第28話 ロマンスと親子


「カレンはカレンで、バイトを掛け持ちして頑張ってるって言ってたけど、それでも足りないらしくて、よく俺を頼ってきた」


 父親の治療費だけかと思っていたら、春先には、弟の進学費用も払えないと言われた。

 

 将来のためにも高校だけは、卒業させてあげたいというカレンに、一輝は、お金を出してあげた。

 

 人の命と、若者の未来がかかっている。


 なにより、カレンが悲しむところは見たくなかったため、一輝は、率先して残業をし、欲しいものも我慢する生活を続けた。


 だが、それでもカレンの要求は、日増しに膨れ上がり、貯金が底をついた頃、一輝は、カレンに伝えた。


『ゴメン。もうこれ以上、お金は出せない』


 だが、そういう一輝に向かって、カレンは泣きながら怒り出したらしい。


『ひどい! 一輝は、私に体を売れっていうの!?』


『違う! そんなこと言ってない!』


『言ってなくても、同じことじゃない! 私のこと、守ってくれるって言ったのに、最低!!』


 そして、それを最後に、連絡が取れなくなり、一輝は、必死にカレンを探し回った。


 だが、一輝は、カレンの家に招かれたことはなく、父親と弟に会ったことすらなかった。

 

 そして、途方くくれつつも、必死に探し回る中、やっと彼女を見つけた。


『ねぇ、祐介さーん。私、このバッグが欲しいー♡』


 そして、その時、カレンは、他の男と楽しそうにデートをしていたらしい。


「40代くらいのおじさんと一緒にいたんだ。俺があげた(売ったはずの)バッグも持ってて、もう、何が何だかわからなくて……っ」


「「それ、結婚詐欺師に騙されたんだよ」」


 そして、そこまで聞き終えたあと、ノエルとルイスの声が重なった。

 

 それも、全く同じトーンで、ぴったり重なったからか、ルージュが興奮ぎみに声を上げる。


「まぁ! お二人の声、そっくりですわ」


「確かに。ちょっとびっくりした」


「そ、そうかしらー」


 ルージュと一輝が驚けば、予想外の展開を迎え、ルイスは笑顔で取り繕った。


 ヤバい!ヤバい!

 とはいえ、さすが親子!


 無意識に出た言葉が、ここまでぴったりハモルとは思わなかった。


 しかも、下手すれば、正体がばれる。


「骨格が似てらっしゃるのかしら? 親子並みにそろってらっしゃいましたわ!」


「ルージュ、親子だなんていったら失礼だよ。こんなに若いお姉さんに」


(ゴメン、若くないんだ、本当は……っ)


 子供たちの会話を聞き、ルイスは、心の中で謝った。


 バレてはいけないとはいえ、嘘をついているのが、少々、心苦しくなってくる。

 

 だが、そんなルイスのピンチを救ったのは、一輝だった。


「なに言ってるんだよ! カレンが詐欺師なわけない!」


 どうやら信じなくないのか、一輝が反論する。

 

「だいたい、結婚詐欺師の女のが騙すのは、4~50代のおじさんだろ!」


「まぁ、そういうイメージはあるけど、あいつらのターゲットに年齢は関係ないよ。40代だろうが、20代だろうが、金を巻き上げられるなら誰でもいい。しいて言うなら、騙されやすい人間をターゲットに選ぶ感じかな?」


 ルイスが説明すれば、一輝は目を見開きながら


「騙されやすい?」


「そぅ。純粋で、人が良くて、おだてに弱い。実際に一輝君は、ターゲットにされてるしね。それに、大手企業に勤めていて、それなりに貯金もあった。まぁ、実際のところ、お金のあるなしも、あいつらには関係ないんだけどね。お金がない人からは、借金させて巻き上げればいいんだから」


「……っ」


 一輝の表情が、一気に青ざめる。


 まさか、結婚まで考えた女性が詐欺師かもしれないなんて……


「で、でも、父親が病気で」


「それも、詐欺師が、よく使う手口でね。彼女は、一輝くんのことよく褒めてれたでしょ? 詐欺師って、人を褒めるのが、めちゃくちゃうまいんだよ。褒められて喜ばない人はいないから。そうやって、急激に親密になった後、家族が病気や事故にあったとか、お店を出すために資金が必要だとかいって、お金の話を持ち出す。でも、そのころには、完全に詐欺師のことを信じ切ってるから、疑うことなく、助けたいと思ってしまう。ちなみに、いくら渡したの?」


「えっと……600万」


「えぇ、600万!?」


「半年の間にですか!?」


 その金額を聞いて、ノエルとユージュが声を上げた。

 

 昨年にクリスマスごろに付き合って、半年前にフラれたなら、約半年間の間に、それだけ巻き上げられたことになる。


 だが、ルイスは当然とでも言うように

 

「まぁ、妥当な時間かな。一気に親密になって、一気に巻き上げて、バレる前に姿をくらます、それが詐欺師のやり方だから。きっと、別れた後に一緒にいた男は、次のカモなんじゃないかな?」


「そ、そんな……じゃぁ、病気の親も進学できない弟もいなかったってこと? 俺は何のために600万も……っ」


 どさっと膝をつき、一輝は、再び床の上に崩れ落ちた。


 無理もない。一輝はカレンのことを、本気で信じていたのだから。


 だが、その一連の話をきいて、ノエルが感心したように呟く。

 

「それにしても、お姉さん、詐欺師に詳しいね」


「え?」


 突然、息子から問いかけられた言葉に、ルイスはジワリと汗をかく。


 「そりゃ、探偵ですから」なんて、勿論、言えるわけがない。

 

「と、友達が昔、詐欺にあったことがあるの。その時に、色々と調べて……そういう君は、どうして結婚詐欺師だと分かったの」


「あぁ、俺は、ネットニュースで読んだことがあるんだ。マッチングアプリで、詐欺の被害にあう人が増えてるって。ロマンス詐欺って言ってたかな?」


 ロマンス詐欺―― それは、インターネットを利用して行われる詐欺の一種で、主に恋愛関係を装って、被害者から金銭や個人情報を騙し取る手法のこと。


 そして、近年、男女の出会いの場として、SNSやマッチングアプリが主流になりつつあるからこそ、こういった犯罪の温床になるケースが増えていた。


 実際に、ルイスの探偵社にも、そういった依頼が、後を立たない。しかも、国内外問わず。


 とはいえ、一輝の話を鵜呑みにせず、カレンが結婚詐欺師だと見抜いたのには驚いた。


(ノエル、思ったより賢く育ってるんだな。まぁ、の子なら、当然か)


 ノエルが産まれた時のことを思い出す。


 あれから、もうすぐ14年が経つなんて、時の流れは、早いものだと思った。


 だが、我が子の推理力に感動している場合じゃない。


 一輝は、ロマンス詐欺にあった被害者だが、まだ、話は終わっていない。

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