第12話
「フィーが王子…。そうか、確かあの少年がそのようなことを言ってたな。聞き間違いをしてるのかと思っていたが。旅をしていて稀に銀髪の者を見かけることがある。どちらかというと灰色に近いくすんだ色だ。だがフィーは輝くような美しい銀色だ。その銀髪を見て王の血縁ではないかと俺も薄々思っていたのだが…。だがイヴァル帝国には王女しかいないと聞いている。そうか…双子か。なぜ王子の話は耳に入って来なかったんだ?」
リアムが腕を組んでブツブツと呟いている。
僕は身体ごとリアムの方を向いて、両手でリアムの腕に触れた。
リアムが口を閉じて僕を見る。
「…イヴァル帝国では、双子は災いをもたらすと言われてるんだ。そして王になるのは女の方だと決まってるから男の僕は呪われた子供だ。だから本来は、生まれてすぐに消される運命だった。だけど双子の姉上が病弱だったために、僕は姉上の身代わりとして生かされたんだ」
「は?なんだその悪習は…。双子でも男でもどちらも王の子だろう」
「うん…。バイロン国では双子に生まれても大丈夫なんだね。羨ましい…」
「当たり前だ」
僕はリアムの腕に触れていた両手を降ろして固く握りしめた。そうしていないと震えてしまうからだ。
「イヴァル帝国ではね、僕の存在は無いものとされているんだ。僕は姉上の身代わりとして生かされていただけだから…。姉上の代わりをしている間にね、何度か毒を盛られた。だから少しは毒に慣れてるんだよ」
「フィー」
あれ?おかしいな。固く握りしめているのに手が震えている。声も震えている。気を緩めると涙まで零れそうだ。
震える僕の両手が、大きな手に包まれた。とても温かくて、堪えていたのに涙が出てきた。
「良い薬のおかげで…姉上は少しずつ元気になってね、リアムと出会う数日前には全快復したんだ。だから僕は…不要になった。国の端にある村に行けと…城を出されて、あの森で殺されるはずだった。そこをリアムが助けてくれたんだよ」
「そうか、ならば間に合ってよかった。双子に生まれたから殺されるなんてふざけている。フィーはもっと怒っていいのだぞ」
「どうして?僕は生まれてきちゃだめだったんだよ?呪われた子なんだよ?」
「馬鹿がっ!生まれてきてはいけない子なんてっ、呪われた子なんて世界中どこにもいるもんかっ!」
「…いるよ、僕がそうだもの」
「違うっ!俺が証明してやる!フィーは生きてていい、愛されるべき人だとっ」
「生きて…いい…?」
リアムが力強く僕を抱きしめる。
あまりにも強く抱きしめられて息が苦しい。
唯一僕に生きていていいと言ってくれたのはラズールだった。だけどもう傍にラズールはいない。だから次に王の追手に見つかったら、抵抗しないで死のうと思っていた。とっくに覚悟も出来ていた。なのに今、リアムが生きていいと言ってくれる。いいのかな?本当に僕は呪われた子じゃないのかな?僕が生きててイヴァル帝国に悪影響はないのかな?
「そうだ、俺のためにも生きてくれ。俺は…フィーを愛している」
「…え?」
僕はリアムの言葉に、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
涙に濡れた僕の顔を見て、リアムが愛おしそうに目を細める。
「ごめん、俺もフィーに辛い想いをさせたよな…。フィーと出会って、一目惚れをしたのは本当だ。フィーが男だとわかって勝手に裏切られた気になっていた。腹が立った。だが腹が立っていたのは、男だとわかってもフィーのことばかり考えてしまう自分の気持ちを誤魔化すためだった。怒っていないとフィーが好きだという気持ちが溢れてしまいそうで戸惑っていた。俺は本当に馬鹿だ。凝り固まった考え方で自分の気持ちを認めようとしなかった」
「うん…」
リアムが大きな手で僕の濡れた頬を拭う。
「でも無理だったよ。フィーを愛しいと想う気持ちが大きくて、誤魔化すなんてできなかった。だからフィーと離れたくなくて追いかけたんだ。…でも俺から逃げたフィーは、俺のことを嫌いかもしれない。そう思うと素直になれなかった」
「うん…」
「フィー、改めて言う。俺はフィーを愛している。俺の妻になって欲しいという気持ちは変わらない」
「うん…え?妻?僕は男だよ…」
「知ってる」
リアムが太陽のように眩しい笑顔で頷く。
僕はあまりの眩しさに、逞しい胸に顔を伏せて隠れた。
「あの…バイロン国では、男を妻にできるの?」
「できる。というか俺が法を変えてやる」
「ええ?リアムって本当にすごい自信家だね…」
「まあな。どうだフィー、俺に惚れたか?」
僕は視線だけを上げて、リアムの灰色のマントを握りしめる。
「あの…僕、人を好きになるということがわからないんだ。だから…もう少し待って?リアムの傍は心地いいし一緒にいたいと思ってる。でもそれがどういう気持ちからなのかわからない…から、もう少し待って…お願い」
「うっ…その顔はずるいだろ…。わかった。フィーが俺を好きになるまで、いつまでも待つ」
「ありがとう。本当に感謝してる。僕はリアムに出会えたことが、生きてきた中で一番の幸せだよ」
「……」
