第6話
積極的に関わっていく、という谷向くんの言葉が、心に引っかかって頭から離れなかった。
だから、翌朝も、そっとして置いて欲しいという七瀧くんの頼みを聞かなかったことにして、いつも通り話しかけた。
七瀧くんと谷向くんは、共通の友人二人と一緒に、四人みんなで、いつも通りお喋りしていた。
何も変わってないと思っていた。変わったのは、私が谷向くんから何もされていないかどうかを確認するようになったことだけだ、と。
私が確認する度に、七瀧くんが呆れたような表情と声で返してきた、『されてねぇよ』という言葉を、嘘ではなく、事実だと信じていた。
でも、本当は。いじめられているのではないか、という憶測が事実になってしまうのが嫌で、現実逃避していただけなのかもしれない。
昼休み、給食を食べ終わるのが遅い私は、片付けてトイレに行って教室に戻ってきた時には既に、七瀧くんの姿はない。
七瀧くんの幼馴染である谷向くんや、七瀧くんと谷向くんの共通の友人である、
『俺に構うな。言うこと聞かねーなら殺すぞ』
昨日の下校途中に七瀧くんに脅されて、何もないという言葉は嘘で、巻き込まないために遠ざけようとしている。
そういった結論に至った私は、他クラスの友達からの図書室に行こうという誘いを断って、真っ先に体育館裏に向かった。
今まで見たドラマの中で学生がいじめを行っている場所として有名だ。
七瀧くんをいじめる場所として体育館裏を選択していたとしてもおかしくはないと考えたから。
「諦めて早く食べろよ」
谷向くんが七瀧くんを急かす。そろそろ、目の前で起こっている信じたくない現実と向き合わなければいけない。そう思った。
谷向くんの発言から、私がここにくるまで七瀧くんが必死に抵抗していたことが窺えて、胸が抉られるような痛みに襲われる。
「なにしてるの……?」
「見りゃ分かんだろ」
私が絞り出した声に、谷向くんは苛立った声を返した。谷向くんは今にも七瀧くんの口に割り箸で掴んだワームを突っ込もうとしている。私は榎塚くんの目をまっすぐ見詰めた。
「何で止めないで手伝ってんの?」
榎塚くんは私の方をちらりと見て眉間に皺を寄せただけで、素早く逸らして深く俯いた。
故意ではないと思うけど、俯く途中で顔面を七瀧くんの頭頂部の髪の毛に掠っていた。
榎塚くんは七瀧くんの脇の下に通している腕に力を入れて強く締めつける。私の願いとは真逆の行動をした。
何で、私たちの敵になったの。
谷向くんではなく七瀧くんの味方になって欲しい、という願いは叶いそうもない。
犬嶋くんが七瀧くんの鼻を摘んでいるのは食べたくないという強い意志で固く閉じられている七瀧くんの口を開けさせるためだ。
息が苦しくなって、開けたらワームを食べさせられることが分かっていても、足りない酸素を求めて、口を開いてしまう。
七瀧くんはゼエハアと息を切らしながら大きく口を開いた。
今が絶好のチャンスとばかりに、谷向くんが七瀧くんの口に向かってワームを近づける。
「やめろ!!」
私が制止する声はこの場にいる五人の耳に届いても、三人の心には届かない。
少し前に動かせば七瀧くんの口に入る、という直前で割り箸がぴたりと止まった。
「ねぇ……。そんなに昆虫食に興味あるなら人に食べさせるんじゃなくて谷向くんが食べればいいんじゃないの?」
七瀧くんが無理矢理食べさせられることを何が何でも回避したい私はそう言った。
「俺は駄目だよ。食べたら共食いになるから。赤根川さんがこいつの代わりに食べてくれるってんならやめてやってもいいけど?」
「分かった」
私が覚悟を決めて頷いた時、「駄目だ!」と低い声が飛んだ。
「馬鹿なこと言うな……。俺が食う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます