第43話 すぐそこにいた
何が起きているのか全くわからない。まぶしくて目を閉じて、ただ耳に聞こえる音だけを聞いている。
けれどレイシーの手のぬくもりがあったから不安はなかった。それに集中し、ただ、今起きていることが終わることを待った。
(……静かに、なった?)
どれぐらいが経ったのか。ふとした時には周囲から物音はなくなっていた。
(……風?)
合わせて感じるのは、今まで感じていた湿った土の臭いではなく、日を浴びた大地の匂いだ。肺が綺麗な空気に満たされ、全身の神経が和らいでいく。深呼吸をすると涙が出そうなくらい、心が打ち震えた。
「レイシー……?」
手はつながれたまま……だが目を開けるのが少し怖い。何があったのか、何が起きたのか。レイシーはどうなったのか。確かめるのが怖いが……確かめなくては。
「はい、ラズ様」
声と手の力強さで返事をするレイシーに、彼がそこにいることを知らされる。ホッとする影に、やはり怖さがある。
レイシーはそんな自分の恐怖を和らげるように、優しい声で言った。
「俺はいますよ。だから目を開けてください」
レイシーに促され、一呼吸置いてから震えるまぶたを持ち上げる。
すると少し開けたまぶたの隙間から、明るすぎる光が差し込む。
「ここは……」
慣れない明るさに、まぶたが開くのを拒んでいるが、ゆっくりと、ゆっくりと持ち上げる。今までいた暗闇とは真反対、日差しが当たる大地の上だった。
「地上に出ました」
あんなに穴の中をさまよっていたのに、こんな簡単に出られるとは。なんだよ、こんなことができるなら早くやればいいのに……なんて思ったりはしない。
「――っ」
まだ、まぶたが思うように動かないが“彼”に何が起きたのかは、はっきりとわかる。
レイシーの両目が“閉じられている”のは日光がまぶしいからではない。地下からの脱出に感動して涙が出そうだから閉じているわけでもない。
レイシーは、まぶたが“開かない”状態で笑った。
「やっぱり日の下が一番ですね。空気が気持ち良いや」
その状態を苦とも思っていないかのような笑顔。己の選択は間違っていないという自信を感じさせる。
「ラズ様、穴の中にいた大地の民達は……多分、成仏できたと思います。嫌な気配は消えましたから。後は――」
「レイシーッ、なんでそこまでっ……なんで両目を犠牲にしてまでっ」
エイリスと同じように。両目を失ってしまった。あの天色の美しい瞳が。
だがレイシーは「違います」と毅然とした態度を見せる。
「確かに俺の両目はもう見えないでしょう。でも無駄には終わっていません。今まで苦しんで生かされていた多くの同じ血を持つ者を供養できたんです。あなたのことも、こうして太陽の下に出すことができました。あなたの呪いもきっと、もうじき消えます」
「だけどっ……」
こうなったのは全てカルストのせい、この血のせいだ。大地の民のことも、レイシーのことも。強く唇を噛み締めていると「ラズ様」と優しい声音。
「あなたは俺を救ってくれました。俺はあなたのためなら、なんでもできます。それに命はこうしてある。目はなくても、あなたを愛することはできるんです。まぁ、仕事をうまくやるにはコツをつかまないとでしょうけど、俺なら大丈夫ですから」
レイシーの優しい言葉に全身が震えた。彼のことは確かに助けた。だからと言って、その恩を返して欲しいと思ったことはない。小さい頃の彼は自分にとっては年の近い友人で。成長してからは、いつもそばにいてくれる親友で。大人になった今では想いを通わせる相手となった。
これからもそばにはいられる、そう……離れることはないのだ。
「……レイシー、あらためて礼を言う……ありがとう。君はとても素晴らしい人だ。そして俺は君が大好きだ」
「えー、本当ですか? では一生、大事にしてくれますか? ……ふふ、なんて。それだと今度は俺が呪いかけているみたいですね」
目を閉じながらレイシーは、ふざけたようにニヤリと笑う。呪いと言われ、背筋に穏やかでないものを感じていると。
「……でもレイシー、呪いはまだ終わっていないだろ?」
肝心の存在を、まだ見つけていない。呪いの元となった存在――エイリスの愛しい人を。
「それはご心配には及びません」
レイシーは今度は穏やかな笑みを浮かべる。
「ラズ様、俺をあそこに連れて行ってください」
「あそこ?」
レイシーが指差した方向には巨大化した家宝の石がある。依然として大地の民の大穴の上に乗ったままだが。
「まさか……」
「はい、行きましょう。大丈夫、目は見えなくても俺はあなたを守れますから」
たくましい言葉だ。そう言われたら行くしかない。
レイシーの手を引き、彼と共に巨石の元へ向かう。ずっと自分の手元にあり、何度もタイムリープをしてくれた不思議な力がある石。
(タイムリープ……か)
もしかしたら、ずっとエイリスを探していたのかもしれない。会えるまで何度も何度も、やり直す力は、きっとそのために――。
「……悪いことをしてしまった」
目の前にある巨石を二人で見上げ、深く息をつく。彼の愛の深さを思うと、この身が憎くもなる。
「ラズ様のせいではないです。それに、これで彼はずっとエイリスといられますから」
レイシーと手をつなぎ、反対の手では互いに天色の石を持つ。石はこの時を喜んでいるかのように、ほのかなあたたかさを放っている。
「……いくぞ」
「はい」
レイシーとうなずき合い、同時に巨石に手を触れる。
巨石が震え、亀裂が走り。
天色の石はさらに熱を持ち。
巨石がガラガラと音を立て、割れた。
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