第11話 頼って下さい

 自分はカルスト家の領主だ。領民を守る義務があり、自分もこの血筋に誇りを持って生きていた。父が亡くなってからは新たな領主と任命されて『領民のために行動していこう』と心に決め、それを行ってきたつもりだ。


 だがそれも大穴によって全てが変わった。もうどれぐらい前のことだろう。

 ある日、突然それは現れ、全てを飲み込んだ。飲み込まれた先は完全なる闇。光はなく、ただ一緒に飲まれた人々の悲鳴がこだまするのみ。

 そんな闇の中で持っていた家宝の石の力を思い出し、無我夢中で祈った。石の力のおかげで全ては飲み込まれる数ヶ月前に戻った時は心の底から安堵したものだ。


 戻る時間は必ず自分がカルスト家の執務室で日差しを浴びて過ごしている時だ。これからも領主として生きることに――幸せに満たされている時に。

 今度こそは大穴をなんとかしよう!

 そう決意して、やり直した時を進んではみるが結末はいつも同じになってしまう……皮肉だ。なんでこうもうまくいかないのだろう。


(これから、どうしよう……)


 結局、またこうなってしまった。闇に包まれ、目の前は何も見えず。身体がフワフワしている。

 大穴に吸い込まれた瞬間、全てが終わったと感じた。もうタイムリープはできない、戻れない。このまま、この結末に飲まれていくしかない。

 大穴の中は水中を漂っているように何も感覚がない。暗い水の底へ、ゆっくりと沈んでいくようで……これで終わりと思えば逆に心地が良かった。


(あぁ、でもそうか。今回は飲み込まれたのは俺だけじゃないか。みんなは、多分……大丈夫だよな? 俺だけで済むんだよな?)


 誰にとも言えず、ラズは頭の中で問う。手を動かしても何も触れない。声を出しても出している感じがない。意識だけがまだあり、考えることはできる。


(俺だけで済むなら……でもレイシー、怒るかなぁ)


 ずっと支えてくれた彼のことを思うと。こんな突然の別れで申し訳なく思う。


(でもレイシー、君はこれで俺の元を離れられるぞ……それでいいんじゃないかな)


 想像したら、レイシーが『何言ってるんですか!』と形の良い眉を曲げて怒っていた。


『ラズ様はいつもそう! 一人でなんとかしようとします! 俺はラズ様から離れません! だから頼って下さい! あなたからは絶対に離れません!』


 レイシーが本当に怒っているような、そんな気がした。暗闇の中で感じる幻聴だ。

 それでもラズは何かをつかもうと手を伸ばした。まだ頭のどこかでは抗おうとする気持ちはあるようだ。


(俺だって嫌だよ、このまま死ぬのは)


 何かを。何かをつかみたい。

 この未来を変えたい。

 レイシーに会いたいっ。


(レイシーッ――!)


 その時だった。ほんのかすかな指ざわり。だが神経が研ぎ澄まされた今ならわかる。夢中で何かをつかもうとした指先が、ほんのかすかな、何かに触れたことが。


(――っ!?)


 全身に力を入れ、身体をバネのように動かして触れたものに手を伸ばした。

 すると今度は手のひらに感触があった。


(何か、ある!)


 離すまいとそれを思い切りつかみ、引き寄せた。何かは抗いもせず、スッと自分の方へとやってきた――いつも感じる、この気配、匂い……これは、この存在は――。


『きっとまた――に会えることを、信じています』






 自分はまだ暗闇の中にいる。

 ここはどこだ、穴の奥底か? 何がどうなった? 身体が動かない……いや、動く?

 試しに手足を動かしてみる。手足は問題なく動くが、何かが後ろから背中を捕まえていて上半身は動かせない。背中からは生き物の息づかいを感じ、生きている体温を感じる。


(な、何が、後ろに……?)


 後ろにいる存在は、どうこうすることもなく、ただ息をして自分を抱きしめている。多少身じろいでみると、さらにギュッと力を入れられたが苦しいわけではなく、命の危機を感じるわけでもない。むしろ安心した。


(誰……)


 恐る恐るラズは胸の前にある腕らしきものに触れてみる。硬い腕は鍛えられているようだ。その硬さを指で確かめていたら背後の存在は抱擁を解かないまま、動いた。


「ラズ様」


 小さな呼び声だが、その呼び方だけで後ろに誰がいるのかわかった。なんで、と思っていると彼は離すまいとするように腕に力を入れ、後頭部に顔をうずめてきた。


「大丈夫ですか」


 ……大丈夫? 何が? そしてなんで、こんなことになっている?


 彼は自分の存在を確かめるように深く息を吸い、口からゆっくりと吐いていた。空気が吸い込まれた時、自分も彼の中に取り込まれてしまいそうな……自分が消えそうな存在になっているような、そんな気にさせた。


(――っ)


 何かを言いたいのだが言葉が出ず、詰まりかけた空気だけがクッとのどから出て、顔が熱くなってくる。彼はなぜ自分を抱きしめ、自分の匂いを感じているのか。まだ意識がぼんやりしているが、恋人同士がやるような行為に恥ずかしさが生まれてくる。


 辺りはどうなっているのか。それを確かめようとラズは薄く目を開けてみる。そこは見覚えのある薄茶色の布に覆われたテントの中。視界には布の他、この地にやってくる時に持ってきた荷物やカバンが散らかっている。


(夜、なのか?)


 テント内には、ほんのり光るランプが置いてあるが布の向こう側は暗いようだ。この後ろにいる彼を探してあちこちを見て回り、見つからなくて、いつの間にか日も傾き――。

 そして、あの大穴に飲み込まれたような。

 だがテントにいるということは、あれは夢であったのか。そっと自身の腕を持ち上げてみると、しっかり手指が見え、動いている。


(夢? ……だがあの大穴の中で、指先に触れ、つかんだんだよな……彼の腕を)


 では彼に助けられたのか、そんなバカな。もしかしたら、こうしているのも夢なのかもしれない。何が夢なのか、現実なのか。過去なのか未来なのか。


「夢……なぁ、レイシー……これは夢、なのか……?」


 混乱している頭。夢と現実がわからない。

 わからない現状に、だんだんと不安が募り、気づけば涙が出ていた。心細くて身体も震えた。

 自分はみんなが大穴に飲み込まれることから助けたいだけだ。そう思っているが結局何も解決ができていない。大穴に飲み込まれる瞬間がいつも怖い、本当に怖い。大穴はいつも自分を追い詰めているようにも感じるのだ。


「レイシー……俺は……」


「ラズ様」


 優しい声色と共に、自分のまぶたにあたたかいものが覆う。レイシーの手だ。あたたかい皮膚に目がじんわりとして細いため息が出てしまう。


「ラズ様、大丈夫です。あなたのことは俺が守ります……だから安心して眠ってください。大丈夫です。もっと俺を頼って下さい」


「レイシー……」


 あたたかい手。いや、熱いくらいだ。けれど手のひらから伝わる優しさが自分の中にある不安を取り除いてくれている。


「あったかいな……」


「おやすみなさい、ラズ様――」


 その言葉は自分を心底安心させると共に、眠りへと誘ってくれた。

 沈みゆく意識の中で考える。


『きっとまた――に会えることを、信じています』


 大穴の底で聞いたような、優しい声は誰のものなのか。

 そして、どこか――わりと近くで。


「もうどこにも行かないでくださいね」


 切望するような、そんな言葉が聞こえたのは気のせいだったのだろうか。

 確かめるすべはなく、意識は沈む。どうか次も目が覚めますように。そう願って胸の前にある腕をギュッとつかんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る