小さい魔法使いと大きい魔法使い

第22話 酔いからの暴露

(……へ?)


 自分は彼から何を言われているのか。

 彼から出るとは思わなかった言葉に、口の中が一気に乾き、鼓動は振り切れてしまいそうなほどに速くなってくる。


(好き? ……好き? レイシーが?)


 冗談だろうと言ってやりたいところだが。今さっきも考えたように、ここでまた無理やり彼を引き剥がしたら、また傷つけてしまうかも。

 いや、それとも告白これは傷つけたことへの腹いせだったりするのか。

 ……いやいや、レイシーはそんな冗談にならない嫌がらせはしたりしないし、さっきもヤミナの前で堂々と『自分を守る』と宣言したばかりだ。


(じょ、冗談なのか、どうかわからないぞっ)


 ではなんて返すべきか。内心、大混乱の自分を真上から見下ろし、レイシーはフッと笑みを浮かべる。


「ラズ様、嘘だろ、とか思ってるでしょ……嘘なんか言いません。俺はラズ様が大好きです。この前も言いましたよね、俺から離れたら嫌だと。もう離れたくないと……そう言う意味もあるんですよ」


 レイシーは流暢に話しているが彼の息からは微かなワインの匂いがし、酒が苦手な自分は匂いで酔ってしまいそうだ。このまま酔って記憶を失った方が精神的に楽なのでは、とも思う。


「ラズ様は俺のこと、どう思ってるんですか」


「ど、どうって」


 この距離で、そして本人を目の前にして非常に答え難い質問だ。どう答えたらいいか、迷って口が震えてくる。


(お、俺、俺は……)


 彼はずっと自分の世話人だ。過去、奴隷だった彼を助けた頃からの付き合いだ。身分は違えど、そんなものは全く気にしていない家族のようなもの。年が下だから弟のようであり、忠誠心に溢れた従者であり、自分の全てを知る人物であり。今は自分を守ってくれる存在。

 妙な気持ちは抱いていなかったのに。


(でも、ここに来てからの距離感は変なんだ。寝ながら抱きしめてきたり、剣を振るって守ってくれたり……彼を見てると、俺は、その――)


 ここ最近の彼は違う。触れられていると胸が高鳴り、剣を振るう勇ましい姿は怖くも魅惑的で夢中になってしまうものがある。


 自分が答えないことにじれったく思ったのか、レイシーはさらに耳元に顔を近づけ「教えて下さい」とねだるように言う。

 これには鳥肌が立ち、変な声が出そうでラズは唇を噛んだ。頭の中が沸騰しそうなほどに熱くてたまらない。

 だが彼のことを全く意識していないと言えば嘘になるし、こうしているのは嫌ではないのだ。


(だけど、なんて答えたら……ひっ――!)


 何も答えないでいたら、さらにレイシーはたたみかけるように動いた。頬に感じるやわらかな感触。レイシーは温度のある唇を頬に当ててきた。キス、というやつだ。鳥肌はさらに増し、身体の奥底に熱が生まれ、全身がしびれてくる。


「ラズ様、大好きです。あなたが何度、石の力を使い、俺から離れても。俺はあなたを見つけ出しますから」


「そ、それを――!?」


 彼には驚かされてばかりだ。同時に(やはり知っていたのか)という合点がいく。タイムリープを繰り返して逃げた先で、レイシーは決まって自分を見つけてきたのだ。彼が見つけ、大穴が生まれ、そしてまた逃げ出す……その繰り返しだった。

 穴の原因がレイシーにあるのでは、と考えたこともあるが、今回のことでカルスト家である自分が原因だとわかった。それでも、なぜいつも彼が追いかけてくるのか、それが謎だったから。


「知ってたん、だな……」


「はい、もちろん。あなたが最初、石を見つけた時から知っています。初めてタイムリープしたのって、実は好きな子に振られた時でしたよね。あなたが私欲で石の力を使ったのはあれが最初で最後でしたね」


(そんなことまで知っているのか!)


 レイシーを見上げながら、ラズの口はあんぐりしてしまった。彼の言う通り、屋敷の中で石を見つけたものの、特別な力があるとは全く知らず。ただちょっと好意を抱いていた人物に恋人ができてしまって『時を戻したいっ』と嘆いていたら石が光り、時が戻ったことがある。その時に石の力を知り、今後は使うまいと自室にしまい込んでいたのだ。


 そんな過去を暴露されている中、レイシーは耳元でフフッと笑う。


「好きな子に振られた時のラズ様、かわいかったですけどね」


「な、何言ってんだ! もう数年前のことだ」


「せっかく時を戻したのに、ラズ様はその子を思って何も行動はしなかった。今思うと、もったいなくなかったですか?」


「ほ、他の人に好意を抱いていたんだ! そんな人を無理強いはできないだろっ」


 あらためて突きつけられると恥ずかしい思い出だ。ただのフられ話を、この場でしなければならないとは。


「ラズ様は優しいですよね。だから俺、ラズ様が大好きなんですよ」


 再び会話が振り出しに戻った気がする。

 ずっと鼓動がフル回転で、頭がおかしくなりそうだが、この場から逃げ出すすべがわからない。


「ラズ様」


 わざと声を小さくし、耳元でささやかれる。レイシーは絶対にわざとやっている。


「ねぇ、ラズ様」


「な、なんなんだよ、早く言えよっ」


「じゃあ言いますけど。俺だけのラズ様に、なってくれませんか?」


「……はぁっ!?」


 全身が硬直。息が止まりそうだ。

 これにはどう答えるのが正解なのか、答えがわかるなら教えてほしい。


「ラズ様、聞いてます?」


「ちょ、ちょ――」


 顔を上げていたレイシーが、再び顔を近づけてきた。


(ま、ま、まて――)


 もうダメだ、とラズは目を閉じた。

 唇にあたたかな感触がくる……それを覚悟する。レイシーのことは嫌いじゃない。だからキスを拒む理由もない。彼がキスしたいなら、それでいいや……なんて考えていたら。


「…………くぅ」


「……くぅ?」


 唇ではなくて全身に重みがやってきた。レイシーが力を抜いたようだ。彼の頭は再び自分の顔の横に来たが、ベッドに額を押し当てている。


「レイシー? ……はぁっ!?」


 ラズの声が全力で裏返る。なぜならすぐ間近から聞こえてくるのは寝息であり、あとは待てども魅惑的な言葉が聞こえてこなかったから。


(な、な、な……)


 このまま意識を失いたくなった。

 しかし誰かにこれを見られたらとても気まずい。そう思いつつもしばらく動く気にはなれなかった。

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