第12話

「……ああ。夏休み明けに頼んだ」

「だよな? ……小一の時、お前が咄嗟に死ねよってお母さんに言っちまったのは、しんじの野郎が死ねって何度も言いながら、殴ったり蹴ったりしたせいだろうが。怒った時に、耳と記憶に刻みつけられた暴言が口から零れても別に不思議じゃない。それに、お前が死ねよっていう直前に、なんか言われたって言ってなかったか? お母さんから」

「そうだよ。お母さんが先に言ったんだ。あんたを産んだこと後悔してる。死ねよって……」

「それでお前が、お前が死ねよって売り言葉に買い言葉でつい言い返しちまったんだよな……。でも。お前が、『息子に死ねよって一回言われただけで何で死んだんだ? メンタル弱すぎだろ』って、故人のお母さんに対して言ったから……。俺はそのお前の発言を、どうしても許すことができなくて……、」

 怒涛の勢いで明かされていく内容の数々。私の脳は混乱して全然追いつけなくて、自分がどうするべきなのか分からなくて、二人の会話を見守ることしかできずにいた。

 黙り込んでいる私と同じように七瀧くんも黙り込む。

「お前のお母さんは既に追い詰められてる状況だったんだと思う。自分の息子に向かって死ねよって思わず言ってしまうぐらい。そんな時に、お前から死ねよって言い返されて……。お前の一言が止めの一言だったんだ。……人間は自分が実際に経験しねぇと本当の意味では理解できないっていうからな。実際に追い詰めて、追い詰められてる状況下で、俺がお前に死ねよって言ったら、傷つくかどうか体験して、理解して欲しかった……。追い詰めるためにいじめた」

 違う。さすがに口を挟まずにはいられなかった。

「谷向くんは七瀧くんをいじめる必要なんてなかった」

「……どうしてそう言い切れる?」


『死にたくなるぐらい傷ついたなら今すぐ謝るから』


 七瀧くんの言葉を思い出しながら言う。

「七瀧くんはちゃんと理解してるから。言葉の暴力は時に人を自殺に追い込むことがあるって。理解してるからこそ、七瀧くんは人と接する時に、自分の言葉で相手が傷ついたのかどうかを、過剰に確認する。……お母さんは女性だったから特に女性に対しては特に」

「だから俺たちよりお前に確認する回数の方が多かったのか?」

 谷向くんに訊かれて「多分」と返す。七瀧くんは私と目が合った瞬間に目を逸らした。肯定も否定もしない。

「七瀧くんのお母さんは、七瀧くん一人に追い詰められてたわけじゃないと思う。何に追い詰められていたのかは、七瀧くんのお母さん本人にしか分からないことだよ」

「けど、本人はもういないんだからどうしてですかって訊けないだろ? 理解してんなら何で、メンタル弱すぎって言ったんだ。自分が傷つけた母親に向かって。……やっぱり理解できてねーんだよ。だから俺が力尽くで理解らせてやるって決めて、今まで頑張ってきたんだ……。俺はどうすりゃよかったんだ? 辛かったなって慰めるだけで、お前は救われたか?」

「救われねぇよ」

 谷向くんの質問に七瀧くんが消え入りそうな声で答えた。

「赤根川が言ったことは当たってる。だから口を挟まなかった。……白侑は俺のために頑張ってくれたんだな。それが聞けてよかった。……俺は。俺の死ねよって一言が、止めの一言だって信じたくなかったんだ……。だからメンタル弱すぎだろって白侑の前でつい言っちまった……。俺が悪い。悪いのは全部俺だ……。……ありがとな、白侑。もう腕も肩も限界だろ? 手、離せよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る