第3話

 今度は、七瀧くんが私の表情を窺うように見詰めてきた。上目遣いだ。

 立っている時は、七瀧くんの方が六㎝ぐらい背が高いから上目遣いになるのは私だ。

 けれど、今のように、私が立っていて七瀧くんが席に座っている今は七瀧くんの方が上目遣いになる。

 好きな人の上目遣いを、普段クールなのに可愛い、とギャップ萌えできなかったのは、七瀧くんがまた不安げな表情をしているからだ。

 七瀧くんは、傷ついたかどうか、頻繁に確認してくるし、その時は決まって、この表情を浮かべている。

「正直に答えてくれ。死にたくなるぐらい傷ついたなら今すぐ謝る」

 まただ。一週間前の水曜日にも、今言った二言を言われた。

 あの日は確か、七瀧くんがまず『毎日話しかけてくるな。迷惑だ』と言ってきて、落ち込んだ私は黙り込んだ。その直後に言われた。

 何でよく言ってくるのか分からないし、私以外の人にも言っているのかどうかなんて、気まずくなりそうで訊けそうにない。

 七瀧くんはまだ不安げな表情を浮かべたままだ。

 だから、私はあの日と同じように、口角を上げてこう答える。

「大丈夫。傷ついてないよ」

 笑顔は偽物だけど言葉は本物だ。あの日は傷ついたけど、今回は本当に傷ついていないから。

「そうか……」

 七瀧くんの口元が僅かに緩む。

 私の言葉を噛み締めているような言い方だったような気がした。多分気のせいだろう。大したことは言ってない。

 時間が足りなくなってしまう前に話しかけた目的を果たすことにした。

「七瀧くん。私、昨日の夜ね、とても素晴らしいあることに気づいたんだけど……知りたい?」

「いや、別に知りたくねぇ。それに、もし知りたいと答えたら、話が長くなって面倒くさい状況になりそうだ」

「ならないならない」

「いや絶対なるだろ。ニヤニヤしてる」

「違っ! これは嬉しくてつい……。あのね、私たちはテントウムシなの」

「私たちって?」

「決まってんじゃん。私と七瀧くんのことだよ」

「何言ってんだ。俺たちは人間だ。前世の話か? 悪いが、前世とか生まれ変わりとかそういった類のことは信じてねぇんだ」

「違うよ、現世の話だよ。私たちは二人合わせてテントウムシで、何でかっていうと……、」

「ごめん、赤根川さん。テントウムシの話もスゲェ興味深いんだけど、俺にこいつを譲ってくんね?」

 私の話を途中で遮ったのは、七瀧くんの幼馴染である谷向やむかいくんだ。

 谷向白侑しろう。七瀧くんが四歳の頃に、家の真向かいに引っ越してきた幼馴染で、友達や親友と言うより、幼馴染と言った方がしっくりくるらしい。

 真向かいの谷向──。勝手にダジャレにして一人でツボっていたら、七瀧くんに呆れられてしまった。

 あとは、七瀧くん曰く、チャラくて女の子大好きだけど、女の子に全然モテない。

 それは、テンションが上がったり、調子に乗りすぎたりした時に、口から滑り出た余計な一言で、相手の地雷を踏んでしまうことが原因のようだ。

 七瀧くんが気をつけろと忠告しているとも言っていた。

「俺、セブンティーンに大事な話があるんだ」

 七瀧くんが谷向くんを睨みつける。

「おい、白侑。そのあだ名で呼んだら返事しないって言ったよな? 七瀧の〝七〟と透埜の〝とう〟を足して十七だから、セブンティーンとか、ダサいだろ……。それに、幼馴染につけるあだ名としてどうかと思うぜ。先週、お前が英語の授業終わりにテキトーにふざけてつけたあだ名だしな」

「黙れ、セブンティーン。今日からお前のことは名前で呼ばねぇ」

 睨みつけていたことで、三日月のように細くなっていた七瀧くんの目が、大きく見開かれて、満月のようになる。

 なんで。私は七瀧くんの口から零れた疑問詞を拾って、「何で?」と谷向くんに尋ねた。

 七瀧くんの声は戸惑いを含んだ小さな声だったけど、私の声は普段より大きくて尖っていた。

「昨日までは透埜って下の名前で呼んでたのに、何で急に数字で呼ぶの?」

「……赤根川さんには関係ないことだから」

 七瀧くんに浮かべて欲しかった爽やかな笑みを谷向くんが浮かべて言う。

 私が眉を顰めるのと同じタイミングで谷向くんがハッとした顔になった。

「いや待てよ。知られた方が透埜……じゃなかったセブンティーンは辛いのか?」

 思案顔でぶつぶつと呟くと、今度は、唇の両端を僅かに上げただけの微笑みを私に向ける。

「赤根川さん。セブンティーンとは関わんない方がいいよ」

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