第68話 いつまで経っても子どもってことよ

「月凪ちゃんがもう帰っちゃうなんて寂しいわねえ」

「大事な息子はいいのかよ」

「珀琥ももちろん大事よ……これでいいの?」

「投げやりすぎるだろ」


 などと母さんと話しつつ、俺と月凪は帰るための支度を進めていた。


 土日を挟めば夏休みが開け、学校が始まってしまう。

 なんだかんだと色々あった夏休みも終わるわけだ。


 因みに父さんは今日も仕事なので、昨日お祭りから帰った後に話をしておいた。

 学校頑張れよと月凪を大切にするんだぞ、みたいな話をされたけど、どっちもおろそかにするつもりはない。


 学校はわざわざ遠くのとこに一人暮らしで通わせてもらっているし、月凪は……まあ、本当の関係性はともかくとして大切な人であるのは変わらないわけで。


「月凪さん……と、お兄ちゃんはお正月どうするの?」

「なんで俺を付け足した」

「別にいいじゃん拗ねないでよ」

「拗ねてないんだが?」


 淡翠までこの調子だから、月凪とうちの家族の関係は申し分ないらしい。

 安らぐ場所になったのならと喜ばしい反面、ここまで懐くとは思わなかった。

 なんにせよ仲がいいのはいいことである。


 ……裏でああだこうだと俺のことを話しているらしいが、それはそれ。


 月凪も淡翠も、俺が嫌がることはしないと信用はしている。


「お正月は珀琥次第ですね。よろしければ、また来たいとは思っていますよ」

「やった! お兄ちゃん今年は絶対連れてきてよ?」

「都合が良ければな。去年みたいに大雪で新幹線が止まらないことを祈ってくれ」

「確かにそうねえ。どっちにしても二人が元気に過ごしていてくれたら母さん的には言うことなしよ」

「本当にそうだな。体調は崩さないようにしないと」

「……ですね」


 夏休みの頭に思いっきり風邪を引いていた月凪は苦い顔をしながら頷いていた。


 人間だから完全に体調を一定に保つのは無理だとわかっているけども、健康に越したことはない。

 色々な理由が重なって風邪を引くこともあるだろう。


「具合が悪くなったら珀琥を遠慮なく頼るのよ。何年も病気したことがないくらい身体が丈夫なのが取り柄なんだから」

「ええ、そうさせていただきます」

「お兄ちゃんは面倒見いいからなあ」

「誰かさんのお陰でな」

「感謝してよね?」


 ふふん、と鼻を鳴らして自慢げに笑む淡翠を見て、全員の笑い声が重なった。


 それから父さんと母さんが用意していたお土産を仕分け、邪魔にならない程度に荷物として纏めてしまう。

 行きよりも帰りの方が荷物が増えるのは、大切にされている証拠なんだろうと受け止めておく。


 準備が出来たら来た時と同じように母さんが運転する車で駅まで送ってもらう。


「それじゃあ母さん、また今度」

「お世話になりました」

「またねー!」

「くれぐれも身体には気を付けるのよ? ちゃんとご飯も食べて、学校行って、喧嘩もしないように仲良くすること。それから――」

「そんなに言われなくても子どもじゃないんだからわかってるって」

「母さんからすればいつまで経っても子どもってことよ」


 その言葉に含まれる思いの数々を噛み締めながら別れ、新幹線のホームへ。

 事前に購入していたチケット通りの時間に到着した新幹線に乗り込み、帰路に着く。


 移動中は月凪が途中で寝落ちしてしまったので割愛。

 楽しんでもらえていたとは思うけど、同じくらい疲労も溜まっていたのだろう。

 環境的には慣れない場所なわけだし。


 到着する頃に起こし、電車も乗り継いで最寄り駅まで移動し、そこからは荷物の量的にやむを得ずタクシーで帰宅することとなった。

 俺だけならともかく、月凪にこれだけの荷物を持たせて移動するのは厳しいものがあると判断してのこと。


 マンション前に着いた頃には日も傾きつつあり、辺りは薄暗くなっていた。

 そして二人で帰る先は当然のように俺の部屋。


「ふぅ……なんとか帰ってこれたな。疲れただろ?」

「慣れない環境なので多少は疲れましたけど、それ以上に楽しかったですよ」

「ならよかった。とりあえずエアコンつけて荷解きだな。飯は……食材もないし疲れたから出前でいいか? 外で食べるのも疲れるし」

「構いませんよ。荷解き頑張りましょうか」


 疲れているだろうけど、これはやってしまわないと後々面倒になる。


 それぞれ荷物に手を付け始めてからしばらくのこと。


「……珀琥。明日の予定は空いていますか?」


 不意に、探るような雰囲気で聞いてきた。


「そりゃあ開いてるけど」

「行きたいところがありまして」

「そういうことならお安い御用だ。で、行先は?」


 夏休みの最後だからな。

 近場の外出くらいは付き合うつもりでいた。


 軽いノリで聞いてみれば、月凪はどこか懐かしむように視線を泳がせ、


「行先は私の母親のお墓です」


 返ってきた答えは完全に俺の想定にはない場所で。


「……俺もいていいのか?」

「いいんです。いてくれた方がありがたいので」

「それならまあ、いいけども」


 ……人様の家族のお墓参りか。

 逆の立場になると流石に緊張するな?

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