第7話 三人組と、護衛ナザル

"友達"になったアイラとリファ、リワンの三人は、今日も城の裏手の 湖の畔(ほとり)に出かけた。

アイラとリファの後ろからリワンが付いて来ている。

出かけると言っても、四つのアイラが自由に行くのを許されているのは 城の敷地内だけであり、遊ぶのは専(もっぱ)ら中庭か、城の敷地内の この湖畔になることが多かった。


リワンの更にその後ろから、護衛のナザル〈二十六歳、強面(こわおもて)で筋肉質な青年。黄色(おうしょく)の肌に短髪の黒髪、黒い瞳〉が付いて来ている。

彼は勤続年数からすると そろそろ中堅と言われるキャリアで、腕が立ち、護衛の中でも"手練(てだ)れ"とされていた。

性格も、やや粗野(そや)ではあるが 実直に類するものであり、見た目に反して 最終的には温かみがあった。

そのため、他の大人の目が届かない所であっても、子供達を害したりはしないだろうという評価の元(もと)、この 一見(いっけん) 暇で平和すぎるが、しくじると大変な事になる任務を任されたのであった。



小さなアイラとリファは、兵舎でナザルを見つけると、キャッキャ言いながら呼びかけた。

アイラ「ナーザール! 湖に行くから付いて来て!」

後ろからリワンも顔をのぞかせている。

ナザル「…はい…」

ナザルは、げんなりした顔を隠したつもりでいた。

ナザルは、子供達だけで湖に遊びに行く時はいつも、呼び出されて付いて行った。


彼は別に、特段 子供が嫌いな訳ではなかった。

がしかし、彼女らの遊びを 何時間にも渡って座って ただただ見守るのは、働き盛りの彼にとって、退屈を極めた。

加えて彼は、悪いことに どちらかと言えば せっかちな方だった。



リファ「ねぇアイちゃん、このお花とこの草を潰したらどうなるかしら」

アイラ「さぁ…」

リファは 手近にあった石で、花と草をゴリゴリと潰し始めた。

他にも色々足して、永遠と潰している。

ナザル「……。」


アイラは、暫くその様子を見ていたが、その内に飽きて鼻歌を歌いながら踊り始めたり、ナザルに、彼にとっては下らない質問やナゾナゾを出してきたりする。

アイラ「ねぇナザル、トカゲとヘビだったらどっちが好き?」

ナザル「トカゲすかね」

アイラ「じゃあ、トカゲとラクダだったら?」

ナザル「ラクダすかね」

アイラ「じゃあラクダと羊だったら?」

ナザル「……。どうっすかね」(やべぇ、面倒臭い…!)


アイラ「ねぇナザル、馬車がぶつかった音はなーんだ?」

ナザル「……。何すかね」

アイラ「ばっしゃーん! ふふふふふ!」

アイラはリファと大爆笑で、リワンも少し笑っていた。

ナザル「……。」(やべぇ、クソどうでもいい…!)

ナザルは遥か遠くを見つめた。


リワンはリワンで、自分からは殆(ほとん)ど話さず、興味のある生き物や植物を見つけると、そこへ座り込んだまま動かなくなる。


ナザルは思った。

ナザル (俺…、このまま おじいちゃんになっちゃったらどうしよう…)



そうかと思えば、ヒヤリとする事もあった。

ナザル「浅瀬だけですよ!」

ナザルが釘を刺してから子供達が湖に入ると、リワンとリファは泳ぎには殆ど興味無く、リワンは生き物に、リファは石に着いた苔(こけ)や水草に熱中し始める。

その間(かん)アイラは、チャプチャプと飽きもせずに ただ漂っていたかと思うと、楽しそうに もう少し深い所へ泳いで行こうとする。

ナザル「姫! それ以上はダメです!」

ナザルがソワソワと何度も注意をする。


ナザルの注意がアイラに向いている間(あいだ)に、熱中して観察していたリファが、自分の虚弱な体力と暑さを忘れてしまい、飽きた頃に立ち上がって立ちくらみを起こす。

リファはヨロヨロと岩の方へ移動して、隠れてうずくまる。

アイラ「ナザル、リファがいないよ?」

アイラが泳ぎながら言った。

ナザル「えっ?! さっきまでそこに居たろ?! あれっ?!」

苔(こけ)を見ていたはずのリファは、いつの間にか居なくなっていた。


リワン「すみません、具合が悪くなったようで、そこの岩の影でうずくまっていました」

リワンが、妹の脇を抱えてナザルの所へやって来た。

ナザル「?!」

リワン「リファ、具合悪くなる前に やめないと…」

リファは片側から鼻血を出しながら、目を瞑って頷いた。


ナザルはリファを引き受けながら、愕然とした。

ナザル ( 一人は何をするか分からないおてんばで、もう一人は虚弱体質!

三人の内、二人がやばい。

待て待て、危ない仕事を引き受けちまったんじゃないか? 俺は…!)

