朋美の兄祐樹編 第二章

 キスをされた。

 秋穂からのキスだった。最初は何かとわからなかった。キスというのは多分すぐに分かったんだと思う。だが倫理とかそういった常識的な混乱で俺は理解が遅れたんだと思う。秋穂もそれに気づいたのかすぐに離れた。バツが悪そうにしている「ごめん」そう言った。気まずくなり何も言えない時間が続いたが、鞄を持ち教室を出ようとした時、秋穂に腕を掴まれた。

 「なんでも言ってね」

 俺は何も言わなかった。



 「おかえり」

 朋美がもう帰っていた。居間でくつろいでいる。

 「ばあちゃんは?」

 「買い物行ったよ」

 「そうか」

 俺はすぐに二階にある部屋に戻った。祖母の家というのは和室が多い。俺に割り当てられた部屋も和室で、元々は母さんの部屋だった。少し狭いが姿見やちょっと古い勉強机がある。天井は和室らしい丸い蛍光灯が二本吊るされている。その周りを白いカバーが覆っていて、ベッドの奥には押し入れがある。日当たりが良いが夏は暑い。クーラーが付いていて、天井付近には壁に取り付けるタイプの扇風機がある。東北では暖房機能のクーラーは母親の時代ではまだ高級だから、冷房機能がない。まあ、ストーブ少し炊けば冬はすぐに暖まるし不便ではない。灯油もこの部屋の広さだし、二週間は持つ。なるべく節約している。

 俺はベッドに寝転んだ。秋穂のキスを思い出す。なぜか忘れられない。



 翌日、秋穂は普通に生徒として俺と接した。俺もそうした。昨日のはなにかの間違いだった。そういうことにして日常に戻ろう。大人だ。俺も大人として振る舞うべきだと思った。まあ、何が大人なのかわからないけど。

 「祐樹、サッカーしよう」

 友達が誘った。高校生だが休み時間はサッカーする。まあ、普通なのかな。たまにバスケにも誘われたりして、アニメみたいな図書館でというのはほぼしなかった。

 「なんかさ、就職すんのも変な感じだよな」

 サッカーをしながら友樹が言う。友達だ。さっき誘ってきたやつ。ちなみに相手チーム真面目にやれ。

 「今まで普通に高校生で、内定貰って、卒業したら社会人って実感わかないよな」

 「そんなもんだろ、そういうもんだ……」

 俺はすぐに就職したかった。無事に内定貰えて、今更問題起こってばあちゃんに迷惑かけたくない。だから、あのことは間違いのままお互いになかったことにするのが最善なんだ。そうなんだ。

 ……そうなんだ。

 心がなにか引っかかる。

 俺は無意識に足が止まった。

 ボールが奪われた。

 「ぼさっとすんな祐樹!」

 他の同級生に怒られた。ボールは友樹に奪われていた。

 俺は友樹を追うがそのままゴールを決められてしまった。



 「なんかあった?」

 放課後、友樹が言う。こいつは良いやつだ。小学校から友達で、最初に友だちになったのも確かこいつだ。動機とかきっかけとか、そんなのなかった気がする。ただ、気が合いそうだと思ってそのまま仲良くなった気がする。

 正直、ばあちゃんちに居るより気が楽だ。

 「わかった! 就職憂鬱だろ?」

 「あ?」

 「わかるぜ、内定貰っても春から社会人か、だるいなって感じだろ! 俺もだ!」

 「お前は大学だろバカ。一期内定おめでとう」

 「うっせばか、卒業しても学生すんのだるいんだよ。ありがとう」

 ああ、やっぱ気が楽。ただこいつにも話せることではないなあ。でも、気が楽。

 「お前はさ、人に言えないことある?」

 俺から聞いた。祐樹は「は?」って振り返った。

 そして、んーとなにか考えて「オナニーのおかずは流石にお前にはいえないな」と返した。この友樹らしいとこが好きだ。落ち着く。

 俺は思わず笑った。

 「ああ、俺もお前にも言えないな」

 「だろ」 

 友樹は自転車を押しながら歩く。そして少し止まった。

 「なんかあった?」

 

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