見上げた先のリアムの耳が、みるみる赤く染まっていく。
僕は驚いて膝立ちをすると、両手でリアムの耳に触れた。
「なっ、なんだっ!」
「リアム、熱が出てきてない?耳が熱いよ?」
「ばか…それはおまえが…」
「え?なに?大丈夫?」
「ちょっ…やめっ」
僕は額を出して、リアムの額に当てる。でも思ったよりも冷たくて、小さく首を傾けた。
「あれ?冷たいね…」
「おまえ…距離感がおかしいだろうが」
「だってラズールが、よくこうして熱があるか見てくれたよ?」
「…ラズールって、誰?」
いきなり不機嫌な顔になったリアムが、僕の肩を掴んで低い声を出す。
思いの外強く掴まれたために、魔物に傷つけられた箇所が痛んで、つい声が出た。
「あ、いたっ」
「悪いっ」
僕の声を聞いてリアムが慌てて手を離す。そして僕の両手を握りしめながら、今度はとても優しい声を出した。
「ごめん…フィー。フィーの口から知らない奴の名が出て腹が立った。ごめん」
「どうして腹が立つの?ラズールは僕の世話をしてくれた人だよ。今は姉上の側近になってるらしいけど…」
「は?フィーがいなくなった途端に仕える主を変えたのか?」
リアムが険しい顔で言い放つ。
僕の胸がズキンと痛む。
ラズールは十六年間ずっと僕の傍にいたんだ。簡単にはラズールがいなくなった寂しさは癒えない。
黙って俯いてしまった僕の頭を、リアムが大きな手で優しく撫でた。
「フィー、俺は決しておまえの傍を離れない。刺客からも魔物からも守ってやる。だからそんな顔をするな」
「リアム…」
僕は顔を上げて、頭を撫でるリアムの腕を掴んで微笑もうとした。だけど上手く笑えなかった。
なのになぜか、リアムが甘い顔をして僕を抱きしめてくる。
あ…そうか。僕を慰めようとしてくれてるのかな。ふふ、リアムの体温と匂い…好きだな。
僕もリアムの背中に手を回して硬い胸に頬をすり寄せた。
「大丈夫だよ…。リアムがいてくれるから今は寂しくない…」
「それならいい。…というか、あのな、俺はフィーの笑った顔がたまらなく可愛いと思う。…が、あまり他の者の前では笑わないでくれ」
「え…僕、笑い慣れてなくて…やっぱり変かな…」
「違うぞ!単に見せたくない…というか、フィーの笑顔は俺だけのものというか…」
僕は上目遣いに紫の瞳を見て小さく首を傾ける。
「よく…わからない。けど僕が笑うとしたら、リアムの前だけだよ?あ、ノアの前でも笑うかな?」
「なに?あの少年…やはり許せん…」
「リアム」
「なんだ?」
またもやぶつぶつと呟き始めたリアムのマントを掴んで小さく引っ張る。
ようやくリアムと目が合うと、僕は身体を離してもう一度確認をする。
「リアム、本当に僕が傍にいてもいいの?呪われてる僕が気持ち悪くない?」
リアムは僕の両手を握りしめると、正面から目を見つめてはっきりと言った。
「傍にいて欲しい。気持ち悪いなどと微塵も思わない。だからフィー、おまえも自分のことをそんな風に言うな」
「…うん、わかった」
頷いた僕を見て、リアムが笑いながら僕の頬を撫でた。そして僕の脇に手を入れて立ち上がると、僕と自身の服についた草を手で払う。
「ありがとう」
「ああ。ではデネス大国に向かうか」
「うん。またよろしくね、リアム」
「俺の方こそよろしく頼む」
「うんっ」
僕は笑って返事をする。今度はちゃんと笑えたようだ。
だってリアムが、美しい紫の瞳を細めて優しく見てくるから。
ロロに乗るのを手伝ってくれたリアムの、離れていく手を掴んで僕も見つめ返す。美しい紫の瞳から目が離せない。
「どうした?一緒に乗るか?」
「ううん、そうじゃなくて…。ずっと思ってたんだけど、僕…リアムの目が好きだよ。とても綺麗だと初めて会った時から思ってたんだ」
「目だけかよ…」
「え?」
「んっ…いやっ、俺もおまえの緑の目が美しいと思っているぞ。その髪も顔も肌も、全てが美しい。全てが好きだ」
「…あ、うん…ありがとう。そんなに褒められたことないから…恥ずかしいよ」
「あのな、こんなことを言うのは失礼かもしれんが、イヴァル帝国の王城にいる者は、みな目が悪いのか?よく天使のようなフィーを放り出せたものだな。まあそのおかげで俺はフィーと出会えたから感謝しているが」
リアムが僕の手の甲を撫でて離れ、自分の馬に乗る。
僕はリアムを見つめながら、ちゃんと思っていることは口に出さなきゃと息を吸う。
「リアム」
「ん?どうした?」
手綱を掴んだリアムがこちらを見る。
僕も手綱を握りしめて、一息に言葉を吐き出した。
「僕っ、イヴァルで過ごした日々は辛かったけど、呪われた子として追い出されてよかったって思ってる…っ。だってリアムと出会えたからっ!…あのっ、ちゃんと僕の気持ちを伝えたくて…そのっ」
「フィー、ありがとう!」
リアムがすぐ傍にきて眩しく笑う。
ああ…本当になんて眩しいのだろう。この笑顔を見ていると、僕の心の中が温かくなる。
「やはり俺たちの出会いは運命だな!」
笑顔でそう言うと、リアムはデネス大国に向けて進み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます