第15話 ハルーラがぶっ飛ばす

 行き着いた先は闇だった。真っ暗で何も見えないし、今さっきまであたたかったのが一気に冷え、身体を縮こませるくらいに寒い。それよりも自分がどうなったのかもよくわからない状況だ。


「……二人共、いるのか?」


 ラズが声をかけると二人の返事が聞こえ、それだけでホッとした。


「……ハルーラ、またやったな」


 あはは〜とハルーラは笑っている。笑いごとじゃないのだが、こうなることを承知したのは自分達なので、こうして無事でいることだけを良しとしておこう。

 そんなことを思っていると、急に視界が明るくなった。レイシーが用意していた松明に明かりをつけたのだ。


(というか、いつの間にかレイシーの背中にたくさん道具が入ったような道具袋が背負われているんだが……)


 用意周到な世話人。さすがだと心の中でつぶやく。


「ラズ様、これを」


「あ、あぁ、どうも」


 レイシーに手渡されたのは鞘に収まった短剣だ。松明の火が反射し、鞘が黒々とツヤのある輝きを見せている。


「ずいぶん、色々持ってるんだな」


「ラズ様の世話は俺の務めですからね。一応非常食も持ってますけど、今日はある程度調べたら戻りたいですね」


 そんな安全安心なスケジュールができるだろうか。ラズの疑問は「大丈夫だよ〜ボクの魔法でまた地上に戻れるから」という明るい返答にすぐ消される。


「……そんな簡単にできるのか」


 今まで避けてきた大穴の中に自ら挑んだのも、そこから簡単に戻れると言われるのも、どちらも予想外だ。自分がどれだけ、今まで恐怖して逃げてきたことか。そこまで危惧することではなかったのかもしれない。


「ラズ様、ここ、多分まだそんなに深い場所じゃないです。空気が、さっき俺が潜ってきたくらいな湿りな気がします。だからセネカさん達がいる可能性もあります」


 空気の湿り気……そんなので深度がわかるのか、唖然。自分の知識量はまだまだのようだ。

 ふと周囲を見てみるが天井は松明を照らしてみても見えず、ずっと奥まで黒が広がっている。横は岩壁だ。黒い頑丈そうな岩壁がずっと続いている。先程レイシーが『横穴だらけ』と言っていたから、おそらく横穴の一つだ……まだ上層の。


「ハルーラ、変な生き物の気配とかないか?」


「は〜い、ちょっと待ってね」


 ハルーラも杖をコンッと地面につき、先端の青い石を光らせた。青い光の元、ハルーラの瞳も青白く映るが、表情はのほほんとしたものだ。


「ん〜よくわからないけど、多分大丈夫。いるとすれば、わりと近くに人の気配?」


「……わりと、近く?」


 その言葉は魔物がいる並に背筋がゾッとする。息を飲み、視線を動かした、その時――。


「ラズ様っ!」


「わぁっ!」


 突然、レイシーに腕を引っ張られ、ラズの身体が移動した。そこへ闇の空間を裂くように現れたのは――ほんの一瞬の出来事だったが、こんな空間に稲妻が現れた。ものすごいズシンとした轟音が遅れて鳴り響き、とっさに耳を塞いだが振動で身体がビリビリした。


「レイシーッ!」


「こちらへ!」


 腕をつかまれたまま、ラズはレイシーの背後へ。合わせてハルーラが杖の先に光の玉を生み出すと、それを“稲妻を放ったであろう”人物の元へ投げつけていた。


「ちょっと〜! シリシラッ! いくらなんでもやり過ぎだよっ! ホントにキライになるよっ!?」


「ちっ! ハルーラ、んなこと言うなよなっ!」


 光の玉は、そう叫んだ男によって素手でキャッチされていた。光によって照らされた男は、やはり見知った相手だ。


「シリシラッ!」


 空間に溶け込む黒い上下の衣服に赤い短髪。ハルーラと同じ青い瞳。一見魔法使いらしくない出で立ちだが、彼も魔法使い。そしてハルーラの兄だ。


「お前、いつもそいつと一緒にいやがって! そんな成金反面教師野郎といんじゃねぇよ!」


「誰が成金反面教師野郎だ!」


 シリシラはいつもそう、何かと自分を目の敵にして暴言を吐き、なんらかの妨害をしてくる。その理由はもちろん――。


「弟が悪いやつにだまされようとしてるんだ! それを兄として止めて何が悪いっ!」


「ボクはだまされてなんかいないの〜! 何度言ったらわかるの〜!」


 こんなところで勃発の兄弟ケンカ。シリシラは弟を異常なほど溺愛しており、そんな弟に慕われている自分が気に食わないのだ。


「ラズさまは悪い人じゃないの〜! ボク、大好きなんだからっ!」


「ハルーラ、目を覚ませよ! カルスト家の人間は昔は民を虐げてきたと言われてんだぞ!」


 それも、シリシラだけが言っていること。証拠はないのだが、それを聞く度にラズの胸はズキッと痛む。


「そんなの、シリシラの妄想だよ〜! ラズさまはそんなことしてない! 誰よりもみんなのために動いている人なんだよ〜! もう、いい加減にしてよ〜!」


 ハルーラはイライラが限界に達したのか、杖を掲げ、空間をかき混ぜるように振り回した。

 すると風が起き始める。やわらかな風が、だんだんと服を舞い上げ、レイシーの持つ松明の火を消す。


「ま、待てよ、ハルーラ!」


 シリシラは慌てて光の玉を握りつぶすと何かの魔法を使おうとした。シリシラの方が魔力は上なことはわかっている。

 だが彼が魔法でハルーラに負けるところも何度か見ている。その時はいつもハルーラを怒らせ、イライラマックスな時だ。


「もう、シリシラは邪魔っ! どっか行って〜!」


 ひときわ強い風――ラズは片目を閉じながら周囲の様子を見る。


「わわわ! ハルーラ、よせぇっ!」


 自分やレイシーは風にあおられるだけだが、シリシラは今にも身体が飛ばされそうに、下からの風をくらっている。というか、こんな強風で穴が壊れないかも心配なのだが。


「飛んでけ〜!」


 ハルーラの声と共に、シリシラはなすすべなく、真上に広がる闇の中へ……おそらく、ずっと上は地上に通じていると思われる。

 ちょっとかわいそうだな。なんて同情している間に、辺りの風は止み、また静かな空間となった。


「……やれやれ、松明が一本ムダになってしまいました」


 レイシーがため息をつきながら、次の松明に火を灯していた。

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