ナザルは、リファを日陰に座らせながら思った。

ナザル (子供ってのは、気が抜けない割に、無駄に長い…!)

まだ子供の居ないナザルは、唸(うな)った。


・・・・・・・


初(はじ)めの頃、アイラとリファはナザルに何がしか話しかける事もあった。

アイラ「ねぇナザル、雲の上で水やりをしたら雨が降る?」

ナザル「……はい?」

リファ「まっすぐ水やりしたらね」

アイラ「斜めに水やりする事もあるよ?」

リファ「まっすぐよ」

ナザル「……。」

リワン「斜めになる事もある。風で斜めになるんだ」

アイラ「元々斜めかもよ?」

ナザルは一人天を仰いだ。

ナザル (斜めでもまっすぐでも、どっちもいい! 誰か…助けてくれ!)


ナザルにとって、子供の会話は宇宙語であり、全く興味の無いものであった。

ナザル (頼む、俺に話しかけないでくれ…!

どうでもいいナゾナゾや質問も、金輪際(こんりんざい)勘弁してくれ!)

彼は密かに、そう念じていた。

ナザルが最低限の生返事ばかりしていたため、アイラとリファは、次第にあまり彼に話しかけなくなった。

彼女達が、まぁこの人はこんな感じなんだと認識してくれたらしいことは、ナザルにとって大変に喜ばしい事であった。


そういう訳で 護衛ナザルは、いつもちゃんと居るけど、できるだけ居ないような感じに居た。


・・・・・・


三人ともう一人は、棗椰子(なつめやし)の木々の間を歩きながら話した。

アイラ「え? じゃあ、まだこっちへ来たばかりなの?」

リファ「そうよ。ずーっと旅してきたの。喉がカラカラで、何度も死ぬかと思ったの。しんきようにゆらゆらする、次の国のお城や お寺の塔を見て、あぁ、あそこまで行けばお水があるんだなぁ って思って、がまんするの」

