僕はまだこの涙を知らない

@mikitani_taro

僕はまだこの涙を知らない。

これは、僕がまだ高校生の、本来ならば青春真っ盛りの二年生だった頃の話。

少し長くなるけど、久々にふと思い出した。


まぁなんだ、暇なら付き合ってほしい。


あの頃僕は劇中に出てくる悲劇のヒロインだったな。

え?気持ち悪い?

そんなこと言うなよ。


そうだな、どうしてもっていうなら言い方を変えよう。僕は不幸のスペシャリストだった。

この世にある一般的に「不幸」と揶揄されるものならば、一通り経験してたからね。


例えば、親の不倫、虐待、ネグレクト、再婚してきた男との間に生まれた子供……いわゆる妹というやつと、僕との扱いの差、暴力を伴った


いじめ、祖父母が残して死んでいった借金を取り立てるヤクザの相手、2ヶ月そこらの家出ホームレス生活、etc……


まぁ、それはおいおい話すとしよう。

キリがないしね。

ともかく僕は生まれた後も、生まれる前も、純正の望まれない人だったんだよ。


世の中、良いことは積み重ならないのに、悪いことはどんどんと連鎖して起こるもんでさ。


家での生活がアレだったからか知らないが、風呂にも入らせてもらえない日が続いたせいか、学校でもまあまあな歓迎を受けるようになったんだ。


上靴に画鋲入れられたり、昼飯用のコンビニ弁当を捨てられたり、黒板消しで思いっきりぶっ叩かれたり、ありふれた暴言を浴びせられたり。


あぁ、女子には肩がぶつかっただけでその場でうずくまって泣いちゃった子もいたっけ。


なんか、あまりにも典型的すぎて、やられた当初は困惑と共に謎の面白さもあったな。


こんなの、漫画以外にあり得るんだ

って思ったよ。



そんで、話戻すけど、高校2年生の時。

相変わらず学校ではクソ地味ないじめを受けてたんだけど、家の方では少し変化があったんだ。


両親が、交通事故で死んだんだ。

両親って言っても、母の方は本当の母で、父の方は再婚した後の方。


訃報を受け取ったのは、たしか、日付変わるちょっと前くらいかな。


その日もいつものようにいじめっ子たちに精神と肉体をスッコボコにされた後、よろめきながら帰宅したんだ。


帰宅した直後、いつもは帰ってくるなり「何で帰ってくんの」だの「お前かよ、マジきしょいし臭い」だの罵詈雑言を澄まし顔で浴びせてくる妹が、まるで目の前で人が殺されたのかと思うほどに血の気を失ってソファに項垂れてたんだ。


普通の人なら「どうしたの?」と心配するのが定石だろうが、僕らの仲は日常会話を話すよりも一万歩前くらいに、冷え切っているどころか冷凍されてカチカチになっていたから、特に気にもせず話しかけなかったんだ。


それに、妹が落ち込んでいるのは別に珍しいことじゃなかった。

こういう時は、僕の事を罵倒して、貶して、ひとしきりストレスを僕に叩きつけた後に2階に行くのがテンプレだった。


だからその時も、「今度は何言われるんだろ」くらいにしか思っていなかったんだ。


それにしてもその日の妹は、気味の悪い程に無言で、文字通り生気を失っていたように思う。


少しずつ異変に気づき始めたその時、妹がポツリと呟いた。


「おまえのせいだ」


いつも僕を罵倒してくる声とは違う、はっきりと恨みや憎しみを感じさせるような、どす黒い声だったのをよく覚えている。


「おまえのせいで、パパとママが死んだんだ……!」


何かの冗談かと思ったさ。

だが、様子からしてそれが本当だと察するのに時間は要らなかった。


「何でお前が、何でお前が生きて、パパとママが死んだんだよ……!」


妹が僕を見る憎しみ100の目が、今も脳にこびりついて離れない。

その目を見て確信した。


「お前が死ね!お前が死んで!パパとママを返せ!!!!」


そいつが悪人であれ善人であれ、僕は関わった人全てを不幸にするらしい。


それからのことは、はやかった。

ひとしきり人が亡くなった時にする事柄が淡々と行われた。


どうやら両親は、不動産屋さんに行く途中に、信号無視の車に巻き込まれたのだということを、後に警察から聞いた。


助かったのは、後部座席に座っていた17歳の女の子だけだったという。


車から押収された品の中に、「3人居住物件」と書かれたどこかのサイトのコピー色紙が出てきたらしい。


一通りの行事が終えると、妹は父方の祖父母家へと行ったが、父方の祖父母家に「家族」と認めてもらえなかった僕は、自動的に施設送りが決定した。


……なに?さっきから淡々と話してるけど、悲しくはなかったのか?だって?


