第14話 王女、キャンパスへ

 それから大学に着くまでの一時間弱は、控えめに言って地獄だった。


 住宅街から街道に出て、スピードが出るようになったタイミングで、僕が「しっかり掴まっていてください」と言うと、フレイヤさんは更に強く、体を押し付けてきたのである。


 胸を思い切り押し付けられることは想定の範囲内だったので、まだ良かったのだが――下半身まで密着させてきたのは、流石にこたえた。


 僕の臀部に触れる彼女の局部の感触は、「温かい」などという生易しいものではなかった。


 布越しでも、「熱い」のがわかってしまうのだ。


 おまけに、バイクというのは丁寧に運転しているつもりでも、どうしてもある程度の「揺れ」が生じてしまうので、その度にフレイヤさんと僕の身体が擦れ合うことになる。


 これは流石にまずいと判断した僕は、大学に到着してすぐに、最寄りの男子トイレの個室へと駆け込んだ。


×       ×       ×


「フレイヤさん。今度からバイクに乗る時は、僕じゃなくて車体に掴まってください……!」


 トイレで手早く、理性をいくらか回復させた僕は、外で待ってくれていたフレイヤさんにそう懇願した。


「なぜですか? 結人さま」


「危ないからです。どれだけスピードが出るか、乗ってみてわかったでしょう?」


 僕も教習所に通っていた頃は「たかが一二五ccにプロテクターなんていらないでしょ」と高を括っていたものだったが、実際に公道を時速六十キロで走ると、「ないと怖い」ということが身に沁みて理解できた。


「それはそうですが……であれば尚更、しっかりと密着していたほうが安全なのではないですか?」


「そうなんですけど、そうじゃなくって……! 出る時も言いましたけど、運転に集中できなくなるのが危ないんです! あのスピードで何かにぶつかったりしたら、大惨事になるのはわかりますよね!?」


「その時は、わたくしの防御魔法で……」


「なんとかはなるかもしれませんけど、そもそも事故を起こさないのが一番でしょうが!!」


 大きな声を出してしまってから、僕は「しまった」と感じた。


 これは――少し、言い過ぎてしまったかもしれない。


 ただでさえ僕は無駄に身長が高いせいで、周囲に余計な威圧感を与えてしまっているのだ。


 高校生の時、一人称を「俺」から「僕」に戻したのも、そのためだというのに――


「結人さま、申し訳ございませんでした……どうかお許しください」


 案の定、フレイヤさんは必要以上に落ち込んでしまっている様子だ。


「あっ、その……これも出発の時にも言いましたけど、僕は別にフレイヤさんのことが嫌いだからこう言ってるわけじゃなくって……むしろ、あなたが魅力的だからこそ、集中できなくなるっていうか……」


「本当ですか!? 結人さま!」


 僕が少し褒めると、フレイヤさんは瞬時に目を輝かせて立ち直った。


 チョロいな、この人――


 一瞬、そう感じる僕だったが、すぐに思い直した。


 これもこちらを油断させるための演技かもしれないぞ、と。


×       ×       ×


 こうして大学のキャンパス内までフレイヤさんを連れてくることには成功した僕だったが、流石に授業にまで参加させるわけには行かないので、図書館で待機していてもらうことにした――

の、だが。


 二限を受け終わった僕が戻って来ると、彼女は何の本も読まず、退屈そうに天井を眺めて過ごしていた。


「あっ、結人さま……!」


 こちらに気が付き、ぱっと明るい顔になるフレイヤさん。


「あれ、本は読まなかったんですか?」


 大学の図書館というのは蔵書数こそ多いものの、公営の図書館に比べると所蔵されている本の種類に偏りがあるので、読みたいと思える本が見つからなかったのかもしれない。


「はい。読みたいとは思っていたのですが、どうやら『フュージョンクリスタル』の翻訳機能は、会話にしか使えないようでして……」


 僕はそう考えていたのだが、フレイヤさんの答えは予想外のものだった。


「……そうなんですか? ちょっと試してみますね」


 と言って、フレイヤさんと同じく「フュージョンクリスタル」を身につけている僕がスマホを使い、フランス語で書かれたサイトを閲覧してみると、その意味は全く理解できなかった。


 つまり、僕は彼女に一時間半以上も退屈な時間を過ごさせてしまったことになる。


「マジか……」


 今日はサークルの活動日ではないものの、それでも午後は五限――六時過ぎまで授業があるので、五時間近くも何もせずに待っていてもらうのは、流石に申し訳ない。


 しかし、本が読めないとなると、どうしたものか……。


「とりあえず、食堂まで移動しましょう。お腹は空いてますよね?」


「はい」


 フレイヤさんが頷いたの確認して、僕は彼女を連れてその場を離れる。


 図書館棟の掲示板に「リクエストされていたDVDを入荷いたしました」という張り紙を見つけたのは、それから数分後のことだった。

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