第16話

 七瀧くんは私のところにやってきて、そんなことを言う。

「なに? でも、まだ中一だよ。卒業式の話するなんてちょっと気が早くない?」

「早すぎるけど、別に事前に頼んでも問題ないだろ。……赤根川。俺の第二ボタンをもらってくれ。第二ボタンは……俺の心だ。お前に話しかけられようになって最初の頃は、マジで迷惑だって思ってたけど、徐々にお前と喋ってたら時間が早く感じるようになって、いつからか、お前に話しかけられんのを楽しみにしてる自分がいることに気づいた……。

そうして、お前は俺の心に、少しずつ少しずつ穴を開けていった。……俺が人殺しって知っても、関わりたいから関わる、味方だって言い切ってくれたあの日。虫を克服したあの日。白侑たちがいなくなった後、お前はずっと傍にいてくれたよな……。そして、今日。俺は言葉で人を殺すこともあると痛いほど理解してるからこそ、自分が口にした言葉で相手が傷ついていないかどうかを、異常なぐらい確認するようになった。このことを、お前は俺が打ち明けずとも理解してくれていた。自殺しようとする俺を必死に引き止めてくれたし、一緒に死ぬとまで言ってくれた。……俺はあのまま静かに落ちるつもりだったし、白侑ももう掴まなかったのに、お前だけは俺の手を掴んで引っ張り上げようとしてくれたよな? 確実に自分も道連れになるってのに。こんな、生きてる価値もねぇ俺を必死に生かそうとしてくれた……。その瞬間、俺の心のど真ん中はお前にぶち抜かれたんだ」

 私は七瀧くんの話をちゃんと聴いていたし、真剣に考えてみたけど、よく分からなかったから真剣に聞き返した。

「つまり、どういうこと?」

 すると、七瀧くんは初めて耳にする「あ゙ーっ」と濁った声を発しながらがしがしと頭を掻いた。

「つまり、」

「つまり?」

「好きなんだ! 俺にはお前が必要だ!!」

 榎塚くんに続いて七瀧くんに告白されて、頭が真っ白になる。しかし、私はその告白を素直に受け取ることができなかった。

 だって、七瀧くんにとってのヒーローは今でも谷向くんで、私は七瀧くんのヒーローになることは一生できないと思う。両想いだ! って浮かれることも、できない。

「七瀧くんが本当に必要なのは私じゃなくて谷向くんで、七瀧くんは谷向くんのことが好きなんじゃないの?」

 七瀧くんは目を瞬かせる。数秒後に、勢いよく噴き出して、腰を折り曲げながら笑った。まるで、七歳の男の子に返ったかのような、無邪気な笑い方だ。

 谷向くんと榎塚くんまで爆笑し始める。ぽかんとした顔をしているのは、犬塚くんと私だけだ。

「久しぶりに腹抱えて笑った……。なあ、赤根川。俺がいつ、白侑のことを好きだって言ったよ?」

「言ったことはないけど……」

「お母さんが行方不明になってから幼馴染の白侑に依存するようになったことは認める。けど、白侑に対して恋愛感情は抱いたことなんて一度もねぇよ。そもそも俺が好きなのは赤根川天寿。生涯お前だけだよ、天寿」

「な、名前!!」

 心臓が破裂しそうになる。不意打ちの呼び捨ては狡い。しかも下の名前。

「もらってくれよ、天寿。卒業式前日に大穴を開ける予定の俺の第二ボタン。お前にど真ん中ぶち抜かれた俺の心を」

 七瀧くんは笑った。一眼見ただけで、憑き物が落ちたと心の底から安堵するような、眩しい笑顔だった。

「うん。必ずもらうって約束する。私も好きだよ。透埜」

「不意打ち透埜はやめろ。俺の心臓が破裂する」

「そっちこそ不意打ち天寿、やめてよ。もう破裂した」

「悪ィ」

「軽い!」

「そういえば、俺たちは二人合わせてテントウムシなんだよな?」

 唐突に話題を変えてきたので戸惑ったけど頷く。

「てっきりちゃんと聞いてないし覚えてないと思ってた。覚えてたんだね……。あのね。何でテントウムシかっていうとね」

「待て」

 私が理由を説明しようとしたら七瀧くんが途中で遮った。

「分かってるから、いい」

「分かってるの?」

「ああ。お前からテントウムシだと聞いたあの日の夜、考え始めて三分で分かった。天寿のテンと透埜のトウでテントウムシだろ? 俺の苗字に七入ってるからナナホシテントウでもいいと思ったけどな」

「ううん。ホシがないからナナホシテントウにはなれない」

「そういうもんか? よく分かんねぇけど」

 七瀧くんが喉の奥で馬鹿にするように笑うから、ムカついてそっぽを向く。

「悪かった、悪かっ……」

 七瀧くんの軽く詫びる声に被せるように「あっ」と声を上げたのは榎塚くんだ。

「そういえば、白侑が言ってたけど。二人だけじゃテントウムシにはなれない。やむかいしろう。名前にムとシが入ってる俺がいて初めてテントウムシになれるって」

「おい、余計なこと言うな!!」

 谷向くんは少し焦っているような表情で榎塚くんに向かって怒鳴る。

「そっか……。私たちは三人合わせてテントウムシなんだね」

「ちょっと待て。俺は透埜をわざと傷つけた。そんな俺を仲間に入れていいのかよ?」

 谷向くんは私の顔色を窺っていることも、入れていいわけがないと心の中で思っていることも、容易に伝わるような表情で問うた。

 声も震えているのもわざとか。いやわざとではないだろうな、と思った。

「入れていい。だって、谷向くんが言った通り、私たちだけだとテントウでテントウムシにはなれないから」

 そう答えると、谷向くんは目を逸らして花が萎れるように俯いた。

「胸触ろうとして、ごめんな……。胸を触ればビンタすると思った。ビンタで俺のことを罰して欲しかったんだ」

「それ聞いて改めてビンタしなくてよかったと思うよ……」

「はぁ? した方がスッキリするだろ」

「するわけないよ。モヤモヤするし罪悪感で胸は痛くなるし心臓がばくばくして息が詰まる。……あっ谷向くんがあの時、俺が虫食べたら共食いになるって言ったのって自分の名前にむとしが入ってるからだったんだね」

「……まぁ。でもほんとにいいのかよ? 俺がいない方が……、二人合わせてテントウムシって方がラブラブでいいんじゃねーの?」

 だから、いない方がとか暗い声でそんな悲しいこと言わないで欲しい。

「ううん。三人がいい。三人合わせてテントウムシの方がパワーアップした感じでなんか強そうだし。……でね。私たちはテントウムシは誰一人として欠けたらいけないんだよ。ね、透埜くん」

「一人ぐらい欠けたって問題ないだろ。特に俺とか」

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