悪いけど、こんなことで悲しがってちゃ、今の僕はこの世にいないよ。

とっくにのたれ死んでたか、自殺してたさ。


というか、そんな勇気があるなら、僕は多分10回以上は死んでるね。

ただ勇気という名の生存本能に抗えなかったヘタレなんだよ。僕は。


正直言って辛くなんてなかった。

嬉しくもなかった。

あの頃の僕は、感情を表に出せなかったんだ。


僕の見せる感情は、他人を巻き込み不幸の連鎖を起こすからね。

それに、僕とてMじゃない。

痛いのは嫌なんだ。


僕の感情に巻き込んで、他人を怒らせ、僕が痛い目に遭うのは嫌だった。

ごく普通の理由だろう?


どのみち車から「3人居住可能物件」についてのシートが見つかったんだ。

僕は遅かれ早かれ捨てられる未来にあった。


それがちょっと早まっただけのこと。

運命なんて、大筋がそう簡単に外れるわけがないのさ。


そうして全ての引っ越しが終わって、用事が片付いた時には、既に高校2年生の夏休み直前だった。


施設の人は、まるでバケモノと触れ合うかのように俺のことを扱ってたっけ。

僕の経歴を聴いて、僕の世話を立候補する物好きはいなかったらしい。


当然と言えば当然だろう。

何を言われても僕は無表情で、何をきかれても僕は機械的に返した。


これ以上他人に迷惑をかけたくなかったんだ。

これ以上、僕と関わることで他人を傷つけたくなかった。

正義のヒーローごっこだった。


寝るところと食事さえもらえれば、あとは自分でどうにかする。

悲しむのは僕だけでいい。


肥大化したカッコ悪い正義心が僕の腐った心を支配してたっけな。


実のところ、僕はあの目を忘れられていなかった。

妹の、僕を見る目。


冷たい視線はいくらでも耐えられるし、三歩歩いたら忘れるほどに流せるのに、

あの目だけは、僕の脳に絡みついてとれなかった。


そんな目をもう、誰にもしてほしくなかったんだ。



僕には、現実逃避の手段があった。

それが、施設からも、元の家からもそう遠くないところに位置する図書館で、小学生向けの絵本を読むこと。


……あ、今バカにしたろう?

わかってないな。アレが実はいい現実逃避になるんだよ。


絵本はページ数こそ少ないものの、本当に僕たち読者に伝えたいことを簡潔に、素直に示してくれる。


それに、絵本っていうのは、意外とご都合主義的な展開が少ない。

中には「これ、ほんとに児童向けにつくられたのか?」と思いたくなるほど胸糞展開を迎える本だって少なくない。


そんな展開をさも当たり前かのように描いている絵本が好きだった。

まるで僕の見ている世界を「それはまちがっていない」と肯定してくれている感じがしたんだ。


僕の中にも、何かに縋りたいっていう気持ちがあって、それが絵本だったってことだろう。

それに絵本は生物じゃないから、傷つける心配もない。


その日はたまたま、いつも僕に集っているいじめっ子が学校をサボったため、放課後が空いた。


ここ数週間は色々あって全く現実逃避をしてなかったということもあり、僕の足は学校が終わると自然と図書館に向いた。


図書館の正面入り口とは正反対の位置に、誰でも自由に読めるスペースがあった。

最近は電子化も進んで、そこのスペースの使用者が滅多に減った。


絵本スペースから今日読む絵本を何冊か見繕って、それらを抱えてスペースへと向かった。


10席ほどある席のうちの一つに座り、だだっ広い割に誰もいないその空間で一人静かに絵本を読む時間が、僕にとっては至福だった。


けれど、久々に行ったその図書館の自由読書スペースには、先客がいたんだ。


そのスペースに人が来ること自体珍しかったから、会った時のことはよく覚えている。


制服姿の、三つ編みメガネで、マスクをつけた大人しそうな印象の子だった。

身につけている衣服から、いいところのお嬢さんなんだろうっておもった。

我ながら嫌味なところに目をつけた。


妙に大きいマスクをつけてたから、顔が全然見えなかったっけ。


まぁでも、誰かがいたって僕のすることは変わらないし、定位置に座れないのは残念だが、絵本があれば僕の時間は進んだから、最初は特に気にしてなかったんだよ。


人間っていう生物にいい思い出なんてなかったし、特別関わる理由もないから、その子から一番遠い、対角線の席に座って、本を読み始めたんだ。


その席は定位置ではないけど、スペースの出入り口に近いから、絵本の持ち込みに便利だった。


その時間に、その席で、絵本を読んでいたことが、僕の人生を大いに狂わせる結果になったわけだけど。


な?人生って面白いだろう?

