第7話 捜査と探偵社


「よかったら事件の状況を詳しく、お聞かせいただけませんか?」


 ルイスが滞在していたホテルにて、ルイスの助手となのる女性、米田よねだ 真凛まりんと出会ったえにしは、さわやかな笑みを浮かべながら、捜査に協力する旨を働きかけた。


 これも全て、ルイス先生のため。


 もし、本当に事件に巻き込まれているなら、警察だけに任せてはおけない。


 すると、そんな縁の話を聞いて、米田はパッと表情を明るする。


「まぁ! 社長の助手だった方に協力していただけるなら、百人力です! ありがとうございます!」


「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。捜査に加えて頂けて……それでは、早速、事件当日のことについて聞かせて下さい」


 縁が、ルイスの部屋に目を向けながら問いかける。


 すると、米田は『どうぞ』と、部屋の中に案内しながら、現在の状況を話し始めた。


「部屋の中は、警察の方が、あらかた調べた後です。社長は、三週間ほど滞在する予定で、ホテルを借りているので、あと二週間は、このまま利用できます」


「二週間? なるほど。年末年始は、日本に滞在する予定だったということですね」


「はい」


「じゃぁ、その後は、また他の客に貸し出されるということですか?」


「はい。幸い、部屋は荒らされた様子もなく綺麗だったので……指紋などは鑑識が採取しまたが、昨日の夜には撤退しています。この部屋に、ふらっと社長が戻ってきてくれたら、一番いいんですが……」


 米田が、切なげな声を漏らす。


 あと二週間は、このままにできるということは、宿泊費は、前金で払っているのだろう。


 ホテル側としては、大した損害もなく、ルイスの宿泊期間が満了すれば、いつもどおり貸し出しもできる。


 そして、身内の心情としては、部屋を借りている期間内に、ふらっと戻ってきてくれたらと思っているのだろう。


「失踪した日は、一体、何をしていたのですか?」


 すると、続けて、縁が問いかけた。


 部屋の中は、いたってシンプルな部屋だ。


 先ほど借りた、縁の部屋とほとんど変わらない。一つ違いがあるとすれば、テラスがあることだろうか。


 大きめの窓の先がウッドデッキになっていて、くつろぐためのウッドチェアが置かれていた。


 すると、部屋を調べる縁にむけて、米田が答える。


一昨日おとといは、いくつか不動産会社を巡ったあと、このホテルにきました。チェックインした時間は、16時23分です」


「不動産会社? それは、どのような要件で?」


「近々、探偵社の拠点を日本に移そうと考えていて、その物件探しに」


「拠点を日本に? それは、どうしてですか?」


 縁が、首をかしげる。


 縁が助手をしていた頃、ルイスは、フランスを拠点に活動していた。


 それは、父から引き継いだ探偵社が、フランスにあったからだ。


 だが、その探偵社を捨てて、日本に移り住むつもりでいるらしい。


「フランスの事務所は、閉めてしまうのですか?」


「はい、大分、老朽化していましたし。一応、リフォームも考えてはたのですが……あの、でも、本当のことを言うと、私のためなんです」


「米田さんの?」


「はい。私、元警察官で、ある事件で、ルイス社長とであって、警官を辞めて助手になったんです。半分、押しかけ女房みたいに、フランスについていって」


「………」


「でも、実家は日本で、少し前に、私の母が体調を崩してしまって、助手を辞めて、日本に帰国した方がいいなかと思っていたら、社長が『じゃぁ、日本に移住しよっか』って、明るく言ってくださって。それで、今回、物件を探しに、三週間ほど滞在を」


 これはまた、驚いた内容だった。


 助手のために、フランスから日本へ移住とは。


(この助手のこと、結構、大事にしてるんだな?)


 自分の時は、どうだっただろうか?


 縁は、複雑な心境になる。


 先生は、どこか飄々とした、つかみどころのない人だった。


 無邪気で、人懐っこくて、時々子供っぽいところもあったが、全体をよく見まわし、大人としての対応力もすさまじかった。


 だが、縁には、どうしても忘れられないことがあった。


 それは、ルイスにことだ。


『縁、明日から、探偵社にはこなくていいよ』


 あの言葉に、どれほどショックを受けたことだろう?


 しかも、次の就職先も、住む家もしっかり決められていて、ていよく追い出されたのだ。


 そして、一年ほど経ち、久しぶりに会った先生には、子供がいた。


(相手は、誰なんだろう?)


