二章 フレイヤ
第12話 フュージョンクリスタル
フレイヤさんのほうから夜這いを仕掛けてくる可能性もあるわけだし、折を見て貞操帯でも買いに行ったほうがいいかもしれない。
起床したことで血行が急激に良くなった僕は、毎朝恒例の生理現象を体感しながら、そんなことを思った。
こういった事象は健康な証でもあるわけだが、エストリエに性欲を奪われたというゴッドランドの男性諸氏には、やはり起こらないものなのだろうか。
そう考えると、フレイヤさんの「三大欲求のバランスが崩れると魔法が上手く使えなくなる」という言葉も、あながち与太話とは言い切れないような気がしてくる。
(……ん? 待てよ?)
もしかして、昨日の僕が攻撃魔法を使えなかったのも、それが原因だったのではないか?
「それは違うと思います」
朝食の最中に僕がフレイヤさんにそう尋ねると、あっさりと否定されてしまった。
「性欲を奪われた状態では、そもそも『
「ってことは、僕はゴーレムに性欲を奪われてはいかなかった、ってことですか?」
「はい。おそらくですが『
「そういえば……」
言われてみれば確かに、あれは性的な快感だった。
なぜ、忘れてしまっていたのだろう。
まだ起きてから一時間も経っていないから、頭の働きがイマイチなのだろうか。
「でも、どうして僕は性欲を奪われずに済んだんですか?」
魔法を使えるゴッドランドの人々ですら、フレイヤさん以外は奪われてしまったというのに。
「『フュージョンクリスタル』は『
「なるほど……」
つまり、「フュージョンクリスタル」には翻訳機能も備わっている、ということか。
伝説の勇者――坂上結一郎信義が日本人で、自分の子孫とゴッドランド人が力を合わせて戦うことを想定していたのであれば、納得の機能ではあるが――
「じゃあ一旦、『フュージョンクリスタル』を外してみてくれませんか?」
僕はそれまで身につけていた白い勾玉を外して床に置き、フレイヤさんに頼んだ。
「……え?」
「本当にこれがないと言葉が通じなくなるのかどうか、試してみたいんです」
フレイヤさんは昨晩、入浴中も就寝中も、黒い勾玉を肌身離さずにいた。
だから、彼女の言っていることは、おそらく嘘ではないと思うのだが、何か怪しい素振りを見せるかもしれないと考え、カマをかけてみたのだ。
「承知いたしました。そういうことでしたら……」
しかし、僕の期待に反して、フレイヤさんはあっさりと「フュージョンクリスタル」を外し、机の上に置いた。
「へふぷふぶいぢす? みるゆいと」
途端に彼女の話す言葉が、謎の言語に変化する。
それは日本語でも英語でも、スペイン語やポルトガル語(中南米出身のプロ野球選手がヒーローインタビューで話しているのを聞いたことがある)でもない、僕にとっては完全に未知の言葉だったが、フレイヤさんがなんと言っているのかは、文脈からだいたい予想できた。
前半部分はおそらく、「どうですか」とか「いかがでしょうか」とか、そんな感じだろう。
後半部分は更にわかりやすい。
固有名詞である人名はそのままだし、彼女のこれまでの言動から推測するに、「みる」というのも敬称――英語の「ミスター」に該当する単語で間違いないはずだ。
「……ありがとうございます。確かに、これがないと会話が成り立たないみたいですね」
僕は自分の「フュージョンクリスタル」を付け直して、フレイヤさんに言った。
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