ほんと、世の中ってのは何億、何千万分の1という確率の、「そんなのご都合主義だろ」的な展開だらけなんだよ。


悪いことも、良いことも全てが「偶々」で片付けられるってことを、今になれば思う。


さ、話を戻そう。

僕が絵本を読んで幾らか経った頃、


「あの!!」


最初は、無視したんだ。

絵本の世界に没頭してたから、そもそも話しかけられたことなんてなかった。


「えっと、その本……!」


そして、はっきりと声が聞こえた2回目も無視をした。

そもそも、その声の目的が「僕に話しかけること」だということを想像できなかった。


図書館の係員さんだったらまだしも、相手はただ一般人。

義務的な用事以外で僕に話しかけてくる内容に、良い思い出があった記憶がなかったしね。


「あ、えっと、いいですよね、その本。

えっと、特に主人公の気持ちとか、わざと自身の容姿を醜くした主人公の気持ちとか、色々くるものがあって……

えっと、私、今は小説をよく読みますが、昔はよく絵本を読んでて、それで、それで……」


そこで僕はようやく

これはもしかして僕に話しかけてるのか

という可能性に辿り着いた。

そして、恐る恐る目線を声のする方へとうつしたんだよ。


初めて目があった。

そこにいたのは、僕より前にこのスペースを使用していた先客だった。


「あ、えっと……ご、ごめんなさい。

絵本読んでる人、いないから、うれしくって、つい……ご、ご迷惑をおかけして申し訳ございません!」


その子、しどろもどろした感じで話してたけど、その時驚いてたのはむしろ僕の方だった。

いわゆる「雑談」を振られたのは記憶する限りそれが初めてだったから、何を話せばいいか心底戸惑った。


その後、数秒程度の見つめあった謎の沈黙が続いてさ、気まずくなったのか、ぺこりって頭を下げてそそくさ出ていってしまったんだよ。その子。


僕の心の中に「しまった」っていう感情が巻き起こった。

何が「しまった」なんだろうか全然わかんなかったんだけど、その時が多分、僕にゆれ動く人としての心が芽生えた最初なんだろうね。


どうしても気になって、気持ち悪くて、その子のことを追いかけたんだ。

なんで追いかけたんだろう、わかんなかったけど、とにかく追いかけたんだ。

足が勝手にそうした。


「あのさ」


僕がその子に追いついて話しかけた時、その子は絵本のスペースにいた。

小走りで走ってくる僕をみて、驚いたようにこちらをみてたっけ。


「絵本、好きなの?」


女の子は目をキラキラとさせて首を何回かブンブンと縦に振ってたっけ。


「この本、僕も好きなんだ。

えっと、だから……」


僕だって、まともに人と話すのは初めてだったんだ。

そんで、なんといって会話を終わらせたら良いかわからなかった。


「おそろい、です、ね……」


結局、絞り出した言葉はこれだった。

今考えれば、本当マジで何やってんだって感じだ。


勝手に追いかけて、追いついて、図書館の中だから大声を出すわけにもいかず、掠れ声で「おそろいですね」。


客観的に見れば酒の肴になるレベルでおかしい醜態だった。

今でもたまに思い出すが、そのたびに死にたくなる。


直感的に「あ、失敗したな」って思った。

これは引かれたなって思った。

目を見られなかった。

やっぱり僕は、他人と関われないんだ。

これまでも、これからも……


なんて考えてたのに。


「ふふ、あははははは……」


その子は、笑っていた。

マスク越しだったけど、しっかり笑っていることが確認できた。


「なにそれ、どゆこと……wwおそろいって、なにそれwwww」


館内ということもあり、必死に笑いを堪えるが、堪えきれずクスクス笑う彼女の姿は、僕にとっては初めて見る純真無垢な笑顔で。


一通り笑い終わった後、彼女は息をはぁーっと整えて、


「私、1ヶ月前からここを使い始めた新参者ですが、基本的に毎日います。何卒よろしくお願いしますね。」


と、嬉しそうに言った。

で、合ってたのか、当時は不安だった。

その笑顔を信じられるほど、僕はまだ人間を信じられていなかったから。


でも、それまで僕の人生は洞窟の最深部で、光が差し込むどころか外へと通じる風の兆しさえ見えなかった中、突然風邪を感じた感覚がしたんだよ。

その風に、身体は自然に反応しちゃった的な、ね。


「はい。えっと、僕もここ、結構使います。

よろしくお願いします。」


それからというもの、僕達は奇妙な関係になった。

僕が放課後に行くと彼女はいつもそこにいた。


「……そこ、僕の定位置なんだけど」

とは言えず、僕が以前に使っていた定位置にいつもちょこんと座っていた。


僕が席に着くと、彼女はそそくさとこっちにやってきて「こんにちは。これ、面白いので読んでみてください。」って、絵本が好きだと言ってるのに、分厚い小説を僕に差し出してすごく目を輝かせて僕に言ってたな。


一度「絵本でなにかおすすめない?」ってきいたら、「絵本は君の方がよくしってるから、私にいっぱい絵本を教えて欲しい!その代わり私はいっぱい小説教えます!」なんて目をキラキラさせながらいってたっけ。


