わたしの失敗



 結局、深夜にホテルに戻って、響くんがわたしのために取ってくれた部屋で眠ったあと、響くんと待ち合わせ、ブッフェで朝食のメニューを選んでいたら。


「花……!?」


「あ、お父さん」


 なぜか、すごい形相で、お父さんが近づいてきた。


「お母さんもいるの? 感謝しなよ、響くんに」


「響……おまえ、花と泊まったのかよ?」


「え?」


 あきれきった視線をお父さんに向ける、響くん。どう考えても、場違いすぎる発言でしょ?


「おい、響……!」


「とりあえず、席着かせてよ。璃子は?」


「あ。お母さん、あそこにいる」


 窓際の席で、のんきに手を振っている。


「すっきりした顔してるね。俺のおかげで」


「うん。ありがとう、響くん。本当に何から何まで、響くんのおかげだよ」


 たしかに、ここ最近の昨日までのお母さんと、何かが違っていた。元のお母さんに戻ったことだけは、わかる。


「や、目が覚めたときは、カン違いして、びっくりしちゃったけど。隣で寝てるのが響くんかと思って。遊佐くんという人がいながら、何という間違いを……あ、花もいるんだった」


「親子で、気味の悪い迷惑な妄想するよね」


 紅茶を飲みながら、息をつく響くん。


「ごまかすなよ。花に、手なんか出してないだろうな。立派な犯罪だからな」


 そんな響くんに、まだ納得していないようすで詰め寄る、お父さんが見当はずれすぎる。


「高校生にもなった花を、俺と同じ部屋で寝かせるわけがない。失礼な話だね、本当。類がそういう態度なら、ルームチャージ料請求するよ」


「璃子の件では、ちゃんと感謝してる。だから、最初から、それは払うつもりで……」


「ふうん。そう。じゃあ、これ」


 響くんが出したホテルの領収書を受け取って、金額を確認すると。


「嘘だろ……」


 そのまま、お父さんが固まってしまった。


「そ、そんなにすごい金額なの?えっと、一、十、百、千……ええっ?」


 お母さんも、周りの人に振り返られるほどの大きな声を上げる。似たもの同士だよね、この夫婦。


「冗談だよ。そんなつもりない。たまには、変わった趣向で遊んでみたかっただけ」


「そ、それにしても……! その相手がわたしなんかじゃ、光栄だけど、申し訳ない気が」


「いや、待て。分割なら、どうにか」


「しつこいな」


 そんなやり取りをしたあと、一度部屋に戻ったのだった。





「うん。忘れ物は、大丈夫」


「そう。類と璃子のいる部屋でも、見てきたら?」


「ううん。いい」


 複雑な思いで、首を振る。


「……ごめんね、響くん」


「何が?」


「お父さんもお母さんも、あんなで」


 響くんの気持ち、何も考えていない。


「慣れてるよ、あんなの。何年つき合ってると思ってる?」


「わたしが、お母さんだったら、よかったのに」


「花?」


 響くんが目を見張ったのがわかったけど、止められなかった。


「わたしがお母さんなら、響くんを幸せにしてあげられたのに」


 どうして、わたしは、お母さんじゃないんだろう? どうして、わたしは、こんなにも響くんと歳が離れてるんだろう? どうして、わたしは、よりによって、お母さんの子どもなんだろう?


「……いい子だね、花」


 かがんで、わたしと目線を合わせると、響くんは昨日のように、わたしの頭をなでた。


「そんな、子ども扱いしないで」


「子どもだよ。だって、バカだもん。自分以外の誰かになったら、人を幸せにできるなんて。そんなこと考えるの、バカ以外の何ものでもないよ」


「…………」


 何も言葉を返せない。


「花には、十分すぎる幸せをもらってる。これ以上のこと、望まないよ」


「あ……」


 わたしの気持ちが、響くんに伝わっちゃった。こんなタイミングで伝えるつもりなかったのに……!


「行こう、花。類と璃子も、もうロビーにいるよ」


「待っ……」


 引き止めたいのに、歩調を緩めてくれない響くんに追いつけない。エレベーターには何人も先客が乗っていて、さっきの話の続きなんかできる状況じゃなかった。やがて、エレベーターがロビー階に止まる。


「花。響くん」


 お母さんが、晴れやかな笑顔で近づいてきた。


「響くんは、これから今日どうするの?」


「夜勤があるから、帰る。類に家族孝行してもらいなよ、今までの分」


 お母さんに、いつもの調子で応える響くん。


 無視された。わたしの想い、全部。


「じゃあね、花。災難だったね」


「……うん」


 涙だけは何とかこらえて、響くんの後ろ姿を見送った。


 あんなこと、言わなければよかった。でも、どうしても抑えられなかったの。



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