第434話

side 葵



「ッッ、」



激しい怒りは、私に冷静な判断をさせてはくれない。



私に当てつける様に樹莉に優しく接する蓮さんの意図を酌んでいるからこそ、とてもやるせない気持ちに苛まれる。



蓮さんの好みにしてあるという卵焼きを口に含んだ時、吐き気がした。


蓮さんを知り尽くしている、彼女。


気持ちに答えないくせに、彼を傍に置く、彼女。


嫉妬で気が狂いそうで。


長塚さんが渡してくれたお弁当には心底感謝した。


だけど箸が進まない私は、嬉しそうにお弁当を口にする蓮さんに心が軋むばかりで。



彼が再び樹莉の頭を撫でた時には気が付けばお弁当を重箱に投げつけていた。



『諦めろ』



そんな私に向いてきた、鋭く、冷たい眼光はひたすらにそう伝えてきて。



それでも私の心は彼を欲していた。



好き。



…好き。



苦しい心は、彼を欲する。



樹莉を利用して私に当てつける酷い男なのに。


ゆいかさんから離れられない情けない男なのに。



それでも、私は…



彼が好きなんだ。



「グズッ…、」



逃げ込んだトイレで、涙を流す自分の姿を見つめる。


ここまでされても諦めきれない自分から、一瞬だけでも目を逸らす為、鏡に映る自分から目を逸らした。

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