僕は僕で、貸してくれた本の感想を一冊ずつ丁寧に伝えていた。

「この間貸してくれた本、すごく面白かったよ。」

って言えば、「そうでしょ!?」と食い気味に、目をキラキラさせていってくる。


僕は相手の気持ちを推し量ることが苦手だし、嘘をつくのが得意ではない。

だから、思ったことをすぐ口に出してしまう。


彼女から紹介された本がタイプじゃなかった時、それを素直に言ってしまった時があった。

しまった、と思い、「ごめん」と謝ったが、彼女は寧ろ褒めた時よりもキラキラ……ていうか、

清々しそうに「ううん!そっちの方が、嘘つかれるよりはよっぽどいい!!」

って言って、それはそれで嬉しそうで。


僕は僕でおすすめの絵本を紹介しては、彼女の感想をきいて、それを元に好きそうな絵本をおすすめして……の繰り返し。


本一冊一冊にむける彼女の熱意は凄かった。

彼女はハッピーエンドな小説を好む傾向にあったが、僕が勧める絵本の中には胸糞展開もあったろうに、1ページずつ、真剣に読んでいた。


本を読んでいる彼女の横顔に僕は自然に視線がうばわれてたっけな。

悪い、言い方きしょいな。

でも、本当に、初めてだったんだ。


僕に罵倒や憎しみ、暴力、腫れ物に触れるかのようなおどろおどろしい話し方以外で話してくれる存在が。


段々と話していくうちに、彼女と僕は最初の戸惑いが嘘のように、円滑に話すようになった。

話すと言っても、話すのは本のことばかりで、お互いの私生活について言及することはなかったように思うんだ。


なんだか、それは暗黙の了解で、まるでその自由スペースが僕らにとっての秘密基地のように、約束せずとも自然と集まって、本について語り、読む。

そこに身分や出生なんて関係なかった。


「図書館に行けば、彼女がいる。」

その事実だけで、惰性でいじめられに行っていた学校や管理されに行っていた施設にいることも苦じゃなくなった。


奇妙な関係ができて、1ヶ月ほど経っただろうか。

ふと、彼女がいつもと違う真剣な顔で僕に尋ねてきた。


「私達が初めて会った時、あなたが読んでいた本をおぼえてますか?」

「もちろん。」


完璧に覚えていた。

たしか、当時読んでいたのは「unwavring self」という、海外の作家が描いた絵本。


主人公は女の子で、過去に本当に大事で唯一無二の親友の好きだった男の子に主人公が告白されてしまい、それがきっかけで親友に嫌われ、自身の顔がトラウマになる。

そして、それ以来女の子はあえて化粧や服装で容姿を醜くしていたため、男は寄ってこなかったどころか、馬鹿にされていたが、ある日、容姿を気にせず話してくれる男の子が現れ、恋に落ちる。

男の子の「大好き」という言葉を信じ、ありのままの自身を見てほしいという姿から化粧や容姿を元に戻したところ、他の男から嫉妬され、いじめられ、男の子が「お前のせいでいじめられたんだ!もう僕に関わるな!」と言われ、振られてしまい、自身に絶望する……と、まぁざっくり言えばこんな感じだ。

絵本にしては珍しくないが、中でもバッドエンド味が強い作品である。


「あの、君は、どう思いますか?」


「どう思うって?」


「あ、えっと、全体的にこの話を通して、どう思いましたか?」


彼女が僕の感想を聞くときは決まって笑顔で聞いてくるが、この時ばかりは真剣な眼差しでコチラに耳を傾けていた。


ここで僕は、彼女が話しかけたのが、その本を読んでいた時だった上に、その本について、話しがられたことをふと思い出していたっけ。

この本は、彼女にとって大切な本なのだろう。


「……私、実はその本そんなに好きじゃないんです。」


驚いたよそりゃ。

でも、考えてみればそうかもしれない。

彼女はハッピーエンドを好む傾向にある。

にも関わらず、その本に囚われている。


「でも、好きじゃないのに、頭から離れないんです。好きじゃないのに、定期的に読んじゃうんです。なんで、ですかね……」


困ったように、気まずそうに答えた。

わかっていた。

それは防衛本能なんじゃないかって。

一般的に気に食わないことは忘れたいし、さして忘れることが多いが、自身と関わりある中で気に食わないことに触れれば、それを無視できず、否定したがる。


否定したがった結果、本来関わりたくないそれに固執し、粗を探すようになるが、尚気に食わないことに頭を占められるようになる。


なにしろ僕にはその経験があったんだ。

何度死のうとしたことだろうか。

さっさと死ねばこの地獄から逃れられるのだと、何度思ったか。

なのに、死にきれなかった。

何度屋上に立っても、足を空へ踏み出すことはできなかった。


それは、心のどこかで「この状況を巻き返せる」という余計な感情があったからなのかもしれない。

僕は、それに似たものを感じた。


「僕は、そもそも容姿を基準に人を判断することが間違ってるんじゃないかって思うんだ。」


そういうと、彼女はすごく驚いたような目をして僕を見てたな。

でもまだ、「そんなことあるもんか」っていう懐疑を含んだ目だった。


「主人公の心は、最初から最後まで綺麗だったし、希望を捨ててなかったでしょ?

