第3話 きっと多分冗談
やっと梨々香の家に着いた。寒い一月の夜にコートも着ず飛び出したにも関わらず、体は熱かった。
何も考えず、とりあえず家の前まで来てしまったが、ご家族に迷惑がかかっても嫌なのでインターホンは押せない。僕の度胸の無さを表しているようだった。
「今、君の家の前にいるから体調が大丈夫そうだったら出てきてくれないか」
メッセージで送った。
僕は、梨々香はきっと出てきてくれないだろうと思った。
体は少しずつ冷えてきて、心まで冷却されてきた。冷静に考えてみると自分の行動は無茶苦茶である。会いたいと思って家の前まで行き、出てきてくれるかも分からない相手を待っている。下手すればストーカー行為だ。
しかも今日は共通テスト十日前。ライバル達は順調に学習を進め、今も少しずつ差が開いているのだろう。
というか、梨々香のメッセージも考え直すと百パーセント冗談だろう。学校に来ていないのも私立推薦で受験に合格し、気が緩んでいるのかもしれない。
問いかけも、言ったらどうする?という酷く曖昧なものだ。罹ったらどうだとかそういう話にさえならないレベルの、ほんの冗談なのである。
それでも、僕はやってよかったと思った。こんな無茶は今しかできない。どこか俯瞰して自己を肯定しようとしている。変な試みだ。
僕は眼鏡を服の端で拭いて、スマートフォンの中に入っている単語帳をみることにした。走った後の眼鏡は曇っていて、まめにメンテナンスをしていない事がはっきりと分かるほどまつ毛や指紋がついていて汚かった。
上気した頬に冷えた手のひらをくっつけて温めた。
ここまで来たのだからあと五分だけ待ってみよう。スマホのタイマーをセットした。タイマーが鳴ったらインターホンを押してみても良いかもしれない。彼女の母親には、一緒に下校するついでに彼女を家に送る時、外にいて会ったりもした。全く会ったことのない人ではない。梨々香の父親が出てきたら気まずいけれど。
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