第6話ー生命の灯火が消えて私は


 しかし幸いなことに私達は生きていたのだ。

 逃げ行く人の荒波に飲まれそうになっても、手を離さない限り二人は一緒に居られた。

 赤が周りを包み込み、黒が周りに跋扈し、灰色が光を遮断した。

 赤と黒と灰色の世界。

 そんな世界を二人で駆けた。


―――

 

嫌じゃ嫌だ!!嫌じゃ嫌だ!!まだ死にとうない死にたくない!!うちゃ私はやすちゃんとまだこれからも生きるんじゃ生きるんだ!!」


「ゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ……」


どしたんどうしたのやすちゃん!?」


「んーん。ちいとちょっと咳き込んでしもうたじゃっただけじゃけぇだからしゃーなーよ大丈夫だよ


 二人で走ると、やすちゃんは辛そうに咳き込んだ。

 健康なやすちゃんが咳き込んだのは、辺りに充満していた毒の所為だった。

 しかし、うち達には止まっている暇なんてない。

 だから小さくて弱々しい子どもの體で精一杯走った。

 死にたくなんてないから。


―――

 

 当時の光景を地獄と名状するならば、言葉通り神も仏も居ないのだろう。

 精一杯無我夢中で走っていた私は気づかなかったのだ。

 私が走っていた左横の建物が崩れ掛けていたのを……。

 

「危ない!やすちゃん!!」


 のりちゃんが私を突き飛ばした。


「えっ……………………?」


 私が咄嗟に後ろを振り向くと、のりちゃんはニコリと微笑んで、死んだ。


「は……………………?」


 ──私は何も考えられなくなった。

 ──私は何も感じられなくなった。

 ──私は何も聞こえれなくなった。

 ──私の瞳から光が消えた。

 ──私の體から力が抜けた。

 そんな私は、ただ呆然と突っ立っていた。


「…………………………。」

 

 建物の残骸から、のりちゃんの手が出ていたのだ。

 だから私は、ただ、その手を握った。

 その手を触れていると、先程まで互いに生を実感していた体温が薄れていった。

 まるで、本当に生命の灯火が弱まっている様だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る