『信じてる人に、自身を隠したくない』っていう綺麗な心の持ち主だった。

隠している容姿が醜かろうが美しかろうが、それを『この人には見せたい』っていう心を大事にすべきだと思うんだよ。それに……」


僕の視線と彼女の視線は、その時にぶつかった。


「僕は、信じている存在、信じられている存在が一人でもいるのだったら、たとえ大勢を敵に回すとしても、そのために生きたい。」


彼女の目はその時、一際美しく輝いて見えた。


彼女がマスクを退け、髪を下ろしてくるようになったのは次の日からだった。


「どう、ですか……?」


心配そうに問う彼女に、僕は「しまった」と思う頃には心の中のことをそのまま口に出してしまっていた。


「すごくうれしい。」


彼女はくすくすと笑った。


それからも、僕と彼女の関係は続いた。


僕はこの頃、夢に見ていた「普通」になれていたのだろうか。


どちらにせよ僕は、この関係がすごく心地よく感じていたのだと思う。

思うというのは、当時は感情を出せなかったから、「心地よさ」をなるべく感じないように心のどこかでストッパーをかけていた。


僕が自身の感情を少しでも出すと、周りの人は不快になり、手を出したり、罵倒したりする。

僕にはある意味疫病神の自覚があった。

だから、「心地よさ」なんて感じちゃいけないし、それを表に出すなんてもってのほか。


それでも僕は、彼女との時間を過ごすにつれて「他人と関わることを許されていない」記憶が薄れていった。

今まで僕と関わった人が抱いた感情を忘れかけていたんだ。


その16年のツケが回ってくるのは、遅くはなかった。


僕達は図書館の閉館直前まで一緒に本を読み、閉館に合わせて一緒に帰るのが日課になっていた。

と言っても、図書館を出て僕は左、彼女は右に行くから、図書館を出るまでだったけど。


その日も何らいつもと変わりなく、施設の奴らの視線を抜け、学校でのいじめに耐え、放課後には図書館にいき、あれから髪をとき、マスクを外していた彼女と共に本を読んでいた。


そのうち閉館を知らせる音楽が鳴り始めたから、本を片付けて、二人並んで図書館から帰ろうとしてたんだ。

彼女といるとそれ以外と比べて数倍早く時間が過ぎる気がする。


図書館の出入り口を出た時だった。


「お前……!」


聞き覚えのある声がした。

いや、もう2度と聞きたくない声がした。


聞こえないふりをしようとした。

足が動かなかった。


「どうしたの?」


彼女が心配そうにこちらを見る。


嫌な汗がダラダラと流れてきた。

この汗はトラウマによる恐怖なのか。

僕の過去がバレ、暗黙の了解が破れ、この関係が終わってしまうことに対する焦りなのか。

今でもわからない。


「誰、その人。」


声のする方を向きたくない。

嫌だ。


「誰だって、聞いてるでしょ!」


嫌だ。


「こっち向けよクソ野郎!!!」


気づいた時には、そちらへ首が動いていた。

そこにいたのは、予想通りだった。


「いも……うと……?」


「その子、誰だ!まさか彼女!?」


「あ……ごめ……」


なんで、謝ろうとしたんだろう。


「ありえない!!

死ね!死んでしまえ!!」


この子は彼女じゃない。

そんな関係じゃない。

誤解だ。


なんで、僕は誤解を解こうとしてるんだ。

訳がわからなかった。


「……っ、」


何も、言えなかった。

怖くて、彼女の方を見れなかった。


「お前のせいで、私の未来を、私の生活を、私の未来を!パパだって!ママだって!

全部全部全部!奪ったくせに!

お前だけ幸せになるなんて……!」


「あ、あぁ……」


「お前のせいで、お前が関わる奴は全員不幸になった!全部お前のせいだ!全部全部全部、お前が生まれてきたからだ!」


どうした、僕。

この程度の罵倒、慣れてたろう?

何故、狼狽える?

何故、そんなにも恐れる?

僕は一体、何を恐れている?


「もう、いいや、はは、あはは、あははははははははは!!!」


狂気だった。

いや、本当に狂気だったのは、僕だったのかもしれない。


「お前ら、二人とも、お前なんかに関わるクソども、全員……!」


「やめろ……!」


その目を、彼女に向けるな。


僕はとっさに、彼女と妹の間に立って、妹と向き合った。向き合ってしまった。


「全員死んじゃえ!

