』

「捕まったなんてニュースでお前の名前を見せるなよ、レイジ」


 オレはアパートのベランダでしていた電話を切ると部屋の中に戻る。


「……話、長かったね」


 膝の上にまるまっているビスケットを撫でながらサンゴが言葉を飛ばしてくる。


「まぁな」

「……親しい友達?」

「なんでそう思う?」

「……コハクさん……嬉しそうだから」

「そうか? けど、アイツは“友達”じゃない」


 そう言ってオレはサンゴの隣に座る。


「……じゃあ誰?」

「オレの兄弟」

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