第35話 「だいすき」




 会えると思っていなかった相手が、目の前にいる。

 嬉しい。嬉しくて、涙が止まらない。


 言いたいこと、話したいことが沢山あるのに、言葉にならない。

 私が泣いていると、けーごがフラフラと立ち上がってゆっくりと近付いてきた。


「……やっぱり、呉羽なんだな」

「ん……うん……」

「……えっと……悪い、なんて言えばいいのか……全然言葉が出てこない」


 けーごが頭をがしがしと掻いた。

 ああ。本当にけーごだ。けーごが、目の前にいる。私の前にいる。私に話しかけてくれてる。


「あ、あの……私……」

「うん?」

「ご、ごめ、ごめん、なさい……うそ、ついて……」

「……それは、俺の方こそ……本当はあんな言葉遣いじゃねーし、性格も良くない……変にキャラ作って、悪かった」

「きゃら? けーごは、けーごだよ」

「……あー、そっか。そういうのも、わかんねーか。なんか、本当に俺バカみたいだな」


 けーごは吹き出すように笑った。

 何を言ってるのか分からないけど、笑ってくれてるのが嬉しい。顔を見て話せるって、凄く良いな。


「あのさ、なんで……メール、終わりなんだ」

「……えっと、あの……けーたい、使えなくなった。じ、じゅうでん? ってやつ、無くて」

「充電? 充電器とか……」

「苓祁兄がなんか持ってきてくれたけど、駄目だった……元々、けーたい拾ったやつで……」

「は?」


 私はけーたいを拾って、それで偶然けーごにめーるが送れてしまったことを説明した。

 けーごは途中で首を傾げたりしてたけど、信じてもらえるかな。

 一応、もう動かないけどけーたいも見せた。


「……なんか、さっきから色々ありすぎてどう噛み砕いていいのか分かんねーけど……まぁ、お前が嫌になってやめたんじゃないのが分かったから、いいや」

「いい、嫌なんかじゃない! 私はずっとけーごとめーるしたかったよ。ずっと……けーごとお話したかった……」

「わ、わかったわかった。お前のそういう直球の言葉、慣れないから恥ずかしいんだよ……」


 けーごが顔を赤くして視線を反らした。

 直球の言葉ってどういう意味だろう。私、変なこと言ってるのかな。


「……その、呉羽は鬼……なんだよな」

「う、うん」

「……そっか。あのさ、お前には悪いんだけど……まだ俺、飲み込めていないというか、完全には信じきれてないって言うか……怖くないと言えば嘘にもなるんだけど……」

「そ、そう、だよね……」

「いや、でもお前が嘘をついてるとは思ってない。俺は呉羽の言葉を疑うつもりはないし、お前から逃げたくもない」


 けーごが、真っ直ぐ私の目を見ていってくれた。

 苓祁兄にあんなことされて、普通なら私のことも怖がってもいいのに。逃げたっておかしくないのに、けーごは私のことを信じてくれるんだ。

 やっぱり、けーごは優しい。めーるで話してたときと何も変わらない。


「……だから、その……呉羽はあの男みたいに外に出られるのか?」

「う、ううん……私は、まだ苓祁兄みたいに力の制御がちゃんと出来ないから里から出ることは……」

「力の制御って?」

「私たち鬼は強い力を持ってるから、ちゃんと制御できないと人間に怪我させちゃうって……苓祁兄が言ってた」

「そうなのか……その携帯、壊れてないけどそれが特別頑丈ってことなのか?」

「え?」

「え、いや……さっきから携帯を握り締めてるけど平気そうだったから……」


 そういえば、そうだ。

 私、このけーたい普通に使えてた。

 あ、そうだ。前に苓祁兄が変なこと言ってた。私が自覚しないと駄目とかなんとか。もしかして、これのことだったのかな。

 無自覚だった。逆に意識すると力んでしまう。そういうことだったんだ。私、もう制御できていたんだ。


「……そ、っか。そうなんだ。けーご、すごい。私、気付かなかった」

「そ、そうか? まぁ、よく分かんないけど良かったな」

「うん。でも、やっぱりまだ外に出るのは怖いよ……私は、人間のこともよく分からないし……」

「……だったら、俺が教える」

「え……」

「俺に教えてやれることはそんなに無いかもしれないけど……お前の不安が消えるように、俺も手伝うから」


 けーごが、そっと前に手を出した。

 私、その手に触れてもいいのかな。けーごのこと、傷つけたりしないかな。

 怖い。怖いけど、けーごは苓祁兄の圧にも耐えた。鬼に対する恐怖心だってあるはずなのに、こうやって一歩踏み出そうとしてくれてる。


 私は、ゆっくりとけーごの手の上に自分の手を置いた。

 優しくて、温かい。私よりもずっと大きな手。


「……俺から、握るのはいい?」

「……うん」


 置いただけの私の手を、けーごがそっと握り締めてくれた。

 私も、ちょっとだけ指先に力を入れて、けーごの手を握った。


「……い、痛くない?」

「平気。ちゃんと出来てる」

「良かった……私、本当に、嬉しい……」

「俺も、嬉しいよ」


 けーごが私の手を引いて肩をぎゅっと抱きしめた。

 ビックリした。だけど、嬉しい。私は手を繋いでる方とは逆の手で、けーごの服の裾を掴んだ。

 あったかい。けーごの温もり、とっても優しい。


「……けーご、だいすき……」

「俺も、呉羽が好きだ……」


 始まりは偶然だった。

 あのけーたいが何なのか、どうしてけーごに繋がったのかも分からないけど、今は余計な言葉なんていらない。


 あなたに、一番大切な言葉が届くのなら。



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