パパとママを、私の人生を返せ!!!!」


その目を見た時、思い出した。


「あ、あぁ……やめ……て……く……」


僕は、他人と関わっちゃいけなかった。

僕と関わった人は、全員が不幸になった。

全員が悪事に染めた。

僕は、許されていなかった。


何を勘違いしていたのだろう。

何で忘れていたのだろう。

馬鹿だ。僕は馬鹿だ。

大切な人にまで

僕を信じてくれた彼女さえ、

僕と関わってしまったら、例外じゃなくなる。


何よりそれが大切だった。

元から彼女が大切なら、僕が彼女にしてあげるべきなのは「関わらないこと」だったのか。

僕は私利私欲に溺れて、他人を巻き込み、不幸に陥れていただけじゃないのか。


「私の大切な人を、追い詰めないでもらってもいいですか?」


ふと、彼女が静かに、でもしっかりとした口調で言った。


「……は?」


「あの、大切な人を傷つけられると、私まで傷つくし、イライラするんです。

やめてもらってもいいですか?」


彼女はいたって冷静だった。

いつも纏っている柔らかい雰囲気を崩さなかった。


「話はきいたでしょ。こいつは昔から関わる人全てを不幸にしてきたの。

こいつが生きてるだけで、被害が及ぶの。」


「そうなの?」


彼女の問いに、僕は何も返せなかった。

だってそれは事実だったから。

決して嘘じゃなかったから。


「ほら何にも言い返してこないでしょ。事実そうなの。アンタだって顔がいいんだから、こんな公害捨てて新しい人探したほうが____」


「私は、彼のことを信じています。」


「はぁ?だからなんだって___」


「私は、彼が仮にあなたが言ったような人であったとしても、彼と関わりたい、彼と一緒にいたいと思います。」


彼女はまだ僕のことを知らないから、そんなことが言えるのだ。

僕と関わった人が苦しんで、苦しんで、やがて僕への憎悪を向けることは、僕が一番知っているのだ。


彼女は僕を庇ってくれているのにも関わらず、僕は頭の中でそんなことを考えていた。

最低だった。


「貴方はまだこいつのことを知らないからそんなことが言えるんだ!

早くそいつを捨てろ!なんなら……」


妹は狂気を含んだ笑顔を彼女に向けた。


「私と一緒に、いっそ殺しちゃわない?」


その時だった。


バチンッ!


頬をぶっ叩いた乾いた音が、夕暮れ時に鳴り響いた。


彼女が、僕の妹の頬をたたいた。


「……え?」


「彼は、私のことを信じてくれた。

彼は、私に信じさせてくれた。

彼がそれを苦にして死ぬならば、私も一緒に死ぬ!」


今までの落ち着いていた彼女からは想像もつかないほど低く、ドス黒い声だった。


「ひっ……」


「世界の全てが敵になったとしても、私だけは彼の味方でいる!

私が彼によってどんな不幸を受けようとも、私はずっとこの時間を守る!

彼は私にこの時間をくれた!

私を信じてくれたんだ!

だから、だから……!」


彼女の目が、光ったのが見えた。


「それ以上私の信じた人を愚弄しないでください……!」


怒ったような、泣いてるような、

どっちともつかない声で、感情で、彼女は言葉を刻んだ。



「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……あんなやつにできて何で私に……くそ、くそ!くそが!」