リワン「しんきろう、な」

リファ「あ、そう、しんきろう」

リワンは半目になって、どんよりと思い出した。

リワン「リファは 本、当、に、何度も死にそうになったんです」

アイラ「へぇ、そうなんだ…。なんか…、すごいね! 私なんて、ここから出たことないよ」

リファ「えっ?! そうなの? おひめさまってたいへんなのね。かわいそう」

アイラ「う…ん…、そうなのかな…。ね、西の国は どんななの?」

リファ「んーとね、んーとねぇ、お家(うち)が白くて、お屋根が青かったり赤かったりなの。

ごはんは、お魚とかエビさんとか食べるのよ。あと、おりーぶを食べるの」

アイラ「おりーぶって何?」

リファ「うーん…、兄さま、あれ何?」

リワン「木の実です」

アイラ「へぇー」

リファ「こっちでは一回も食べてないよ。

あと、海があって、カモメさんが飛んでて、お船があるのよ。

こんなに暑くないし。

あと、砂じゃなくて土なのよ」

アイラは、まだ見ぬ西の国を想像して、目を輝かせた。

アイラ「へぇ! そうなんだ!」

リファ「うん。大人になったら、一緒に行こうよ!」

アイラ「うん!」



四人は湖の畔(ほとり)にある小さな家に着いた。

左右に一棟(ひとむね)ずつあり、それぞれ水色の扉が付いている。

リファ「着いた。ここが私達のおうちよ」

アイラ「あれ、ここ、リファのおうちだったの?」

リファ「そうよ。左側の部屋は入っちゃダメよ。父さまのけんきゅうしつなの。

薬草とか しがいとか、色々あるから」

アイラ「しがい?」

リファ「そうなの。しんだ小さな動物とか、私達が居ない時は 人の時もあるみたい…。

怖いし臭いから、入っちゃダメよ。

ひふをぬう練習をしたりして、けがした人を助けるんだって」

アイラ「ふーん?」



三人は右側の家の扉を開けた。

ナザルは外に置いてある机と椅子をチラリと見た。

リファ「ただいまぁ」

リワン「ただいま」

リワンの母 ミーナ「〈ややカタコト〉おかえり。姫様いらっしゃい。ナザルさんも。入って」

ナザルはミーナの、東洋人とは異なるその大柄で出るところが出ている身体を見て、一瞬 生唾を飲んだ。

どうかすると、ナザルと同じくらいの背丈だった。

ナザル「あ、いえ。自分は安全確保が仕事ですので、家の前の椅子に座らせてもらえますか。何かあったら呼んでください」

ミーナ「そうですか?」

ナザルは軽く頷くと、外の机の方へ去った。



アイラ「おばさま、こんにちは。お邪魔します」

ミーナ「どうぞ〜」

リファ達の父 リヤンが、研究室からカゴを持って家の方へ入って来た。

リヤン「お、姫様 来たな。いらっしゃい」

アイラ「おじさま、おじゃまします。あの…、私、ひめさまじゃなくて、名前でよんでほしいです」

ミーナ「〈台所から振り返って〉え? そうなの? じゃ、アイラね」

リヤン「じゃあ私は、リファに倣(なら)ってアイちゃん、かな」

アイラは嬉しそうに頷いた。


リヤンは、茶色の瞳でアイラに微笑むと、魚の開きの入ったカゴを持ち上げた。

リヤン「今ね、丁度 湖の魚を捌(さば)いたから、焼いて食べよう」

リファ「〈アイラに こそっと〉ね? かいぼうしてるの」

アイラ「うん…」

アイラは少し青くなって頷いた。



皆は、家のすぐ外の 湖が見える所にある大きな机と椅子に座った。

ナザルは皆が来ると、同席せず、少し離れた所に移って座った。

ミーナは、いい香りするのお茶を注(つ)ぎ、皆に配った。

母「〈リワンに〉ナザルさんに持っていって」

リワン「はい」

リワンは、お茶と 熱々の焼き魚の乗ったお盆をナザルに持って行った。

ナザル「お、ありがとよ。美味(うま)そうだな」

リワンは微笑み、軽く会釈して戻って来た。


アイラ「何このお茶! おいしい!」

リファ「ふふ、おいしい? それは気分を落ち着かせるお花のお茶なの。

向こうでは、皆 良く飲んでいたのよ。

こっちに種を持って来たんだけど、育つかなぁ?」

リヤン「水分はあるけどなぁ。土と気候がどうかなぁ…」

リファ「父さまは、薬草を育てる為に、土に水の多いこの湖の畔(ほとり)に住んでいるの」

アイラ「ふーん」


アイラは焼きたての魚の串に手を伸ばした。

アイラ「わぁ、おいしい」

リヤン「おや、アイちゃんはこの頃、食べられるようになったのかな。良かった」

リファ「アイちゃん、たべられなかったの?」

アイラ「うん…。お腹痛くなっちゃってたの」

リファ「そうなんだ…。アイちゃん、お腹よわいんだね」

アイラ「うん…」


家族が揃った午後のひと時。

アイラは眩(まぶ)しく友人一家を見た。

アイラ (私も、普通の家に生まれていたら、こんな時間があったのかなぁ。

父さまはいつも忙しいし、ゼダは連れて行かれちゃうし…。

ウチは、こんな風にのんびり一緒に過ごすことなんて、あんまり無いなぁ…。

あぁでも、母さまは毎朝 舞を教えてくれるからいいや…)

アイラはそう思うと、少しだけ胸を温かくして、俯(うつむ)き微笑んだ。

リヤン一家は、アイラのその様子をそっと見た。


リヤン「あぁそうだ。リワン、明日は街の診療に行くから、付いて来なさい」

リワン「はい」

アイラ「街の診療?」

リワン「父さまの手伝いです」

リファ「〈おずおずと〉私も行く」

リヤン「お前はまだ小さいし、身体も弱いからなぁ…」

リファ「無理しなければ、大丈夫だもん」

リヤン「うーん…、まぁ、何かの使いっ走り位にはなるかなぁ」

リファ「なる、つかいっぱしり、なる!」

リヤン「〈笑って〉分かった分かった。但(ただ)し、邪魔したらすぐ帰ってもらうからな」

リファ「うん」


アイラは目を丸くして、リファ達 一家を改めて見た。

アイラ (リファん家(ち)って、なんか…すごいんだな…)


・・・・・・・・・・・


翌日。

街の診療所には、外まで列ができていた。


三歳児のお母さん「昨日から熱が下がらなくて…」

リヤン「〈諸々診て〉熱冷ましの薬を出しますので、煎じて飲ませて様子を見て下さい。リワン」

リワン「はい」

リワンは、薬草を小袋に入れて渡した。

リヤン「変化があったら、また来て下さい」

母親「はい…。ありがとうございます」

母親は子供を抱っこすると、出て行った。


次に診療室に入って来たのは、足を引きずった中年男性で、十六、七歳位の息子が肩を支えていた。

父親「仕事で屋根から落ちちまって。ちっとも痛みが引かねぇから」

リヤン「あらら、これは折れてますよ、お父さん。リワン、できるな」

リワン「はい。〈包帯を用意しながら〉リファ、当て木を持って来て」

リファ「はい。あてぎ、あてぎ…」

リワン「〈指差しながら〉そこの隅にいくつかあるだろ?」

リファ「あぁ、木ね!」



その時、リワンと同い年 (七歳) 位の男の子が後ろから割り込んで来て、泣きそうな顔で言った。

男の子「あの、すみません! まだ全然順番じゃないんですけど、ウチすぐそこなんで、来てもらえませんか?

母ちゃんのお産が もう二日かかってて、死にそうなんです!」

リヤン「……。分かりました。〈廊下で待っている人達に〉すみません、皆さんちょっと待ってて下さい」

列の人達は、「えぇ〜っ」っと悲壮な顔をした。

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