11 銃声の記憶、静かな慰め
夕食の席に着いた翔は、目の前に並べられた料理をぼんやりと見つめていた。エリスが気を遣って用意した料理だったが、箸を持つ手が止まったままだった。口に運ぼうとするたびに、今日見た光景が脳裏をよぎる。
――目隠しをされたルイス大尉。恐怖で震え、立っていることさえままならなかった姿。その場の冷たい風、重々しい沈黙、そして響く銃声。
翔は息を詰め、喉がひどく乾いていた。だが、水を飲む気すら起きない。何度も瞬きをしてその記憶を振り払おうとするが、映像のように鮮明に頭に焼きついていた。
「これが…戦争なのか…。」小さく、しかし深い意味を込めて独り言のように漏らした。
エリスはその様子を黙って見守り、言葉をかけることができずにいた。
「この戦時下で、不正をただし、財政を立て直す…。これは本当に、大変なことなんだな。」翔は自分に言い聞かせるように、口にした。
だがその言葉は、彼の胸に重くのしかかり、目の前の料理が一層遠く感じられた。「もう休むよ、エリス。」翔はそう言い残し、席を立って寝室へと向かった。
翔はしばらく天井を見つめ、重たい空気を吸い込んでいたが、耐えきれずにエリスを呼ぶ決意をした。ベッドから起き上がり、扉の向こうで気配を感じ取っているエリスに静かに声をかけた。
「エリス、少し…こっちに来てくれるか?」
エリスはすぐに部屋に入ってきたが、翔の表情がいつもと違うことに気づいていた。「翔様…何かお困りですか?」
翔は一瞬迷ったように沈黙し、深く息を吐いた。そして、ベッドの端に腰掛け、少しうつむいたまま、低い声で言った。
「今夜…そばにいてくれないか。今日は…どうしても、ひとりでは眠れそうにない。」
エリスはその言葉の裏にある深い感情を感じ取り、心配そうに彼を見つめた。「かしこまりました。翔様のそばでお支えいたします。」
エリスは静かに翔の隣に座り、気遣うようにそっと彼の肩に手を置いた。彼女の手の温もりが、冷たくなった翔の心にじわりと広がっていく。翔は自分の体が少しずつほぐれていくのを感じ、深く息をついた。
エリスはそのまま、彼に寄り添うように体を寄せた。彼女の細く柔らかい身体が、優しく翔に触れる。
彼女の触れ方は慎重で、それでいてどこか包み込むような優しさがあった。
翔は無意識のうちに肩の力を抜き、彼女の手に体を預けた。
翔の腕に触れた彼女の胸は、ほんのわずかな接触でしかなかったが、その瞬間に感じた柔らかさと温もりは、彼の心を静かに揺さぶった。それは感覚的でありながらも、どこか神聖なものに感じられた。彼女の体から伝わる鼓動が、ゆっくりと彼の中に響き、彼はそのリズムに心を預けた。
「エリス…」翔は、ふと彼女の名前を呼んだ。彼女の呼吸が静かに彼の耳に届き、その規則的なリズムが、彼の乱れた心を少しずつ落ち着かせていく。エリスは何も言わず、ただ彼の背にそっと腕を回し、さらに近づいて寄り添った。
彼女の柔らかな身体が彼にぴたりと触れ、繊細な温もりがじんわりと伝わってきた。エリスの体はまるで絹のように滑らかで、触れるたびにその柔らかさが感じられる。翔が無意識に体を動かすたび、彼女の胸が軽く彼の腕に押し当てられ、その柔らかな感触に心が揺れた。
翔が少し体を動かすと、エリスの呼吸が微かに乱れるのがわかった。彼の動きに合わせて、エリスの胸が上下にかすかに揺れ、そのたびに彼女の息遣いが熱を帯びていく。最初は静かだったが、次第に抑えきれないような気配が漂い始めた。エリスは何とか声を抑えようとしていたが、翔の動きに応じて自然と息が漏れ出す。
「んっ…」と、彼女の口元から控えめな声が漏れる。可愛らしいその声は、エリスの普段の静かで控えめな振る舞いとは対照的で、翔の耳元で繊細に響いた。彼女は必死に抑えようとするものの、その声が完全に止まることはなく、まるで自然に湧き出てくるかのようだった。
事が終わり、静かな空気が部屋を包んだ。翔はゆっくりと息を整え、隣にいるエリスの方へと目を向けた。彼女は疲れた様子で微笑んでいたが、翔はその姿に少し罪悪感を感じた。エリスの柔らかな体が軽く震えているのを見て、彼はそっと彼女の手を取った。
「エリス、大丈夫か?無理をさせたんじゃないか…?」と、優しい声で尋ねる。彼は彼女の体調を気遣いながら、穏やかに肩を撫でた。
エリスは少し息を整えて、翔の方を見上げ、微笑みながら首を横に振った。「いえ、翔様…私は大丈夫です。むしろ、こうしておそばにいられて嬉しいです。」
彼女の優しい言葉に、翔は少しだけ安心した。
翔はベッドに横たわり、天井を見つめたまま、今日の出来事を反芻していた。銃殺の光景が鮮明に蘇り、胸の奥に重くのしかかっていた。
「…銃殺は、やっぱりショックだった。」翔は静かに呟くように言った。
隣にいたエリスは、優しく彼の手を握りしめ、静かに言葉を紡ぎ出した。「翔様…お辛いことだとは思います。でも、軍の物資は国民の税金が使われています。不正が行われれば、その影響は大きく、国全体に及びます。」
翔はエリスの言葉に耳を傾け、何かを考えるように目を閉じた。彼女の言葉は理屈として理解できても、心の中にまだ消えない感情があった。
「もし、あるはずの物資が無いとなれば、戦局にも影響を及ぼします。兵士たちが飢えるかもしれません。そうなれば、国民の生活も危険に晒されるのです。」
翔はその言葉に、少しずつ納得していく自分を感じたが、それでも心の中にある痛みが消えるわけではなかった。「でも…犠牲になったのはルイス大尉だ。彼もまた、この戦争の犠牲者なのかもしれない。」
エリスはそっと翔の頬に手を当て、優しく見つめながら答えた。「翔様、大局を見据えるなら、時に犠牲があるのは避けられません。ですが、それは決して無意味なものではありません。もし不正が放置されれば、さらに多くの命が危険に晒されることになるのです。」
翔は深く息をつき、エリスの言葉に重みを感じていた。
「それでも…俺が正しいことをしたのかどうか…まだわからない。」
エリスはその言葉を聞いて、少しだけ微笑んだ。
「翔様は正しいことをしました。国を守るために、不正を見逃すわけにはいきません。翔様が立ち向かっているのは、ただ一つの命ではなく、国全体の未来です。どうか、ご自身の判断を信じてください。」
その言葉に、翔は静かに頷いた。エリスの言葉が彼の心に響き、少しずつ自分の決断が意味を持つものだと理解し始めていた。
「…ありがとう、エリス。お前の言葉で少しだけ、楽になったよ。」
翔は彼女に感謝の意を込めて言い、深い眠りに落ちる準備が整ったかのように、ゆっくりと目を閉じた。
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