妹はその場に崩れ落ちた。

僕がそれを呆然と見ていると、彼女は僕の手を引いた。


「君は……」


「あとでね。」


彼女はそれだけ言って、僕の手を引いて歩いた。


5分ほど歩いて僕がそれなりに落ち着いた頃、僕らは図書館の近くにある公園のブランコにいた。


「……あの子は妹。

あいつが言ったことは事実だよ。

それが善い意志であれ悪い意志であれ、僕に関わった人は否応なく不幸になったし、不快になった。」


泣きそうだった。

今僕は、暗黙の了解を破っている。

自身の過去を曝け出している。

彼女を見ることはできなかったが、彼女は静かに僕の言うことに耳を傾けていたように思える。


「……僕は、今まで沢山の人を不幸にしてきた。

家族も、学校の奴らも、僕自身も、僕が全て破壊した。


それでも、慣れってのは怖いもんでさ。


罵倒され続け、傷つけられ続けて、何も思わなくなったし、何も感じなくなった。

どちらにしろ両親に捨てられる予定だったことを知った時でさえ、『どうでもいい』って思ってた。」



「けれど、君と出会って、感情を知って、楽しさを知って、普通を知って、僕が苦しめた人たちのことを忘れていったんだ。

僕は、こんなにも弱くて、脆くて、最低だった。君だって____」


そこまで言った時だった。

彼女が僕を抱きしめたのは。

彼女の顔は見えなかったが、泣き声を抑え、啜り泣く音が聴こえた。


その泣く音は、僕が今まで

なんで彼女が泣いていたのか、この時はわからなかった。


「貴方は、勘違いしてる。

貴方は何も悪くない。貴方は誰も不幸になんかしちゃいない。

貴方は、何も悪くない。

私が保証する。」


「君が保証できたって、僕にはわからない。

僕は、僕を心から憎み、心から怨んでいる目がまさに僕に向けられるなんて、もう嫌だ……!!」


僕はグチャグチャだった。

本来ならば、彼女に感謝をすべきだったのだろう。

彼女にとって謝るべきだったろう。

でも、僕はできなかった。

優しい言葉に対する耐性がなかった。


それでも彼女は、美しかった。


「私にはわかる。

貴方は何も悪くない。

わかってるでしょう?私は貴方を信じてるもの。それに……」


彼女が僕をより一層強く抱きしめた。



「私は、貴方との時間が好き。

例え、皆が貴方に人生を壊されたと感じていても、それでも、私は貴方に救われたから……!」


バカだ。

何言ってるんだ彼女は。


「貴方が信じられないなら何度だって言うから!

私は!貴方に!救われたの!」


そんなに都合のいい世界じゃないだろう。

世の中ってのは。


「言葉で信じられないなら……貴方とずっと一緒にいるから!