 子供は、一人ではできない。


 あの時、追い出されたのは、恋人ができたからなのだろう。


 まぁ、あの見た目だし、恋人がいても、なんら不思議ない。だが、いきなり追い出されたことに関しては、今でも納得がいかなかった。


 そして、その時の自分への対応と、目の前の米田への対応に、なかりの差があるようで、これは、嫉妬なのだろうか?


 どうにも、釈然としなかった。


(いや、今は、そんなこと考えてる場合じゃない……っ)


 確かに、先生とは、色々あった。

 

 だが、先生に救われのも大切に思う気持ちも、ずっと変わりはしない。


 だからこそ、今は、先生を見つけるのが最優先。


 すると、縁は頭を冷ませとばかりに、前髪をクシャリとかきあげた。だが、そんな縁を見て


「あの、その傷は、どうされたのですか?」


「え?」


 不意に米田に傷のことを聞かれ、縁はあっけに取られた。


 どうやら、髪をかきあげたときに、額に傷があるのが見えてしまったのだろう。

 

 こういう、些細なことに関心をもつのは、きっと、探偵の助手だからだ。


 正直、厄介な職業病だと思う。


 そんなことを考えつつも、なにもやましいことはないため、縁は素直に答える。


「昔、事故に合って怪我をしたんです。でも、大した傷じゃありませんよ」


「あ、すみません。変なことを聞いて。私、気になったら、つい口に出してしまうタチで」


「まぁ、気持ち分かりますよ。俺も、そうでしたし」


「姫川さんも?」


「はい。というわけで、俺からも一つ聞いていいですか? ホテル入ったあと、米田さんは、先生と同じ部屋に宿泊したのですか?」


「え!?」


 瞬間、仕返しとばかりに、赤裸々なことを訊ねれば、米田は、顔を真っ赤にしながら


「い、いえ、同じ部屋ではありません! 私の部屋は、別にとってくださってます。助手とはいえ女なので、社長は、ちゃんと配慮してくださってます」


「そうなんですね。では、最後に分かれたのは、何時ですか?」


「チェックインした、すぐ後で16時42分です。ホテルの防犯カメラでも確認しています」


 きっと彼女は彼女で、警察の事情聴取を受けた後なのだろう。


 質問したことに、正確な時間を添えて返してくれた。まぁ、探偵の助手として働いているのだ。このくらいは、体に叩き込まれているだろう。


 そして、その後も質問を続け、その日のルイスの行動をおさらいする。


 米田と別れた後、ルイスは一人で部屋に入った。


 二階の奥にある角部屋、208号室。


 そしてルイスは、日本に滞在する時は、いつも決まって、その部屋を予約する。


 もっと、景色がいい上階の部屋でもいいのでは?と、米田がすすめたこともあったらしいが『二階がいい』と、いつも言うそうだ。


 そして、それに関しては、縁も知っている情報だった。


 昔から、変わっていない。ルイスは、宿泊施設では、常に三階以下を選ぶのだ。

 

 そして、それは、万が一を考えてのことだった。


 火災や災害に見舞われた際、上階だと逃げ遅れる可能性があるため、より迅速に避難できるよう、いつも下の階を選ぶそうだ。


 そして、そんな言葉を刷り込まれて育ったからか、縁もビジネスホテルを選ぶ時は、いつも3階以下の部屋を選んだ。


「部屋に入った後、ルームサービスを頼んだと言っていましたね」


 そして、ルイスは、17時05分に、ルームサービスを頼んでいる。


 夕食は、部屋でとったのだろう。

 メニューは、ビーフシチューとベジタブルスープ。


 昔から、小食だったが、それは今も変わらないらしい。


「夕食は、一緒には、とらなかったのですか?」


 縁が、米田に問いかける。すると、米田は


「はい。部屋で仕事をしながら食べるって」


「そうなんですね。ルームサービスを届けた方は?」


「男性の職員さんで、井本さんとおっしゃいます。17時15分に届けに来た時は、社長が受けとられたそうです」


「何か変わった様子は?」


「いいえ、特に気になったことはなかったそうです。料理もしっかり食べて、約一時間後の18時17分にワゴンを回収しに訪れた時も、笑顔でお話しされたそうで。その時の様子も、防犯カメラに映っています」


「では、その時までは、確実に部屋にいたということですね」


「はい。でも、その後、社長が、この部屋から出た形跡がありません」


「え?」


「防犯カメラを確認したところ、18時17分から、翌朝、私が部屋に訪れた、8時23分までの間、この部屋の扉は、一度も開かれてないんです」


 米田の話に、縁は眉を顰めた。


 つまり、ルイスは部屋の中にいながら、行方不明になったということだ。

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