何歳になったって、私たちがどんな目にあったって、この時間だけは奪われないように、貴方とずっとこの時間を過ごすから……!」


自分の目から涙が出てることに気づかなかった。

この感情を形容化することができない。

今まで流してきた涙なんて一つしかない。

僕はこの涙を、この感情を知らなかった。


ありがとうって言いたかった。

言えなかった。

涙で顔がぐちゃぐちゃだった。

声が出なかった。

嗚咽を抑えるので精一杯だった。


「ぼっ……くも……この、時間が……すきだ……」


僕が「好き」という感情を表に出したのは、この時がはじめてだった。


それから僕達はほぼ毎日会っていたものの、その関係を飽きることがなかった。

寧ろ会う回数が重なる度に、彼女への想いは加速していった。





そんな関係が半年ほど続いた後、彼女は失踪したんだ。


それまで、彼女の態度も、世の中の情勢も、全てを含めてなんの予兆もなかった。

それこそ失踪する直前の日まで、


「おすすめされた本、とても面白かったです。明日も楽しみにしてますね。」


と、いつもと変わらない声と表情で僕に声をかけてくれていた。


本当に、その次の日から、彼女はきっかり来なくなった。

それまで来れない日はあらかじめ前日に来れないと僕に言っていたのだが、その時だけは、なんの予兆もなく、綺麗さっぱりにいなくなった。


「きっと何か事情があるのだ」と必死に自分を説得していた。

それでも、何度自分を説得しても、その度に脳裏に妹の目がフラッシュバックした。

本当に悲しい時、人は涙すら出ないもので、

この頃は、彼女と出会う前の生活よりも苦しかった。


一度それを知ってしまって、それを失った時の悲しみは、知らないで苦しんでいた時より一層僕の心を強く、重く蝕んだ。


今思えば、僕は彼女に過去のことを話したが、僕はまだ彼女について何も知らなかったんだ。

心のどこか奥底で、気づかないようにしていたその現実が、ここにきてものすごく実感された。

僕は、信じられていなかったのか。

そう感じることさえあった。


それでも僕は、毎日図書館に通い、彼女の定位置を空けて本を読んでいた。


何度か、「もう彼女は……」と思ったが、僕の足が自由スペース以外に向かうことはなかった。


彼女から勧められた小説、自分が好きな絵本、毎日毎日図書館に向かい、分け隔てなく読み耽っていたんだ。


そろそろ高校2年の歳も終わる頃になった時、

彼女が姿を消して4ヶ月経った時だった。


ふと、彼女が好きだった絵本を読んでみたくなったから、いつものように荷物をスペースに置いて、絵本コーナーに行った。


その本は絵本コーナーの隅の隅にあったのだが、僕が何気なくそれを手に持った時、ヒラッと本から何かが落ちた。


見るとそれは、何か文字がびっしり書かれた紙だった。

他人が書いた紙を見るのは気が引けたが、その文章の一番上に書いていた文字に心当たりがあった。


その紙を書いたのは彼女だった。


「私に希望をくれた貴方へ」


実際、見るのにすごく躊躇った。

僕は彼女がいないことに慣れなかったが、これを見れば尚更心が痛くなるのは目に見えてわかった。


嫌だった。

これ以上失った悲しみを蘇らせたくなかった。


……でも、僕はそれ以上に彼女のことを信じていたらしい。


絵本と手紙を持って席に戻り、僕はその手紙に目を向けた。












私に希望をくれた貴方へ


貴方がこの手紙を読んでいる時、私はもう貴方と会えなくなっていると思います。

なんて、一回は行ってみたかったんです。

このセリフ。


でも、会えなくなったのは本当です。

まず、約束を破ってしまってごめんなさい。

貴方のそばにいられない私自身が、私は憎くて憎くてたまりません。


貴方は私を信じ、私に全てを話してくれた。

……けど、私は貴方を信じているなんて言いながら私のついて何も話していなかった。

今思えば、私はとても、とても酷いことをしました。


私は決していい子なんかじゃないし、貴方が私に幸せをくれたように、あなたを幸せになんてできようもない。


私は、貴方との時間が楽しくて、自分がなすべきことを忘れていました。

ある時、貴方の勧めてくれた絵本を家に持って帰ったことを、父上にバレました。

私は、こっぴどく叱られました。


それはもう、徹底的に、殴る、蹴る、暴言、侮蔑、あらゆる手を持って、家族は私を追い詰めました。

私は、耐えていました。

耐えて、耐えて、耐えました。


……でも、唯一つだけ、耐えられませんでした。


「こんなクソの役にも立たない本、誰に勧められたんだ!?そいつがお前に悪影響を与えてるんだろ!

教えろ!そのガキをわからせてやる!!!」


我慢できませんでした。

咄嗟に言い返してしまいました。

それも、当主の父上様に対して、ありえない口調で。


しまった、と思った時にはもう遅かった。

私は、もう外には出られない。

本当のところ、この手紙が貴方に届いているかすらもわからない。


絵本を持っていかれる際に、こっそり忍ばせたけど、中を見られているかもしれない。

それでも私は、貴方なら私を待っていると信じています。


私も、いつになるかはわからないけど、必ず貴方に会いに行くと信じています。


貴方が言ってくれた「信じる人や信じられる人が一人でもいるなら、たとえその他全てが敵になったとしても、その人のために生きたい」


という言葉は、私にとって、どんな絵本や小説の言葉よりも大切な言葉です。

幼少期から閉じ込められ、外の広い世界を見ることができなかった私に希望をくれた大切な言葉です。

私に生き方を教えてくれた大切な言葉です。


必ず貴方に会いに行きます。

必ずこの時間を再び作り上げます。

例えそのために、他の誰から疎まれようと、私はこの時間のために、私を信じ、私が信じた貴方の為に生きます。


だから、どうか待っていてください。

虫がいいのは分かってます。

本当に、本当にごめんなさい。

でも、それと同じ、いやそれ以上にありがとうの気持ちがあります。

その気持ちを私に返させてください。


私を……信じていてください。



僕はそこまで見た時点で、泣き崩れた。

この涙は彼女と出会う以前のものでも、この前妹と会った時に流したものでもなかった。


だって一緒じゃないか。

僕が君を救ったように、僕だって君に救われたんだ。


待つに決まってる。

信じるに決まってる。


どんな障害に、どんな災害に遭っても、君を待っている。

必ず、毎日、何があっても。


ふと、裏に消しゴムで消したような痕跡があることに気づいた。


嫌だ!嫌だ!貴方に会いたい!

このまま会えなくなるなんて耐えきれない!


神様、どうか、どうか、私を彼に会わせてください。

再び彼が教えてくれた絵本を読ませてください!

再び彼に小説を教えさせてください!


どうか、どうか


私の普通を返して……!



……そんなの、僕だって。


君ばかりずるいよ。

僕だって、言わせてくれよ。


「早く、会いたいな。」






くく感動した


くくその少女とはまだ会えてない感じか


くくマジで感動した。こんなありきたりな話で泣くとは思わなかった。


くく映画みたいだな



どうやら、僕の人生は概ねネットユーザーからは好評みたいだった。

ていうか最後らへん、書いてて感極まっちゃって、話し口調崩れてたな……


僕は聴いてくれた皆に感謝の意を述べ、パソコンを閉じた。

ふと時計に目をやると、時刻は午後3時半を周ろうとしていた。


「もう、こんな時間か。」


僕は携帯と財布という最低限の荷物を持ってアパートを出た。


天気はここ最近で見たことないほど快晴であった。

今日は休日ということもあって、道に子供を連れた親子を何組か見かけた。


きっと近くの公園に行くのだろう。

僕はその流れとは反対方向にゆっくりと歩いていた。


「ここは、変わらないな。」

数年前とまったくもって変わらない

図書館へ入り、迷わず絵本コーナーへと向かった。


その本は、いつもの本棚の隅にあった。

当然だ。

この本を毎日読んでいるのは僕しかいない。


その絵本と、一冊の小説、そして僕が今日読むつもりの絵本を数冊とって自由読書スペースに行き、いつもの席に座った。

日曜にもかかわらず、ここは昔からひとっ子一人もいないもんだな。




そして僕は、信じて、彼女を待ち続けてる。

信じて、絵本を読み続けている。

信じて、元々僕の定位置だった場所をあけている。


「あ、あの、その絵本」


信じて、声のした方を見る。


「その絵本、おもしろいですよね」


あの頃と変わらない目が、そこにあった。


「特に主人公がの気持ち、すごくわかる気がするんです。」


涙が、溢れ出した。


「本、好きなんですか?」


「はい。絵本も、小説も、大好きです。」


そして僕は、その涙を知った。



end












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